16 騎士もいろいろ
なぜ脈絡もなく魔族だと問いかけてきたのか。向こうの事情もある程度聞いておきたい。
「魔族? なんで俺たちが魔族だと」
「答えられないのですか?」
問い返してみようとしたが遮られてしまった。会話に応じてくれる気はないらしい。……ごまかしも時間稼ぎも無理か。
ふ、と笑う。周囲の騎士たちに緊張が走った。
「もちろん、違います」
堂々と答える。後ろから小さく「ひゃっ」という声が聞こえた。
少しの静寂。聖女プラムベルはじっと見ていたが、やがて、
「嘘はついていないようですわ」
と言った。
そう、レティシスから教わった魔族の定義は「魔族領に住んでいる人間じゃない人たち」だ。俺は魔族領になんて住んでいないし、場所さえ知らない。つまり魔族ではない!
「つまり、この者たちはただの人間だと?」
「(ハートは)人間です」
隊長の言葉にすかさず答える。
これも嘘ではない。今でも心は人間のつもりなのだ。
「真実ですわ」
プラムベルも肯定してくれた。後ろでレティシスが「えっ、えぇっ」と声を漏らしている。ちょっと! 怪しまれる!
「プラムベル様、そろそろ」
真後ろからメイドさん、リィンがそっと口を挟む。プラムベルは「もうちょっと」と言って次の質問を口にした。
「貴方はわたくしの敵? それとも味方?」
なんだそれ。
質問の意味が分からないが、これは正直に答えても問題なさそうだ。
「敵になるつもりはない、ですけど」
にこり、と笑みを見せる。俺の回答はお気に召したのかどうか。
プラムベル様、とまたリィンが囁いた。「もう、せっかちね」と口をすぼめる。
「それじゃあ、最後に一つだけ……貴方、お名前は?」
一般人は苗字を持たない。常識先生の授業が活きた!
「太一郎です。……こっちはレティシス」
急に名前を呼ばれたレティシスが、後ろでびくつくのを感じる。勝手に紹介しない方がよかったかな。
プラムベルはまだ何か言いたげだったが、隊長が「ありがとうございました。もう十分ですのであちらの馬車へ」と切り上げさせた。部下の一人に護衛を命じる。
「ごきげんよう」
意外にも大人しく従い、従者を連れて壊れていない馬車へと歩いていく。一瞬だけこちらに向けた目が愉しげに見えたのは、俺の気のせいだろうか。
危機は脱したようだ。
……え、ほんとに? 正直、こうも上手くいくとは。
立ち去っていいのか聞いてみようとしたところで、草むらをかき分けて人が出てきた。
神殿騎士の格好をしている、若い男女二人だ。
男騎士は見覚えのない俺たちを見て少し驚いたようだが、すぐにそれを引っ込めた。隊長へ向き合う。
逆立った短めの茶髪で、実直そうな見た目だ。
「見回りは完了しました! 周囲に怪しい人物はおりません!」
哨戒に出ていたらしい。俺たちが来る前からいなかったのだろう。
胸に拳を当てつつ、距離を間違えているのかというほどの大声で報告する。
「ご苦労。……だがバンディ、いつも言っているがもう少し声を落とせ」
「はい! 申し訳ございません!」
隊長は耳を押さえながら注意するが、バンディと呼ばれた男の声は全く変わっていない。顔は申し訳なさそうなので、悪気はないのだろう。
ため息をつき「とにかく、見回りご苦労」と締めた。
「……しかしそうなると、魔獣の襲撃は偶然か……?」
「しかし、異なる種族が徒党を組んで向かってくるなど……」
「うむ……」
「聖女様の馬車へ真っ先に突っ込んできたのも……」
「……そうだな、それも無視はできない……」
バンディをねぎらい、別の部下と話し始める。魔族が魔獣をけしかけたと思ったから、襲撃後に出てきた俺たちを魔族と考えた? 情報が断片的なため、推測でしかないが。
「というかあ、こちら様はどちら様あ?」
哨戒に出ていた、女騎士の方がこちらを見た。茶よりも明るい、ややくすんだ金髪をしている。髪は肩くらいあるが、毛先は適当に切ったかのようにばらばらだ。
間延びした喋り方と眠たげな目で、首を九十度近く曲げているのが超不気味。きつくないのかその体勢。
隊長は渋い顔で答えた。
「お前たちが出ていってすぐ、森から出てきた。冒険者らしい」
「マジい? 全然見回った意味ないじゃあん。思っきし見落としてんじゃあん、二人してさあ」
「申し訳ございません! いかなる処罰も受け入れる所存です!」
女騎士は首をぐりんぐりん曲げ、バンディは暑苦しく頭を下げる。ぬるま湯と熱湯、という言葉が頭に浮かんだ。隊長はややげんなりした顔で「もういい、戻れ」と命じた。
男騎士は「はっ!」と返事をして立ち去ったが、女騎士の方はなぜか傍に立ったままだ。
「んー……」
首の動きを横向きで止め、こちらに目を向ける女騎士。な、なんすか? 怖いんだけど。
不安定な体勢のままおもむろに腰の剣に手を伸ばし、ーーっておい!
「っ!」
ばきん、と金属の折れる音が響く。
首もとめがけて振られた剣を、咄嗟に拳で迎え撃った。何もしなかったら首がはねられていた。なんなんだいきなり!
女騎士は目を点にして驚いていたが、やがて折れた剣を眺めてにやにやし始めた。
「うっはあ、すっげえ」
「いや、すっげえってあんた」
「何をしている!」
文句を言おうとしたところで、隊長の怒鳴り声が割り込んだ。女騎士に向けて声を荒らげる。
「なぜ剣を抜いた! 持ち場に戻れと言っただろう!」
「いやあ、ちょっと不審な動きがあ」
「あったのか!?」「ないよな」
隊長と俺の声が重なる。女騎士はけひけひと笑った。
「まああ、なかったんですけどお」
「ふざけているのか?」
明らかに怒気を孕んだ声で、こめかみには青筋が浮いている隊長。だが女騎士は態度を変えず、むしろ横にいるだけのレティシスが怯えている。
「やだなあ、冗談ですってえ。それにい、ちょっとからかっただけですよお。寸止めしようとしたにい、決まってるじゃないですかあ」
ちょっとからかう、のノリで刃物を持ち出されても困る。
怒りすぎて言葉を詰まらせる隊長を放って、こちらを見た。
「お兄さん、強いねえ。これ、そこそこいい剣なのにさあ」
「まあ、ほら。格闘タイプだから」
先ほどの口上を繰り返す。ちょっとは信憑性が出ただろうか。
「うけるう」
冗談だと思われたらしい。なぜだ。
「馬鹿者! 剣の修理費はお前の給料から差っ引くからな!」
ようやく復帰した隊長が怒鳴り声を上げる。女騎士は首をぐりぐり振り回した。
「えええ、これ、金貨三〇枚はするじゃないですかあ。お兄さん、弁償してよお」
なんで俺が。
だが、寸止め狙いが事実なら無意味に壊してしまったわけで、非がないでもない……のかも? いや、日本の常識と照らし合わせたら、絶対に俺は悪くないんだけど。
金貨はいっぱいあるし(今は取り出せないが)、三〇枚くらいは惜しくもない。だが、
「金貨って、フィセルナ? レヌーヴ?」
どっちか分からないので聞いてみた。迷宮から出てきた金貨は二種類ある。
俺の返答にきょとん、とした顔をしたのち、またにやにやと頬を緩める。
「うけるう」
首を左右にふらふらと傾けながら立ち去っていった。弁償はいいのか?
「……部下がすまないことをした」
「いや、まあいいよ。怪我もないし……」
隊長が頭を下げる。疑いが晴れたからか、態度は穏やかだ。
本当はよくもないが、この人に文句を言っても仕方がない。苦労してそうだな……なんとなく、前世の上司を思い出す。
「すまない。リリエラにもしっかりと罰は与える」
リリエラ、とは首ぐりんぐりん女騎士のことだろう。
まあ、お任せしますとしか。もう会うこともないだろうし。
「私は神殿騎士第一隊の隊長を勤めている、ウォーグ=ニコライ・アンダレイ子爵だ。何かあったら訪ねてくるといい」
……お貴族様でございましたか。




