15 騎士と聖女
衝突音にも、爆発音にも聞こえた。煙の位置はそう遠くない。
レティシスと顔を見合わせ、同時に立ち上がってそちらへ走る。近づくごとに、戦闘音のようなものが聞こえてくる。
森を抜け、街道に当たったところで壊れた馬車と、それを取り囲む魔獣たちがいた。
いや、正しくは魔獣の死体だ。フォレストウルフを始め、角の生えたウサギや、緑色の体をした子供みたいな敵(ゴブリン?)もいるが全て息絶えている。
魔獣を切り捨てたのは、馬車を背に立っている集団らしい。全員が刀身の長い直剣を持ち、同じ白銀の鎧を身に付けていた。
動くもののいない中で、油断なく周囲に目を向けている。
その中の一人が、突然森から飛び出してきた俺たちに剣を向けて叫んだ。
「動くな! そこで止まれ!」
低くてよく響く、野太い声だ。短く刈り込まれた頭と太い首から、頑強な印象を受ける。顔の貫禄から見て四十歳くらいだろうか。
数人が一斉にこちらに目を向けたが、それ以外の者は周囲の警戒を続けている。
統率の取れた集団だ。それに見たところ負傷者もいない。無数の魔獣が転がる中、怪我一つせず立っている。
とりあえず、止まれと言われたので止まった。
「何者だ!」
誰何の声に、どう返したものかと考える。常識先生ことレティシスは、走ってきたことで息絶え絶えだ。俺が応対せねばならない。
「冒険者だ。音がしたんで駆けつけてきた」
一番それっぽいと思われる答えを返してみる。というか、後半は事実だし。
だが、それを聞いたおっさんは訝しげに顔をしかめた。
「バカを言え! 武器も装備も持たない冒険者などいるものか!」
ハイ間違えた。いやまあ、どう返しても詰んでいる気がする。魔獣のいる森を手ぶらで歩き回ってんの、超怪しいもんな……。
種族によってはよくない扱いを受ける……レティシスの言葉が脳裏をよぎる。彼女のことだから、とてもマイルドな表現に違いない。
俺はともかく、今はレティシスもいる。「よくない扱い」に善良な少女が巻き込まれるのは忍びないし、どうにか切り抜けなければ。
「格闘タイプなんだよ。武器要らずってヤツだ」
全くの嘘ではない。迷宮ではほとんど無手で戦っていた。だが、信じてくれたようには見えない。
「鍛えているようには見えんがな」
「魔術師も兼任してるんだ」
「杖も持たずに、か?」
駄目だ。話せば話すほどボロが出る。向こうの緊張がどんどん高まっていくのを感じる。
「ギルドカードを見せろ!」
ギルドカードって何? そんなの習ってないっす!
多分、冒険者の身分証みたいなものだろう。もちろん持っていない。
見切り発車でごまかすんじゃなかった。失くした、と言っても信じはしないだろう。
「隊長、どうしますか……?」
「怪しいな……尋問してみるべきかもしれん……」
まごついていたら、隣にいた若い剣士が話しかけ、おっさん剣士が目線を切らずに答えた。
小声で話しているようだが丸聞こえだ。今は吸血鬼の五感が恨めしい!
「捕らえろ!」
隊長らしきおっさんが、周囲の剣士に命令する。嘘だろう。こっちが何をしたって言うんだ。
剣を構えて、数人がこちらを取り囲むようににじり寄ってくる。
どうしよう。俺一人なら捕まってもいいが、レティシスは逃がすべきか? いや、ばっちり顔を見られているし、先々を考えたら大人しく捕まった方がいいのかも。
ようやく息の整ったレティシスだが、青い顔で怯えている。杖を握る手は、力の込めすぎで真っ白になっていた。
……ひょっとして、ろくでもない連中なんだろうか。
暴力的な解決も選択肢に入れた時、壊れた馬車の扉が開いた。
「お待ちなさい」
馬車から出てきたのは少女だった。歳は十五、六くらいか。真っ直ぐな長い銀髪が、光をきらきらと反射している。白を基調とした、金糸の編み込まれたローブを羽織っていた。そのシンプルながら気品のあるデザインがよく似合う。
整った容姿の中でも、大きく力強い瞳が特に目を引く。声の印象に違わず、凛とした空気を身にまとっていた。
いち早く反応したのは隊長のおっさんだった。
「なっ、お戻りください! 出てきてはなりません!」
こちらへの警戒も忘れ、大慌てで少女に向き直っている。
「そうです、危険ですよプラムベル様」
「御身を大事にされてください」
周囲の剣士も追随するが、プラムベルと呼ばれた少女はわざとらしく不思議そうな顔を作って首をかしげた。
「危険? 襲ってきた魔獣は全て倒れているように見えますが」
「正体不明の二人組がいます。まだ安全は確保されていません」
早口で、こちらを示しながら言うおっさん。だが少女は意に介さず、口に手を当てて「ふふっ」と上品に笑った。
「おかしなことをおっしゃいますのね。映えある神殿騎士の第一隊が、たった二人からわたくしを守れない、と?」
「怖っ」
思わず呟いてしまった。見た目通りの強さをお持ちのようで。
少女がこちらを見ている気がしてビビる。え……聞こえてない、よね。十メートルくらいあるんすけど。
「リィン、貴様何をしている!」
「私は主の命に従うだけです」
少女の後ろからもう一人現れた。周囲の剣士……神殿騎士? とは違い、鎧は身に付けていない。
というか、メイドさんだ! クラシックなメイド服を来ている!
無表情で、話し方も抑揚がない。細身なのに、鉄の壁のような印象を受ける。
「リィンはわたくしを止めましたわ、わたくしが強引に出てきただけです。それに、今は関係の無いことでしょう」
従者を責めた相手をいさめ、いさめられた方も大人しく黙る。
周囲の態度で気づいてはいたが、かなり偉い人?
「怪しい手合いならば、わたくしが問い詰めるのが手早いでしょう」
「それは……そうですが、しかし……!」
俺たちを放ってわちゃわちゃしているが、だからと言って立ち去れる空気でもない。横をみると、レティシスが少女を見て目を見開いていた。
「え、いえ……そんな、まさか……」
小さな呟きが溢れる。知っているのか雷電。
視線で問いかけると、レティシスはごくりと喉を鳴らしてから震える声で言った。
「あの人は……いえ、あの方は、聖女様です」
「聖女様」
やはり偉い人だったか。でも、文字通り別世界過ぎてどの程度の偉さかが分からない。
そもそも宗教があることを初めて知った。どのくらいの規模なんだろう。
疑問は沸いてくるが、レティシスの説明はまだ途中だった。
「公式ではありませんが、あの方は真実の聖女と呼ばれています。その二つ名の通り……あの方の前で嘘はつけません」
「嘘がつけない?」
「どんな嘘も見抜いてしまう、と言われています」
それは恐ろしい。
魔術? でもそんな魔術があるのだろうか。
「神殿は……その、人間以外の種族に厳しいのですが、中でも魔族やアンデッドは排除すべきもの、という考えを強く持っています」
ほほう。魔族でアンデッドだとどうなってしまうのかな?
「そちらの貴方」
話がまとまった……というより強引にまとめたのか、聖女がこちらに呼び掛けてくる。お互いの声が届く位置まで歩み寄った。もちろん、間にはおっさん剣士、改め神殿騎士の隊長が立つ。
いきなり魔族かと訊かれたりはしないだろう。質問を上手くかわして会話の主導権を握りつつ、この窮地を脱するしかない。
「単刀直入に聞きますわ。貴方たちは魔族ですか?」
なんでやねん。と声を上げなかった自分を誉めてあげたい。




