13 森の中にて
少し驚かされたが、十五歳だろうと子供であることに変わりはない。
……と思ったら、この世界のほとんどの国では、十五歳で成人扱いらしい。大人なのか、これで……。
驚きが顔に出てしまったのか、
「その、大人に見えないですよね? 大丈夫です、よく言われるので……」
言葉とは裏腹に大丈夫そうではない顔で言った。コンプレックスを刺激してしまったらしい。反省。
「すまん。でもちょっと納得もしてるんだ」
「納得、ですか?」
「話してて、子供っぽくないなあと思ってたから」
これはまあまあ本音だ。子供にしては説明が上手いというか、理路整然と話すとは思っていた。
「わたし、大人っぽかったですか?」
「うん、まあ、そうだね」
期待のこもった問いかけに頷くと、嬉しそうな顔で、垂れた目尻を殊更にへにょりと下げた。
「んふっ」
「あっ……。あう……」
その表情に、つい笑いが溢れてしまった。レティシスは顔を赤らめて頬を押さえる。
大人への憧れ、そういう部分は子供らしい。
三十路のおじさん的には、そんなに慌てて大人にならなくてもと思ってしまう。誰だって嫌でも大人になるのだし。
まあ、それを言ったところでピンとは来ないだろうし、相手が成人なら尚更言うことではない。
話題を変えようと、他に聞きたかったことはなかったかと思い返した時。
がさり、と草陰から音が聞こえた。
音のした方を向いて身構える。レティシスをかばうように立った。
草むらから出てきたのは二頭の狼だ。灰色の毛並みで、大型犬よりやや小さいくらいか。
「フォレストウルフ……!」
レティシスが緊張の声を上げる。俺も慎重に観察した。
フォレストウルフたちは喉を唸らせながらこちらを睨んでいる。警戒しているのか、すぐには向かってこない。
地下にいたフレイムヘルハウンドに比べてずっと小さいし、角もない。だが、今は人化しているうえレティシスもいる。迂闊には動けない。
どうしようか。俺に飛びかかってくるなら叩き落とせるが、攻撃がレティシスに向いたらかばいきれるか分からない。
先制攻撃に出ようとして、武器を持っていなかったことに気づく。影収納に入れっぱなしで、今は取り出せない。無手でもいけると思うが……隙ができるか?
じり、とにじり寄ってくるフォレストウルフ。考えている時間はない。右手を向けた。
「エアロスラスト」
風の刃が飛び、フォレストウルフを二頭まとめて両断した……だけでなく、その後ろの木々も倒れる。ずずん、と数本の木をなぎ倒して魔術は消えた。
あれこれ考えていたけど、魔術一発で終わった。いやまあ、いいんだけど。
レティシスを見ると、信じられないものを見る目をしていた。
「い、今の、は」
「だ、大丈夫か?」
口をはくはくさせる様に、思わず声をかける。だが、落ち着ける効果はなかった。
「大丈夫です! それより、今のは何ですか?」
「何って、魔術だけど」
中級風術の一つだ。ちなみに中級の魔術書は(俺が最初にいたところを地下百階として)地下三十階の宝箱から出た。
「で、でも詠唱は……。そうです! さっき治癒術を使った時も……いえ、そもそも治癒術を使えること自体が……」
考えがまとまらないのか、疑問がぽろぽろ溢れているレティシス。
慌てているせいかまた面白くなってしまっている。
どうやら常識から外れることをしてしまったらしい。
「やっぱり、普通は詠唱が必要なのか?」
「もちろんです!」
勢い込んで言われてしまった。もちろんですか。
魔術書に長々と書かれていた文章を思い出す。「火の精霊に願う」とか「古よりいでし炎の渦よ」とか「我が魔力を以てうんぬん」といった文章は、いかにもそれっぽい。自分でも「これは呪文の詠唱に使うのでは」と思ってはいた。そうでなきゃ意味ないもんな、あの文章。
「よく分からないけど、呪文を詠唱しなくても使えるみたいなんだ」
「よく分からないって……訓練して、とかじゃないんですか?」
「いや、魔術書を読んだら使えるようになったな」
何を言っているのか分からない、という顔をされる。子供(異世界基準だと大人だけど)にそんな顔をされるのは居心地がよくない。
「中級魔術を、本を読んだだけで……?」
上級や超級も使えるぜ! というのは言わないほうがよさそうだ。空気を読む。
「本を読むまで魔力の存在すら知らなかったんだけど、やっぱりおかしい?」
「普通は、魔力の感知から始めます……。それも、長い時間をかけて」
俺の場合、魔術を覚えたら魔力も感じ取れるようになった。あべこべだな。
普通の魔術について聞いたほうがよさそうだ。
だが、再びがさりと草むらが揺れた。
またもフォレストウルフが現れ、仲間の死体を見るや牙をむいて威嚇してくる。すかさず手を向けた。
「エアロプレッシャー」
これも中級風術の一つだ。
今度は上から下への風で、フォレストウルフを押し潰す。戦闘の度に木を伐採するわけにもいかない。
敵は押し潰された。地面が少しへこんだが、それ以外に影響はない。
「血の臭いに寄せられた……? 埋めた方がいいかな」
「そう、ですね。魔石だけ取って、埋める場合が多いです」
「魔石?」
魔獣には、魔石と呼ばれる魔力器官……魔力を溜め込む臓器のようなものがあるらしい。
どうやら魔石をギルドに持っていくと、数や大きさに応じて報酬が貰えるらしい。通常依頼とは別の常設依頼で、基本的にいつでも引き取って貰えるようだ。
大抵は心臓付近で、フォレストウルフもそこに近い部分にあるようだ。
レティシスはそんな説明をしながら、肩に下げていた鞄から小振りのナイフを取り出し、フォレストウルフの死体から魔石を取り除く。
「……慣れてますね、レティシスさん」
「? それほどでもないですが、必要なことですから」
思わず敬語になった俺に、不思議そうに首をかしげる。
風術で両断されたフォレストウルフは、決して綺麗な見た目をしていない。むしろ血や臓物が漏れていてグロい。それでも怯むことなく胴にナイフを入れていく。
思わぬところで異世界人っぷりを目の当たりにしてしまった。
「俺もやるよ」
「え、いえ、わたしがやりますよ?」
「やっておきたいんだ。あー、ほら。習っておけば役に立つかもしれないし」
冒険者の倣いであるなら、冒険者でない俺がやる必要はない。だが、俺が倒した魔物の処理を全部人任せにするのも体裁がよくない。
影収納は使えないので、ナイフはレティシスの持つ物をそのまま借りた。
教えてもらいながら胸を切り裂き、手を差し込んで魔石を抜き取る。……命を奪うよりもきついかもしれない。むしろ襲ってきた敵を倒す方がずっと気楽だ。
作業を終えると、レティシスは魔石を布にくるんで鞄に入れた。
「報酬は後でお渡ししますね」
にこりと笑って言われた言葉に、どうにかお礼を返した。……声は震えていなかったと思う。




