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11 脱出、からの大火傷

 無知を晒すのは勇気がいる。ましてや相手は子供でこっちは大人、しかも異世界人だ。こちらの世界の常識を一切持たない以上、どこまで話していいのかも分からない。


 自分、異世界から来た元人間の吸血鬼なんすよ、と言って、信じてもらえないならまだいい。迫害されたり、討伐対象とかなったりしたら怖い。


 魔族ってなに? と直接的な聞き方をして、素性がバレないものか。


 どう返したらいいか悩んでいると、少女が分かりやすくおどおどし始めた。俺が沈黙したことで、訊いてはいけないことを訊いてしまったのでは、という顔をしている。


 …………。


「魔族ってなに?」


「えっ」


 怖がっているのが気の毒になってストレートに訊いてみた。まあ、子供を怖がらせてまで警戒するものじゃないよな。


 ただ、やはり俺の質問は予想外だったらしい。言葉を選びながら教えてくれる。


「魔族、は……その、魔族領に住んでいる、人間じゃない人たちのこと、です」


「魔族領」


 知らない言葉が出てきた。あと、人間じゃない人、という言葉に絶妙な矛盾を感じる。


「人間じゃないって意味なら魔族かもしれないけど、魔族領は知らないな。というか……」


 一瞬躊躇したが、打ち明けてしまうことにした。トラブったらそのときだ。


「この洞窟以外、なにも知らないんだ」


「……どういう、ことですか?」


「日本って分かる? もしくは地球、でもいいけど」


 聞き覚えはないようで、ふるふると首を振った。


「俺はそこで……多分、ここじゃない世界で暮らしてたんだ。でも、気づいたらこの場所にいて、外のことは何も知らない」


 少女は目を見開いて息を飲む。


「じゃ、じゃああなたは、稀人、ってことですか?」


 マレビト、また知らない言葉だ。


 重ねて質問しようとしたところで、ケイブバットの鳴き声が響いた。キイキイと金切り声を上げこちらに突進してくる。


 身をすくませる少女を庇い、ケイブバットを叩き落とす。気になることは多いが、話は後にすべきだろう。


「ここを出ようか。出口分かる?」


「あの……すいません」


 か細い声で謝り、俯いてしまった。こっちが申し訳なくなる。


「大丈夫大丈夫、なんとかするから」


 あまり驚かせたくないが仕方ない。


 左腕部分だけをコウモリに変え、先行させる。ちらっと見た少女は口に手を当てて、声を上げないよう押さえていた。


 向こうもいろいろ聞きたいことはあるだろうが、今は我慢してもらおう。


 コウモリが見つけたルートを追っていく。


「行こうか、ええと」


 そういえば、まだ名前も聞いていなかったとようやく気づく。まずは自分から名乗ることにした。


「辻村太一郎です、よろしく」


 唐突な自己紹介に戸惑っているが、こちらの意図を理解したのかちゃんと返してくれた。


「れ、レティシス、です。よろしくお願いします……」


 少女、レティシスを伴って歩き出す。彼女は怯えながらもついてきた。



 しばらく歩くと洞窟の出口が見えてきた。先行させていたコウモリを体に戻す。


 二、三時間ほどはかかったが、その間、会話らしい会話はなかった。気まずい。


 だが、外の明かりが見えてきたことでレティシスもほっとした顔をしていた。


 気持ちは分かる。暗くじめじめした洞窟をようやく出られるのだ。


 何の気なしに一歩踏み出し、


「のわあああああああああああ!!」


 丸焦げになった。慌てて洞窟内に転がり戻る。


「ひゃああ! だ、大丈夫ですか!」


「あちちちちちちちちち!!」


 全身真っ黒焦げになり、シュウシュウ煙を上げる俺にレティシスが心配の声をかける。だが、今は返事をする余裕もない。


 手の火傷は手に魔力を集めたが、今度は全身だ。腹の下あたりから、全身に魔力を行き渡らせて回復を図る。


「し、死ぬかと思った……」


 どうにか治癒を終えた。身を起こすと、地面に灰が散っていた。体の一部が治す前に灰になり、崩れ落ちたのだろう。感覚的には再生できているので、体のどこかが減ったりはしていない、と思う。


 吸血鬼は太陽が苦手、そんな当たり前のことを失念していた。そのために人化まで覚えたのに。浮かれすぎだ!


 しかし恐ろしい痛みだった。ほんの一秒太陽光を浴びただけでこれか。十秒も浴びていたら灰になって消え去りそうだ。


「あの、大丈夫、ですか?」


「ああ、ごめん。騒がしくして」


「いえ、騒がしくというか、その……」


 何といったらいいのか、という顔で口をもごもごさせている。心配と怯えと戸惑いの混じった、名状しがたい表情だ。突然人が丸焦げになったらそうもなるか。


 人化を行い、恐る恐る外へ踏み出す。今度は大丈夫そうだ。


「おお……」


 そこは森の中だった。柔らかく吹く風が葉を揺らし、木々の爽やかな香りを運んでくる。木漏れ日の暖かさと匂いが心地いい。


 近くで水の音がする。洞窟内の地底湖に流れているのだろうか。


 数日振りの陽の光はとても落ち着く。……吸血鬼的に正しいのかはさて置き、弱点は完璧に無効化されているようだ。


 両腕を目一杯上に伸ばして深呼吸した。時刻は昼間らしく、太陽は真上にある。薄目で見上げても、元の世界と何ら変わりなく見えた。今の体では眩しすぎるのではないかという懸念もあったが、何ら問題はない。夜目は暗闇でだけ効果が出るようだ。


「……平気、なんですか?」


 レティシスがおずおずと訊いてくる。


 まあ、たった今炭のようになった奴が、急に太陽の下で伸びていたら不思議に思うだろう。いっそ不気味ですらある。


「今は平気だ。でも、こうなるとコウモリは出せないんだ。レティシスさんって、道、分かる?」


 最悪夜まで待ってコウモリ化するという手もあったが、洞窟からの道は分かるようだ。


「は、はい。……ここから真っ直ぐ歩いていくと、街道に当たります。そこを東に向かえば街に着きます」


 道の先を指差す。よく見ると道は踏み固められており、迷う心配はなさそうだ。


「よし、行こう」


 レティシスが示した方向へ歩き出す。人化しているため、周囲には一層気を配っていく。


 歩き出してすぐ、レティシスがちらちらとこちらに目を向けてきた。どうかした? と目で問うと、ややあって口を開く。


「あ、その、ツジムラ、タイチロウさん」


 なぜフルネーム? と疑問を口をしかけ、なんと呼べばいいのか分からないのかと気づく。


「太一郎でいいよ」


 こちらも名前で呼ぶのだし、向こうにもそうしてもらう。レティシスの名字を聞いていないが、もしかして無いのだろうか。


 聞いてみると、名字持ちは貴族や王族、一部の商人だけらしい。正式な場では出身地や、親の名前を冠して「○○の子の△△です」と名乗ることもあるそうだが、ほとんどの場合は名前だけでいいらしい。


 名字を持っているというだけで目立ちかねないのか。


「じゃあ俺も、太一郎です、って言うべきかな」


 冗談めかして言うと、レティシスもくすりと笑い「そうかもしれません」と言った。無事に洞窟から出られて、緊張が解けてきているようだ。本来は明るい子なのかもしれない。


「それで、どうした?」


「その、ありがとうございます」


「……何が?」


 急なお礼に戸惑うが、なんのことだろう。首をかしげていると、息急き切って。


「怪我を治してくれましたし、その、洞窟から出るのも手伝ってくれて。……いえ! その前に魔物から守ってくれたことも! ……すいません」


「……何が?」


 あわあわしたと思ったら急に落ち込んだ。面白いなこの子。でも、今度は何が「すいません」なのかが分からない。


「お礼が遅れたこととか、……いろいろです」


 いろいろ、の中身は自分でも言語化できていないのだろう。しゅんと首を曲げている。前を見ないと危ないぞ。


「気にするな。たまたま会っただけだし」


 気遣う気持ちもないではないが、概ね本心だ。普通の良識ある大人は子供を見捨てない。


 ただ、レティシスは「いえ!」と首を振って「気にします」と続けた。


「だって、わたし、一生あそこから出られないんじゃないかと……」


「……どうしてあんな場所に一人でいたんだ?」


 先程は答えてもらえなかったことを、再び問いかける。改めて考えるまでもなく、子供が一人で来るような場所ではない。


 答えが返ってくるのは期待していなかったが、少し待つとぽそりとした声で言った。


「わたし、置いていかれてしまったんです」


 ……聞くんじゃなかったと、ちょっと思ってしまった。なかなかにヘビーな事情を抱えているようだ。

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