10 初遭遇
周囲に目をやる。確かに悲鳴が聞こえたが、どこから聞こえたのかはよくわからない。
コウモリ化を使い、無数のコウモリとなって洞窟内を飛び回る。
いつものコウモリよりも数を優先する。一匹一匹は小さいが、数は三百以上だ。個々の戦闘力は落ちるが、探索力は上がる。
ちなみにこんなことが出来ると知ったのもたった今だ! 俺の「探さなきゃ」という意志に応じたのだろう。ほんと、驚かせてくれるなこの体!
洞窟を飛び回り、それを見つけた。壁を背に、数体のケイブラットに取り囲まれた……人間!
「こ、来ないでくださいぃぃぃ!」
ケイブラットに杖を向けながら叫んでいるが、向けられた相手は怯みもしていない。じりじりと距離を詰めようとしている。
コウモリのまま飛びかかり、人間に飛び付こうとしていたケイブラットを切り刻む。
ヂュウッ、と警戒するような鳴き声を出した他の個体も、同様に絶命させた。
コウモリをその場に集め、元の姿に戻る。
その人間は十二、三歳くらいの少女だった。目を見開き、手に持った杖を抱き締めている。
腰を抜かしたのか、その場に座り込んでいた。
「大丈夫か?」
「ひゃあああああああああ!」
叫んだ! まだ敵がいたかと思い周囲を見渡すが、俺たちに意外に誰もいない。
「落ち着け、もう安全だ」
「ごめんなさいごめんなさい! 許してください!」
「いや許すもなにも俺は、」
「わたしが悪かったですうぅぅぅ!」
「聞けって! というか落ち着けって!」
「ひゃああああ!」
駄目だ! 話が通じない! 言葉が伝わっていないのか? ヒアリングは(多分)完璧なのに。
というか日本語にしか聞こえない。どう見ても西洋風の顔立ちなのに。
「日本語ぺらぺらな外国人みたいで違和感すごいな」
これは自動で翻訳されているのか、それともこの世界の言語が日本語にそっくりなのか。
でも、文字はヒエログリフみたいだったな。なぜか読めたけど。
ふと、少女が足を怪我していることに気づく。足首に包帯が巻かれ、それ意外にも細かく擦り切れて血がにじんでいた。
影収納か【霊薬エリクシル】を一本取り出す。効果の程は分からないが、薬とつく物だ。ちょっとした怪我くらいはなんとかなるだろう。
影から瓶がぬっと出てきて、少女が「ひゃっ!?」と声を上げた。……ごめんね。
「ほら、薬」
「ひゃあああああ! 嫌あああああ!」
露骨に嫌がられた。まあ、うん。影から出てきた怪しい薬なんて使いたくないよね。取り出し方を考えるべきだった。
治癒術の方がよかっただろうか。光の魔術にそんなのがあったが、リッチロード戦で「エクソシズムレイ」を使って大火傷をしたことは記憶に新しい。光術はあんまり使いたくないんだよな。
とは言え薬を飲ませるのも難しそうだ。薬をしまって手をかざす。
「エクストラヒール」
「ひゃああ! ……え?」
上級の光術だ。効果は怪我の治療と体力の回復、と魔術書には書いてあった。
傷は治ったようだが、やっぱり俺の手は黒く焦げている。浄化の魔術を撃った時ほど酷くはないが、痛いことに代わりはない。
少女は傷のなくなった足をさすり、不思議そうな顔をしている。
「まだどこか痛むか?」
「い、いえ」
よかった、言葉は通じてる。
戸惑いながら少女が立ち上がる。身長は小柄で、俺よりも頭一つ以上低い。やや癖のある金髪に白い帽子を乗せ、青いケープのような物を羽織っている。
目の色は青く、目尻は気弱そうに垂れていた。落ち着いたようだが、その瞳にはまだ怯えの色が見え、顔も強張っていた。飾りのついた、身の丈の半分ほどの杖を抱えているが、他には何も持っていない。
「…………」
「…………」
沈黙。なんと言って話しかけたものだろう。はじめまして、でいいのか?
「あの」
どう切り出すか悩んでいたら、向こうから声をかけられた。
鈴の音のようなか細い声だ
「あなたは、いったい……」
そこで言葉を区切った。
いったい何者なのか。
或いはいったいどうしてこんな場所にいるのか。
もしくはいったい自分をどうするつもりなのか。そんな質問が頭を巡っているのだろうか。何から聞けばいいのかと逡巡しているように見えた。
「気づいたらここにいて、とりあえず出口を目指してる」
端的に説明する。正しくはここから百階降りた先の迷宮の奥だが、そこは省いた。
「気づいたら、ですか……」
「気づいたら、だな。で、君はどうしてここに?」
聞き返したら、少女は口をつぐんでしまった。口を開きかけ、こちらを見てやっぱり閉じてしまう。言いづらいことなのだろうか。
子供が一人で、怪物はびこる洞窟内にいた理由はとても気になるが、無理に聞き出したいことではない。
「いや、無理に言わなくていいよ、うん」
「えっ」
言いづらい雰囲気を察して質問を取り止めたら、意外そうな声を上げられた。
「とりあえずここを出ようか。いつまたネズミやらコウモリが来るかも分からないし」
「ええっ!?」
今度は脱出の提案に対して驚かれた。至極真っ当な希望だと思うのだが。
「もしかして、出たくない?」
俺の質問に「い、いえ! そんなことは!」と首を降って答える。まあ、だよなぁ。ついさっきネズミに襲われかけていたし。
「ですが、ええと、その……」
少女は言いづらそうに躊躇いつつも、どうにか口を開いて言った。
「あ、あなたは、どうしてわたしを助けるんですか? 魔族ではないんですか?」
……魔族ってなんですか?




