6.秘密基地-2
「田舎料理だけどね、量だけはたくさんあるから、いっぱい食べてね」
のぼせてしまったから、すこし身体を冷ますことにします――そう言って、更衣室でずっと待機していたお婆ちゃんには、いったん引き取ってもらった。
そうして、(いろんな意味で、ほとぼりをさました)わたしが、リビング? ダイニング?――とにかく最近の家では絶対お目にかかることなんてない、旅館のお座敷みたいに広い和室に入ると、そう声をかけられたのだった。
わたしの目の前――部屋の真ん中に、でん! と置かれてあるのは木のテーブル。
ちゃぶ台と呼ぶには、あまりに大きく、重厚な造りで、黒光りしている木のテーブルだった。
部屋の面積に負けず劣らずの広さのそこには、ズラリと料理が敷き並べられている。
田舎料理だなんて、とんでもない!
手作りなのは間違いないけど、どれもが和食の専門店でだされたっておかしくないような、見るからに美味しそうな料理の大群が、お皿に盛りつけられていた。
そんな、いかにも食卓と言えるテーブルの一辺に座り、お婆ちゃんは、おいでおいでとわたしを手招きしているのだった。
別の辺にはお婆ちゃんの旦那さんだろうか、よく陽に灼けて、がっしりとした体格のお爺ちゃんが既に座って、お茶を飲んでいる。
「お風呂、ありがとうございました。とても気持ちよかったです」
わたしは、すすめられた場所に座って、頭をさげた。
きちんと正座して、まずはお借りしたお風呂のお礼を口にした……のに、
ぐぅ……。
立ち姿勢から腰をおろして距離がちかくなったせいだろうか。テーブルの上からただよってくる料理のおいしそうな匂いにおなかが思いきり鳴いてしまった。
「わっはっは……!」
あやうくお茶を噴き出すところをなんとか堪えたようなお爺ちゃんが、湯飲みをテーブルの上にもどしながら、ブハッとわらう。
「ちょっと、お爺さん!?」
たしなめにかかるお婆ちゃんを制し、「いや、悪かった」と頭をさげて、
「腹がへるのは、若くて健康な証だよ。べつに恥ずかしがるようなことじゃあないさ。何より婆さんの料理は絶品だからな――さ、おあがんなさい。年寄りだけじゃあ食べきれないから、遠慮しないで、たんとおあがり」
にこにこ笑いながら、わたしに箸を取るようすすめてくれたのだった。
が、
「あの……」と、わたしは言わざるを得ない。
「んん?」「どうしたの?」
お爺ちゃんとお婆ちゃんが、自分たちもまた箸を取ろうとした手を途中でとめて、わたしを見る。
「あの、課長補佐……、あ、いえ、久留間……さんは?」
部屋の内部のあちこちに目を向けながら、わたしは質問せざるを得なかった。
ここまでわたしを連れてきてくれた、唯一の顔見知り――久留間課長補佐の姿が、おなじ部屋にないどころか、この部屋にやって来る気配さえもが、まったく感じられなかったからだ。
「ああ」
そんな私の問いかけに、お爺ちゃんとお婆ちゃんは二人ながらに納得したかのように頷いた。
「たぶん車庫よ」
「クルマを拭いているんだろうさ」
お婆ちゃんは課長補佐の居場所を、
そして、お爺ちゃんは課長補佐が何をやっているかをそれぞれ教えてくれる。
「なんだかねぇ、とってもクルマを大事にする人で、乗った後には必ずお手入れするのが習慣なのよ」
「儂に言わせりゃ、そんなに手間暇かけにゃいかんようなら、国産にしたらどうなんだって思うんじゃがな」
微苦笑まじりのコメントが、その情報に付け加えられた。
ああ、なるほどと、わたしは思う。
そう言えば、あのク○野郎もクルマ自慢で、やたら『俺の』ポルシェとやらを大事大事にする奴だった。
と、
「あ……!」
そこで、わたしは一気に青ざめる。
血の気がひいて、思わずその場に立ち上がっていた。
課長補佐が、あのクソと同じ人種だとは思わない。
でも、ドライブした後、かならず手入れをするほど大事にしているクルマに、どうしようもなかったとはいえ、わたしはずぶ濡れのまま乗って、座って、ここまで来ている。
きっと、車内はひどいことになっているに違いない。
「ど、どうしよう……」
わたしは目の前がまっくらになるのをおぼえた。