18.御礼参り-4
「まぁ! まぁ、まぁ、まぁ、まぁ、なんてこと……!」
クルマから降り、インターフォンのボタンを押して、そうして、玄関の引き戸を開けて、わたしたちを出迎えてくれたのは、山神のお婆ちゃんだった。
あの日とおなじセリフで、でも、あの日とはちがって笑顔で、そして、驚きと喜びとで顔をいっぱいにして、わたしと母を迎えてくれた。
「突然、お邪魔して申し訳ありません。その節は、娘がたいへんお世話になったそうで、今日は、そのお詫びとお礼を申し上げたく、参りました」
母が深々と身体を折って頭をさげる。
わたしも慌てて、それに倣った。
「あ、あの……、その時、お借りしたお洋服や履き物も、あわせてお返しに……」
紙のショッピングバッグに入れた、それら一式を前に掲げて見せた。
「あらまぁ、そんなわざわざご丁寧に……。大したこともしてないんだから、お気になさることはないんですよ」
それよりも、こんな田舎までわざわざ足を運ばれて、お疲れでしょう? お茶でも淹れますから、どうぞお上がりになって、と誘われ、ここでヘタに遠慮するのも、逆に失礼か、と顔を見合わせた後、母とわたしは玄関口をくぐったのだった。
「……でも、美佳さんに何事もなかったようで、本当に良かったですよ」
コポコポコポ……と、湯飲みにお茶を注いでくれながら、お婆ちゃんは微笑う。
あの日と同じ、広々とした和室の中。
「久留間さんが連れて来られた時は、心底ビックリしちゃって、どうしたらいいのか右往左往するばかりでね。久留間さんに指示出しをしてもらわなかったら、何も出来やしませんでした」
そう言いながら、お礼にと渡したお菓子――と○やの羊羹を楊枝で一口サイズに切り取り、目を細めながら頬張った。
「んん~~、美味しいわぁ。高かったでしょう? そんなに気を使われなくてよかったのに――美味しいですけど」
「娘に良くしていただいたんですもの、これくらいは当然ですわ。でも、喜んでいただけて良かったです」
なごやかな空気で、お婆ちゃんと母さんは言葉をかわしている。
初対面ではあるけど、どこか通じるものがあったのか、すぐに打ち解けたようだ。
その間、わたしはきょろきょろ視線を彷徨わせ、耳を澄まして家の中の音を拾おうとしている。
「どうしたの、美佳さん?」
それを不審に感じたか、お婆ちゃんが声をかけてきた。
「あ、あの……」
お行儀のわるい――そう言わんばかりの目つきで母さんにかるく睨まれ、わたしは口ごもる。
「あの、お爺ちゃんはどちらに? それと、こちらに久留間課長補佐が訪ねてみえてはないですか?」
すこし怯みながらも、この家のもうひとりの住人と、それから、遙々ここまで捜しにきた人の在不在についてを質問した。
お婆ちゃんがパチパチと目を瞬く。
「お爺さんは、畑をみた後、釣りに行くって言ってましたから、今日は夕方までは戻ってこないでしょうね。久留間さんの方は、あの日、美佳さんをお宅に送っていかれてからは、こちらにはいらしていませんよ。夜分に、美佳さんを無事、送り届けた旨の連絡をいただいた時、もう遅いからこの家には戻らないと言われたきりです。――美佳さんは会社でお会いになってないの?」
「はい。課長補佐のご指示通り、休み明けの一日だけ休んで、翌日は出勤したんですけど、課長補佐はお休みで……。結局、先週一週間は、ずっとそのまま休まれてたんです。だから……」
「会社のお仕事で、たとえば出張に出られて行き違いになったとかではないのね?」
「はい。同僚に訊いてみたら、そうではないと」
「そう。こちらには特段、なにも連絡はありませんでしたし……、気になるようなら、美佳さんの方から電話をしてみたら?」
「いえ、何回か電話は掛けてみたんですけど、繋がらなくて。それで、もしかしたら、こちらにいらしてるんじゃないかと思ってたんですが……」
「まぁ、そうだったのね」
自分の返事に、わたしがしょげたと取ったのか、
「わかりました」と言って、お婆ちゃんは立ち上がった。
「え?」
「そういう事なら、ここから電話をしてみましょう」
そう言いながら、部屋出入り口の近くに置かれた固定電話の方へ歩いて行った。
「あ、いえ、そこまでしていただく事は……」
「なに言ってるの。そのためにわざわざここまで訪ねてきたんでしょう? それに、こちらも久留間さんの予定を知ってもおきたいし、あとは久留間さんの都合しだいだけれど、なにも問題がなければ電話の一本くらいは大丈夫でしょう」
そして、
「あ、久留間さん? いまお話ししても平気かしら?」
お婆ちゃんがダイアルしてすぐ、呆気ないほど簡単に、電話は課長補佐に繋がったのだった。