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12.家路-3

 ずっと降り続いていた雨は、ようやく、その雨脚を弱めて小降りになった。

 現在、クルマは停車中。

 山道から降り、郊外にはいって最初に見つけたコンビニの駐車場に駐められている。

 エンジンはかかったままで、窓が曇らないよう、微風でエアコンが動いている。

 課長補佐はいない。

 先にトイレ……、いや、コンビニに行く順番でもめ、『レディファースト』と頑として譲ってくれなかったから、諦めて先にクルマ~コンビニ間を往復したわたしに代わり、いまは店の中へと移動中だ。

 で、

 わたしはと言えば、課長補佐からお借りしたスマホと絶賛にらめっくら中なのだった。

「あ、あ、あ~あ~あ~。ただ今マイクのテスト中。あ~あ~」

 喉の調子を『んんっ』と整え、莫迦みたいな文句を口にする。

 家に電話をしなければならない。

 ただそれだけの、何てことない行為が実行できない。

 自宅の番号はすでに入力済みで、あとは『通話』アイコンに触れるだけなのに、どうしても指先を動かすことが出来ずにいるのだった。

――何て言おう。

 何て言えばいいんだろう。

 朝、家を出る時は、言葉の通り、足が宙についてないんじゃないかってくらいに舞い上がっていたわたし。

 それが、宵の口には自殺するんじゃないかと心配されるくらいに地の底の底まで落ち込んでしまっている。

 これまで、さんざん惚気(のろけ)たり、浮かれていたりしたのが裏目にでた。

――『彼(!)』にフラれた。

 伝えなければならない内容は、言ってしまえば、ただそれだけ。

 正直に言うとするなら、『彼(!)』の方には、結婚はおろか、まともに交際するつもりさえなく、最初からわたしの身体だけが目当てだったということもだろうか。

 さすがに、それは言わずにすませたい。

 でも、そうすると、出発時点と帰宅時点で着ている服が、上から下まで変わった理由を(むじ)(ゅん)なく説明(でっちあげ)する作文能力(スキル)面の()皮の()厚さ()も、わたしには無い。

 結果、

 当然だけれど、真相がバレたら、ぜったい修羅場になるだろう。

 恋愛経験……と言うか、わたしに人を見る目がなくって、痛い目を見たのは自業自得かも知れない。でも、その事で、両親までもを悲しませたくない。

 だから、

 ここで堂々巡りになってしまうのだ。

「なんて言おう……。なんて言えば、いいんだろう……?」

 課長補佐のスマホを見つめ、いつまでたってもその状態のまま、身動きできずにいるのだった。

 と、

(ピンポンピンポ~ン♪)

 かるい雨音にまじって、チャイムの音が伝わってきた。

 コンビニのドアが開閉する際、響く音。

 わたしは、その音に、ハッと目をあげる。

 案の定、トイレ……、いや、買い物を済ませた課長補佐が、店から出て来たところだった。

 もう猶予はない。

 わたしは『通話』アイコンをタッチした。

「もしもし、安藤でございますが」

 何回かのコール音の後、スマホから聞こえてきたのは母の声。

「あ、お母さん。わたし、美佳」

「あら、美佳だったの。知らない番号だったから、誰かと思っちゃったわ」

「うん。ゴメン」

「なに謝ってるのよ、おかしな子ねぇ。それで? 今日のデートはどうだったの? 楽しかった? なにか良い事あった?」

『なにか良い事』

 女の勘とでも言うべきだろうか、それとも、わたしの浮かれ具合から、そろそろそんな頃合いなのかと思われていただけか――母の声には、どこか期待するような、そんな響きが含まれていた。

 わたしは、グッと言葉に詰まる。

 言わなきゃ……!

 喉の奥の方に、鉛のような重く苦しい塊を感じながら、なんとか言葉を絞り出そうとする。

「お母さん」

「なに?」

「あの、ね……、お母さん……」

「うん」

「あ、のね……」

 声が出ない。

 言わなきゃ、言わなきゃと思っているのに、何かがつかえて、それが言葉が外に出るのを邪魔してる。

「なに? どうしたの? 何かあったの、美佳?」

 わたしの様子が変なことに、回線の向こう側にいる母も気づいたようだ。

 どうしたの? どうしたの? と問いかける声の調子が一気に変わった。

「あ……のね、わ、たし、ね……」

 もう、ダメだった。

 課長補佐から助けてもらい、山神のお爺ちゃん、お婆ちゃんにもてなされ、心配され、親切にされる間に、あるいは克服できたかも、なんて考えていた辛さや哀しさ――我慢していた想いが、どッと噴き出し、気づけば、わたしは大声をあげ、泣きだしていた。

『甘え』なのかも知れない。

 ()()の『体温』に触れてしまった事で、胸の底に押しこめていた(おもい)が口をひらいて、血が涙となって、どッと(あふ)れてしまったのだった。


「失礼」

 そんな声といっしょに、誰か――ううん、課長補佐がわたしの手からスマホを取り上げたのはその時だ。

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