表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

11.家路-2

「はぁ……、DSにBX、CXときて、買ったクルマがXM、ですか。課長補佐には申し訳ないんですけど、なんか、憶えにくくないですか、その……、シトロエンって会社のクルマの名前」

 わたしは言った。

 課長補佐が口にした、自分が良いな、欲しいなと感じた車種の名前シリーズに、首をかしげたい気分になっていた。

 だって……、

 なんで記号だけなの? ちゃんとした(?)名前があった方が愛着も湧くし、お客さんにだって売れるんじゃないの? 記号だけとか、消費者の記憶に残りにくいでしょうによ。

「んん~、そのあたりは何だろう――国民性なのか、文化なのかねぇ。安藤くんの言わんとするところもわからないじゃないけど、でもさ」

 と、課長補佐は顔をこちらに向けた。

「なんです?」

「シトロエンに限らず、ヨーロッパの自動車メーカーって、モデルネームが記号だけって例は意外と多いよ。ドイツ車はワーゲンを除いてほとんどそうだし、スウェーデンのボルボもサーブも大体そう。イタリアはフェラーリがそうで、アルファはややそう。ランボルギーニは結構名前をつけたがるかな。フランスはシトロエンとプジョーがそうだね」

 (とう)(とう)と、流れるように(イラナイ)情報(データ)を提供されたのだった。

 イカン! こうなることを避けようとして、無難な話題を選んだはずなのに、もしかしなくても課長補佐の場合、クルマ()()は全部が地雷か?

「――と、と! すみません、課長補佐。家に連絡するのを忘れてました」

 とは言え、ぱっと思いつける話題は、クルマ関連のものしかなく、さりとて黙ったままでは、立場的にも間がもたない。

 だから、

 天啓のように、家に電話という口実を思いついた自分をわたしは褒めてやりたくなったのだった。

 隣に課長補佐がいるから、ことの詳細等はぼかす必要があるけど、とりあえず、必要な作業ではあるし、時間もかせげる。一時の間にせよ、チンプンカンプンなクルマの話からも気詰まりな沈黙からも無縁でいられる。(あったま)い~~ッ、と。

 なのに……、

「あ……」

 バッグの中に手をつっこんだわたしは、そこで思わず呻いてしまった。

(そうだった。あいつに置き去りにされた前後のどこかで、わたしのスマホ、壊れてたんだった……)

 液晶がバキバキに割れて、使い物にならなくなっていたのをすっかり忘れていたのだった。

「あ~、そいつはヒドいな」

 そんな様子に不審を感じたか、わたしの手許を見た課長補佐が、口を『うわぁ』というかたちにしてコメントしてくる。

 確かに、そりゃあ、『うわぁ』よねぇ。

 クソ。

 許さん、あのクソ。もし、また会うことがあったら、絶対絶対ぶち殺す。

 最悪、行き倒れていたかもしれない事はもちろん、靴はなくすわ、服は台なしになるわ、スマホは壊れるわ……、この恨み、なんとしてでもはらしてやる……!

……お婆ちゃんの家でもてなしをうけ、心がほぐされたからだろうか、あんなに悲しかった筈なのに、今では怒りの念しかない。

 ドラマ俳優のセリフじゃないけど、『倍返しだ!』――なんとしてでもやり返してやる! と、固く心に誓うわたしであるのだ。

 と、

「僕のをつかいなさい」

 そんな言葉と同時に、視界がスマホで塞がれた。

 見れば、課長補佐が自分のスマホを差し出してきてくれていた。

 そうして、すこし照れくさそうな口調で、

「あ~、セクハラって言わないでほしいんだけど、コンビニがあったら寄るから、トイレ休憩にしよう。ご家族への電話は、その時にすればいい。僕がいると話しづらい事もあるかも知れないし、その時は席をはずすから――な?」

 会社で部下(わたしたち)に指示をだす時と同様、腰も低く言ったのだった。

 あぁ、コレ、か。

 山神のお爺ちゃん、お婆ちゃんだけじゃあなくって、きっと、コレもあるよねぇ。

 説教がましくもなく、押しつけがましいところもない。

 身内でもなく、関係者でもないから、遠慮もなしにズカズカ立ち入ってこようとはしない。

 ただ、いつでも力になれる身近な距離で見守っている。

 そんな、距離感をたもった(やさ)(しさ)に触れ、わたしは、あっという間に平静さを取り戻すことができたのかも知れない。

「……はい。なにかと気をつかっていただいて、その、ありがとうございます」

 わたしは課長補佐の手からスマホを受け取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ