第九十二話 やってしまった感
次に目を覚ましたのは暗い天井。自室の天井だった。
「痛てて」
首筋に感じるひっかいたような痛みに俺は顔をしかめた。
どうやって帰って来たのか記憶がない。どれほど眠っていたのかも分からない。
ただ口を切ったのか、口の中に鉄の味が広がっているのが分かる。
「今何時だ」
置時計は午後八時を示し三時間ほど眠っているのだと俺に知らせた。
「お、起きたのか」
「父さん海原は」
「自室だと思うぞ。びっくりしたぞ。海老名ちゃんから龍輝が倒れたって聞いて! ま、大丈夫そうでよかった!」
どうやら海原の通報を受け父さんが迎えに来てくれたらしい。
だがそれよりも気になるのはリビングでくつろいでいた鈴音さんの興味ありげな目線とアメの見たことないジト目だった。
「二人ともないかあるなら言わないと俺は分からないぞ」
「海原さんになにしたの?」「ハニーになにしたデスカ!」
二人ともほぼ同時に同じことを聞いてきた。
海原になにをしたか。押し倒したのは事実だが......それ以外になにかあったとしても俺の記憶にはない。
「さっきまで眠ってた人間が知るわけないだろうが。最後に記憶にあるのは、鉄の棒から海原を守ろうとして組み敷いたところで記憶は途切れてる」
「その時なにかした? おっぱい触るとか、身体まさぐるとか、イッツショータイムしちゃうとか」
後半意味不明すぎて誰か通訳頼みたい。
「ハニーはものすごく赤くなってまシタ! 龍がなにかしましタ!」
「してないっての。海原の顔が赤かった? 風邪か?」
組み敷いて照れたというのはないだろう。
直前まで「やーん大胆」とか言ってふざけていたから。
「本人に聞いても上の空でさ。ボーっとっていうよりかはポーッとしてる」
「どう違うんですか」
「色恋があってボーっとしてるっていうのかな。もっと簡単に言うと、「あの人大好き。どうやったら付き合えるかな。付き合ったらなにしようかな。えっと~」的な感じ」
「なるほど分からん」
後半の無駄な演技力で一切なにも頭に入ってこなかった。
「恋に悩んでる状態デス!」
「アメの方が百億倍分かりやすい。分かったとしても俺からはなにも知らないとしか言えない」
寝ている間に第二の人格が覚醒して海原になにかしたのだろうか。
あの現場にいて状況を知る人物は海原の他にも二人いる。そして俺はそのうちの一人の連絡先をつい先日交換している。
『夜遅くにすいません。俺が気を失ってる間なにかありました?』
そう送ってすぐに既読がつき、返信が返ってきた。
『海原さんとは話した?』
『まだなにも』
『そっか。ならぼくからはなにも言えないな~。じっくり話し合いなよ。じっくりとね?』
その文と共にゲス顔をした兎のスタンプが送られてきた。
役に立たない先輩だ。面白がってないでいいから教えて欲しい。
セーブとロードが出来るギャルゲーと違ってやり直しがきかない現実なんだ。
「なんて?」
「じっくり話し合えと」
スマホをポケットにしまい答えた。
「海原と話してくる」
「もうご飯出来るから。ついでに呼んできて貰える~?」
「分かった」
階段を登り二階。いつもは素通りする客室階。
そのうちの一つのドアをノックした。なんか今年の五月辺りにも同じようなことやったな。
俺の常識がないばかりに。
懐かしさと恥ずかしさに襲われていると中から返事が聞こえた。
「先輩。今ちょっと話せないです」
「なにがあったかだけでも聞かせてくれ。俺がまたなにかしたのか」
「先輩は悪くないので気にしないでください」
なにかあったことだけは確定。そしてその原因が俺にあるのも確定。
だが海原の声的に落ち込んでいるというよりは笑いをこらえているような、感情を押し殺しているように聞こえる。
話は出来ないと言われた、だが顔は見せられないとは言ってない。聞いてもないけど。
俺はドアノブをひねり、後輩女子の部屋へと踏み入った。




