第八十八話 ゴムの床を飛び跳ねるだけの空間
「龍輝ずっと海原さんに引かれてたな!」
そう雅樹が軽快に笑った。
「仕方ないだろ。足場が不安定で慣れないんだ」
「本当は海老ちゃんと手繋ぎたかっただけじゃない?」
「だとしたらそれは悪い事か?」
「......べっつに~?」
柚子は目を大きくしてにやにやとしながら雅樹の後ろに隠れた。
次の場所を決めるために再び案内板の前へ。
すると、前髪役員が声を輝かせた。
「トランポリン行きたい!」
いくつかの遊戯を素通りした先に床一面がトランポリンになった遊技場がある。
ただ個人的にはトランポリンの面白さが分からない。ただゴムの床の上で飛び跳ねるだけ。
その割には体力がゴリゴリと削られる。ただの苦痛。
「ハニー? 顔、怖いデスヨ?」
「そんなことないですよー。自分が飛び跳ねても揺れないなーとか考えてないですよ? 大丈夫です」
「アメは揺れマス!」
なぜそこで無意味にマウントを取ったのか。見れば分かることだろうに。
「取り敢えずトランポリン行こうよ。胸が揺れる揺れないはその時見れば分かるからさ」
「伊吹先輩? そのスケッチブックどこから出しました?」
「バックだけど」
「そうじゃなくて何する気だって聞いてるんですけど」
「美男美女が汗流して腹チラしながら飛んでいる状況を絵に残すために決まってるじゃないか! 遊びに来てるんじゃないんだぞ!」
「遊びに来てんだよ」
少なくともそんな不純な理由で来ていない。
スケッチブックを抱えたまま先に行ってしまう前髪役員。それを俺達は追った。
「うわ! ひっろ! 龍輝やべぇって! めっちゃ広いし人少な! めっちゃ飛ぶ!」
「子供かよ。柚子さん? 顔が乙女ですよ」
「雅樹のああいう子供ぽいところ好き~」
「子供っぽくなくて悪かったな」
子供心全開にした雅樹は真っ先に靴を脱いでゴムの床へと走っていた。
それを柚子は目の中をハートにしながら見ていた。
なんだこいつら。
靴を脱いで不安定なゴムの床を飛ばずに歩いた。一歩踏み出すよりも一歩分を跳ね返す力の方が強く、歩くだけで体力が持っていかれているのが分かる。
「っしゃ龍輝、この壁どっちが早く登れるか勝負しようぜ!」
「経験は」
「ない!」
雅樹に誘われたのは背中で跳ねて壁を登るといウォールトランポリンというもの。
一見簡単そうに見えるが実際にやってみると案外難しい。
背中で落ちるのは出来ても高さが上がっていかないのだ。これでは壁は登れない。
「コツ分かった! 肩甲骨辺りで跳ねると飛ぶぞ!」
「肩甲骨......うおっ! 結構飛ぶようになるなって勝負じゃなかったのかよ」
「これからだ!」
コツを掴んだ雅樹が壁を登りきるのにそう時間はかからなかった。
「おいおい、鈍ってんじゃないのか?」
「少年の感覚についていけるわけないだろ」
「じいさんかよ」
「子供かよ」
少年となった雅樹に勝てるのは運動神経抜群の少年だけだ。
感覚で動く雅樹の神経に俺はもうついていけない。
「楽しんでるね」
俺が床で寝っ転がっていると生徒会長が息を切らせて歩いてきた。
額には少し汗が浮かんでいる。
「僕とあゆは少し休むよ......体力が......」
「情けない」
言葉と態度は冷たいがあゆが生徒会長に向ける視線は熱い。
体力を消費したからかあゆの息遣いが荒い。
生徒会長とその妹が休憩し前髪役員は外でスケッチブックに鉛筆を走らせている。
「龍!」
「ばっかお前!」
トランポリンの反発を利用しアメが突貫してきた。
ゴムの力で人を打ち出すとそれはもう人ではない。弾丸だ。
ゴムの床に押し倒された俺の胸にはアメの胸が押し付けられた。
「危ないだろうが」
「寂しいデス! 構っテ?」
「アメお前、こんなことしたらどうなるか分からなかったのか」
アメの後ろでは海原が意味不明なほど笑顔だった。
「伊吹先輩、カッターなど刃物ありませんか?」
「あるよ。鉛筆を削るようにね」
「人の血がついても平気でしょうか」
笑顔だけどしっかり怒ってらっしゃった。
「んま、高価なものじゃないからいいよ」
「よくない。海原大丈夫だ。アメに抱き着かれたところでなにも感じない」
海原に渡りそうだったカッターを取り上げ必死に弁明した。家族連れが利用するレジャー施設で死人を出しては迷惑になる。
てかアメを殺したらもれなく一家全滅ルートだから。相手世界と戦える強者だから。
「それは男としてどうなんだよ」
「女なら誰でもいいってわけじゃないって話だ。あとついでに、胸がデカけりゃいいてもんでもないってこともな」
「なら先輩は誰がいいんですか?」
「海原」
流石にここでは即答できる。
「フラれてしまいましタ! ブラのホックが壊れたのでアメも大人しくしてマス!」
「どんだけキツイのしてたのさ」
「鈴音の!」
鈴音さんの借りてホック壊れるとしたらアメは鈴音さん以上。だからといってなにも思わないけど。
大きいなーくらい。
「ということで、先輩はわたしのです。誰も触れちゃダメです」
俺の前で腕を広げ守るようにして立ちはだかる海原。
「普通逆じゃない? 龍輝が「俺の女だ。誰も触れんな」って言うところじゃないの?」
「ヘタレ?」
「違うよ。女の子の好意に漬け込んで影に隠れてるんだよ」
「弱い!」
前髪役員の毒とアメの純粋な笑顔が刺さる。
俺が一体なにをしたというんだ......なにもしていないのが問題なのか。
「うるせぇ。次だ次」