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第七話 自然と手が震える感触

土曜日。学校が休みの日。よって数時間寝ていても怒られないし誰にも文句は言われない。

 はずだった。


「先輩いつまで寝てるんですか! もう八時ですよ!」


 折角の休みの日になぜ朝八時に起きなきゃいけないのか。宿泊客がいるわけじゃないんだ、寝かせろ。

 だが現実は非情で鍵がかかっていない俺の部屋のドアはバンッ!という音と共に開いた。


「朝になったら起きる! 学生たるもの......早起きは大事です!」

「なにも思いつかなかったならドアを優しく閉めて寝かせてくれ」

「ダメです!」


 布団を剥がれ春の寒さに身体を丸めた。


「休みの日は基本的にベットから出ないんだ」

「どうして!? 折角の休みなのに」

「折角の休みだからだよ」


 海原は休みを外で過ごすタイプのようだ。俺はその逆。必要ない限り家から出ない。

 そういう意味では俺と海原の相性は最悪レベルに悪い。


「前泊った時は自由に出かけられなかったじゃないですか......だから今回は先輩とお出かけがしたいなって」


 好感度って大事なんだなと思う瞬間だ。雅樹の情報を聞き出すにはまず俺から好感に思われなきゃいけない。そうじゃないと他人の事を聞くのは難しいから。

 最初は結構ウキウキだったが数回繰り返していく内に行動が読めるようになった。

 そして途中から遊びの誘いを断ることが多くなった。理由は単純に俺の時間を使う必要がないから。

 過去の経験則が警鐘を鳴らし起きるなと強い命令を出している。


「出かけるのはまた今度な。今日はゆっくりしようぜ」


 ここで愛想尽くなら結構。俺にたかってきた女以下ということが証明される。


「もう! 仕方ないですね!」

「おい。入ってくるな。狭い」


 海原は布団を上に投げると俺のベットに自身をねじ込んだ。


「これはわたしなりの譲歩です。出かけない代わりにおうちデートということで」


 サラサラな髪の毛が顔にかかってくすぐったい。そしてこの左手に乗っかる柔らかいものはなんだ。なにが乗っかってるのか分からないけど聞くのが怖すぎて手が自然に震える。


「先輩。左手の上に乗っかってるのはなんでしょう」

「さあな。ほっぺか?」

「違います。そこまで硬くないですよー......」


 女は常に仮面してんだからカッチカチだろ。俺に近づく女は特に硬い。後半になるまで素が分からないんだからな。


「先輩、動けますか?」

「余裕」


 俺の左手を謎の柔らかさから救出しようと動かした。


「あっ! 先輩......朝から激しい」

「やめろそんな声出すな。父さん達に聞こえる」

「わたしは別に見られても困らないので。むしろ早く来ないかワクワクしてます」

「俺は冷や汗が止まらないよ」


 どうする山田龍輝。左手は完全拘束され起き上がるどころか動くことすら出来ない。右手は自由が利くが片手でどうやってベッドに入り込んだ後輩(女)をどかす? 誰かその辺の情報をまとめて自啓発本として出版して欲しい。買わないけど。


「わたしの胸。大きくはないですけど柔らかさとか揉み心地とかなら負けないと思うんです」

「知るか。どけ」


 悩んだ結果、どけのごり押し。


「先輩は好きな人いるんですか?」

「いない。前にも言ったろ」

「ならわたしじゃダメですか?」


 海原と他の女子達と違う所。ベッドに入り彼女にしろと迫るところ。単純な気があるアピールじゃない所が厄介であり俺が困惑するところだ。


「あのな。言っとくが、俺は海原のこと何も知らない。中学でボッチだったことくらいだ」

「知りたいことなんでも教えます。先輩になら......スリーサイズだって......教えますから!」

「ちょ馬鹿! 声がデカい! だいたい女のサイズ知ってどうするんだよ。服でも作るのか」

「興奮しません?」


 その貧相な身体見せられてもな。柚子くらいあれば......やめよう。二人から殺される。

 海原が身体を回転させてお互いに向き合う形となったが案外近い。背中越しとは違う緊張。

 そしてなにより俺の逃げ道がないのだ。


「逃がしません」


 俺が下がれば海原が詰めてくる。押し返そうにも片手じゃ意味がない。

 背中にヒンヤリとした壁の冷たさが伝わってくると同時にもう逃げられないということを現実味を増して俺に伝えた。


「やめろ。俺はお前が思ってるほどいい奴じゃない」

「そうですか。ならこれからそれを知っていきましょう?」


 優しく甘い声で囁かれると思考が鈍る気がする。

 こんなにも慕われる理由が分からない。特筆すべき特徴という特徴もない。ただ実家が民宿で泊りやすいのと、館林雅樹の友人というだけだ。

 雅樹目当ての女はここまでしなかったぞ。


「先輩......」


 海原の冷たい手が頬にあたり背中にゾワッとした感覚が走った。

 それと同時に活路が見えた。

 俺は右手で海原の肩を押した。体重が右肩よりになった所で拘束されていた左手を救助。

 あとは海原を下にすれば逃げるのは簡単だ。


「来てください」


 カシャという音と共に海原が腕を伸ばした。

 ......音? 音がした左を向けば母さんが自分のスマホを構えてスタンバイどころか勝手に撮影会を開いていた。


「あ、気にしないで~。若い者同士続けて続けて!」


 いつも感謝してるがこの時ばかりは母さんが女神に見えた。


「ふざけんな! 消せ! 今すぐ!」


 押し倒した海原を無視して母さんのスマホを取り上げた。

 

「いいじゃない少しくらい。息子の成長記録」

「それが許されるのは小学校低学年までだ」


 成長記録というよりは黒歴史にも近いそれを映像媒体として残すな。見るたびに死にたくなる。


「折角起きたから起きるかぁ」


 俺がわざとらしくあくびと伸びをすれば、海原は毛布に包まりながらじっとりとした目を俺に向けた。


「なんだその目は。お前が起こしに来たから起きるんだろうが。ありがとよ。おかげで最悪な目覚めだ」

「腰抜け、甲斐性なし」

「それが俺だ」


 どうかこれで底が見えて嫌って欲しいが......俺の布団でふて寝かますようじゃ無理だろうなー。


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