第七十六話 唐突に女子高生になる
書類を片付けて職員室に持っていき、書き加えられた品々を見て小畑先生はため息をついた。
当然と言えば当然か。なんせ仕事を増やしたのだからな。
「お前ら腹いせのつもりか」
「そんな腹いせなんて。十割そうですけど、取り敢えず関節に手を置くのやめてください」
「なんだ。理由があるなら聞いてやろうじゃないか」
「俺達四人で去年の惨状を思い出してみたんですよ」
保健室のベット不足に脱水症状一歩手前の生徒たち。
学校側からすればどちらも解決しなければいけないがしかし大人の凝り固まった頭ではいいアイデアなんて出なかったんだろう。
利益というものが目先にある大人には。
「説明しろと言われたらちゃんと出来ますから。その時は呼び出してください」
「この学生側にもテントをというのはアルビノを気遣ってのことか」
「そうです」
俺は正直に答えた。
今この場に海原はいない。いない人に対して嘘をついても仕方がないという奴だ。
「......つまらん」
そう言って小畑先生は俺の腕を解放した。
「学生側からの案として提出するが説明は確実に求められる。生徒一人のためとなると厳しいぞ」
「大丈夫です。海原を助けるとついでに全校生徒の熱中症予防に繋がるので」
「半分惚気入ってんな~。たるんだ生徒には愛の鞭だ」
「またまた~。嫉妬は見苦しいですよ」
その間にも俺の腕は徐々に本来曲がらない方向へと力が入る。
謝るんでそれ以上曲げないで簡単に折れるから。
「最終下校はすぐだ。早々に帰れ」
「はーい」
腕がぽっきり行く前になんとか解放して貰えた。
下駄箱まで行くと海原が夕日に照らされながら運動部が片付けをしている姿を眺めていた。
「おまたせ」
「おっせえぞ! なに、関節死んだ?」
「ギリ生きてる」
「関節がギリってやばくない?」
「生きてるだけまだまし」
他愛ない話をしながら駐輪場まで向かった。
「それで先輩。あの案は通りそうですか?」
「説明が必要だとよ」
「龍輝の本分でしょそこは」
柚子に丸投げされてしまった。本気になれば柚子の方が強いだろうに。言葉も力も。
「オレじゃ感情に訴えることしか出来ないからな! 頭使わずに説得なら任せろ!」
「おい。お前の彼氏こんなだぞ」
「あ。うん」
彼氏って単語に反応して顔が真っ赤。夕日といい勝負じゃないか。
自転車には乗らず広い遊歩道を押して歩いた。
いつもなら走りぬける遊歩道を冗談を言い合える幼馴染と、春から入学した俺の事好きすぎ系後輩と一緒に歩く。新鮮すぎて心のどこかでワクワクしている自分がいる。
横を見れば自転車を柚子と雅樹がいて、前を向けばひらひらと揺れる白い髪を持つ天使がいる。
帰宅する人で周りにも人がいるのに音が全く聞こえない。聞こえるのは海原達の声だけ。
プール掃除の時に柚子が言っていた「この空気も嫌いじゃない」という言葉の意味が分かったきがする。
「先輩、聞いてますか?」
「ん? 悪い眠くてぼーっとしてた」
「あんだけ脳使ったばかりだからな。どこか寄っていこうぜ」
「どこ寄ってくんだよ」
「あ、クレープ!」
唐突に柚子が女子高生になった。
柚子が指さす先にはクレープの移動販売が行われていた。
普段なら素通りする公園の真ん中でちらほらと学生の姿が見える。
「俺達は帰ったら夕飯だぞ」
「そうなんですよね~。小さめとか出来ないですかね」
海原が食べようか考えていると雅樹が女たらしの実績を発揮した。
「半分にすればいいんじゃね? 龍輝と。柚子は一人で一つ食べたいだろうし」
「人を食いしん坊みたいに言わないで。あ、イチゴアーモンドでお願いします。ホイップ気持ち多めでお願いしまーす」
可愛い声だしちゃって。笑いこらえるの大変だから急にはやめて欲しい。
笑いを誤魔化すために海原に聞いた。
「どうするんだ?」
「先輩食べます?」
「食べろと言われれば」
「龍輝は甘党とまではいかないけど甘いのは平気なはずだぜ」
「ブラックコーヒー飲めないもんねー」
「目がチカチカするんだよ」
それを海原に飲まされたけど。
「じゃあ食べます! 先輩と半分こで!」
海原が販売車に向かうのを自転車の座席に座って待つことにした。
「オレ達が付き合ったの知ってたのか」
「なんで」
「さっき柚子に彼氏って言ってただろ? 動くとは言ったけどさ」
「まあな。反応を見れば案外分かるぞ」
ウソです。しっかりカンニングしました。
「そっか。んまあ、付き合うことにしたわ」
そういう雅樹の顔は少しだけ赤い。照れているのだろうか気持ち悪い。
そして付き合うことに関して軽い。あんまり重く考えてもだけど。
「頑張れよ」
「おう!」
「泣かしたらそうだな。海原からの罵声一時間」
「一部の人には需要ありそう」
それには全くの賛成。ちゃんとした環境で収録すれば金をとっても怒られないだろう。
視線を海原に戻すとちょうどクレープを持って帰ってくるところだった。
「クッキーサービスしてもらっちゃった」
「可愛いからですって!」
「湿気るからだろ」
「本人達が満足してるならいいんじゃないか? そういうことにしても」
「めでたい頭だ」
男共で話していると二人からは不満そうな目を向けられていることに気付いた。
「じゃあなに。可愛くないっていうの? アタシも海老ちゃんも」
「いや」
「そんなことないが」
俺達の否定を聞いて二人は満足げ。
「甘さが脳に染みわたります~」
「生きてるって実感する~」
「ほっぺにホイップクリームついてんぞ」
雅樹が柚子の口元を指で拭いその指を舐めた。
女たらしの実績が光りすぎて実績ゼロの俺には眩しい。
「あっま」
「な、なら舐めなきゃいいでしょ! 言ってくれたらティッシュで拭いたし!」
「どんな味かなって気になった。うん。甘い!」
笑う雅樹とは反対に柚子の顔は思った以上に真っ赤。太陽が隠れつつあるこの時間帯に新たに夕日を生み出してしまった。
「んでお前はなにしてんだよ。ついてるってレベルじゃねぇぞ」
「え? ついてますか?」
それで気付いてない体を続けるのか。
海原の口の周りは離乳食を始めた赤ん坊のような惨状だった。
口の周り全体にベッタリとホイップクリームがつき、鼻先にもついている。
ケーキのホールに顔でも突っ込まないとそうはならないぞ。
「こんな所で張り合わなくていいから。向こうは恋人同士だぞ」
「わたし達だって絆の強さなら負けませんよ!」
「喋るな。拭きにくい」
ティッシュをクレープ屋から貰い海原の口元を拭いていく。
「んじゃ勝負する?」
「なにで」
「二人三脚。たしか体育祭のプログラムに入ってたはず」
「でも男女別じゃなかったか?」
雅樹の言う通り二人三脚は男女別のプログラム。続いてはいるが一緒にするにはかなり難しいと思う。
「そこは要相談。モチベーションアップとでも言っておけばいいでしょ。んで、もし男女合同に出来たらそこでお互いに出る。学年差のこじつけは結構練らないとキツイけど......どうする?」
「おいおい。体育祭を私利私欲に利用するのは......」
「やります」
今俺が「私利私欲に使うな」って言ったよね? なのになんで受けちゃうかな。
「先輩とはまだ恋人関係じゃありませんが! それはわたしの愛が足りていない結果! つまりこの試練を乗り越えればそれはもう恋人を通り越して夫婦!」
「たまーに盲目になるよな海原さんって」
「いつもだろ。紫外線はどうする気だよ」
問題はそこ。
海原が普段体育の授業に参加しないのも、夏服を持たず年中長袖なのも全ては紫外線対策。
「大丈夫です! その日が猛暑だろうとジャージを着ます! そうすれば出られます!」
「そこまでする必要ないだろ」
「いーやあります! 二人三脚に先輩と出れば! マーキングにもなりますし自慢にもなります!」
外見フツメン以下の俺を連れて出たところで見世物だろ。
ま、海原なら愛の力で無視出来そうだけど。
柚子のやっすい挑発を買った海原と俺は体育祭で二人三脚を合同で出ることになった。




