第五十一話 可愛らしいく意味不明な言葉
鈴音さんが横でパソコンのキーボードを無心で叩き続け時々喋ているがなんの話をしているのかはさっぱり。
そこはやっぱりキャリアウーマンというだけあって仕事が回ってくるのだろう。そこだけなら尊敬できる。
「先輩、キスしてください」
静かなリビングに突如として響いた可愛らしいく意味不明な言葉。俺を先輩呼びするのは一人しかいない。
俺が声の方を向くとまん丸な目がぱちくちと開き純粋そうな顔をしていた。
「暑さでおかしくなったんじゃないか? 熱さまシートあるから冷やすといい。てか冷やせ」
「違います。わたしはいつでも平常運転です」
「常に暴走してるの間違いだろ」
平常運転でキスしたいなんて言わないだろ。普通は。
海原の横にいたアメが広がった課題を覗き込んでいた。
「なつやすみの......おもいで?」
「そうです。今すぐに出来るのはやはりキスかなと。あ、結婚でもいいですよ?」
純粋そうな顔して裏で結婚まで持ち込もうとするその図々しさ。海原海老名という美少女だから許される言葉。
俺が言おうものならそれはもう立派な黒歴史。
「どっちにするの? 先輩くん」
「自然に二択を迫っても無駄ですからね? てか仕事に集中してください」
絶賛勤務時間中の社会人が高校生の戯言に付き合ってる暇なんてないだろ。ないであれ。
だが鈴音さんは面白いおもちゃを見つけたようなキラキラとした目を俺達に向けた。
「目の前でそんな興味深い話をされちゃね。仕事どころじゃないよ」
「そんな興味深くもないでしょう。海原、それは夏休みの最後に書くもんだ。一日目で書こうとしてもよほどの事がない限り無理だ」
「でも出来るならやった方がよくないですか?」
内容が違ったなら俺もそう考えただろうがな。キスは無理だ。
海原ママに沈められてしまう。
「とにかくそれは後回し、他のをやれ」
そういって俺は自分の課題に戻ったが横から不満そうな声が聞こえた。
「面白くないんですもん」
「課題に面白さを求めるなよ。文句があるなら先生に言え、「面白味がない課題を出すな」って」
「もっとこう無理やり先輩を巻き込めるような課題がいいです」
「そんな海原専用の課題なんてあるわけないだろうが。他のやらないと最終日に泣くことになるぞ」
「そしたら助けてくれますか?」
残念ながらそこは管轄外。
自分の力で頑張ってもらうしかない。
「自業自得だろ。アメにでも頼んだらどうだ。英語はむしろ領分だろ」
「モチロン! ハニーの頼みとあらば今ここで全裸にだって!」
「カメラつくからパソコン前には来ないようにねー」
違う。大人ならもっとわいせつ的な指摘をしろ。いやまあ、全裸の女がカメラに写るのも大問題だけども。そうじゃない。
服を脱ごうとスタンバイしたアメに海原が「いらないです」と冷たく感情の籠っていない言葉を刺した。
忠誠心にと釣り合わない返しなのにアメはどこか嬉しそう。
確かに海原の冷たい返しというのはどこか中毒性があるよな。分かる。
「あーまあ、龍輝くんの前で全裸はダメだね。襲っちゃうでしょ」
「大丈夫です! 先輩はわたしの体に欲情する人なので!」
「ヘンタイ?」
俺の目の前でアメが眉を寄せ若干どころかドン引きしていた。
俺が変態ならアメはド変態だろうが。海原の服着た状態で鼻血出して倒れたんだから。
「市川さん。マイク入ってるよ」
「あっ」
鈴音さんのパソコンから中年男性の声が聞こえ鈴音さんが気まずそうに「すいません」と言った。
え? 今の会話聞かれてたってこと? キスの件から俺が後輩の体に欲情する件まで全部?
軽く飛び降りれるなこれ。
「あはは......ごめんね?」
「いやまあ、俺はいいですけど」
鈴音さんが手を合わせてあまり申し訳なさを感じさせずに謝ってきた。
俺としてどこの誰かも知らない人に性癖を知られたところでなんとも思わない。
「アメリアさん。次の雨の日を調べてください」
「雨? んー一番近くデ、一週間後の予報デス!」
「なら先輩! 一週間後! 屋内プールに行きましょう!」
「分かった。約束だからな。行こうか」
「やった! では水着も一緒に選んでください」
え?




