第四話 二人キリの世界
時刻は昼。チャイムと同時に脱力感が教室を包み込んだ。それぞれが学食の席確保のために走ったり他クラスへ行くために再び活気づく。
そんな姿を俺は机に肘を突きながらボーっと眺めていた。
「なぁ、二人に頼みがある」
「なになに」
「後輩のことか?」
「まあな。幼馴染として海原のことを見て欲しい。あくまで見るだけだ変な質問は絶対にするな」
「龍輝は死んだ目しておいて優しすぎるのがダメだな。男ならガっと行け。「俺に夢中にさせてやる!」くらいの気概はないのか」
雅樹お前横見てみ? 「お前がいう?」って顔してる幼馴染がいるぜ。
生憎腐肉と化した俺は野菜至上主義者になってしまったのだ。
「頼んだ」
頼れる幼馴染に依頼した所で教室の入口がざわめいた。
人の群の中でも際立って目立つ白髪。
「山田龍輝先輩いますか?」
「山田?」
数名の男子生徒がこちらを向いた。
「あー今居ないみたいだわ。学食かもしんないから一緒に行く?」
最近の人間の男子はなんでも食べるのな知らなかった。
海原の身長じゃ俺の姿は見えないだろう。
きっと、学食にいない俺を有耶無耶にして一緒に昼を食べようって魂胆だろうけど見え見え過ぎて気持ち悪い。
「声かけないの?」
「正直まだ信用しきれてない」
「男が情けねぇな。オレが声かけてやるから」
「いや待って、亀裂を生むだけだしもっと簡単な方法あるから」
「え? なにその左手。まさか殴らないよね? ね?」
「そのための左手」
満面の笑みを浮かべた柚子は左腕をゆっくり後ろに引くと俺の頬目掛けて振りかぶった。
教室中に『パンッ!』という乾いた音が鳴りかなりの視線と静寂を獲得した。それと同時に頬の痛みもな。くそぅ。
「あ、なーんだ。いるじゃないですか~......しょうもない嘘つかないでください」
な、なんだあの何者も寄せ付けない極寒の目は。俺が初めて話しかけた時ですらこんな殺気に満ちた目はしなかったぞ。
今度ちゃんと俺を見つけるとあの極寒の目は既に見る影もなかった。
「せんぱーい!」
「一年生が上級生の教室で先輩呼びは止めとけ。誰の事か分からないから」
「じゃあ龍輝先輩で」
「お好きに」
「それじゃあ龍輝先輩? お昼食べましょ! お昼!」
ルンルンで上級生の教室に入ってきて弁当を広げる姿は見た目より幼く見える。
「龍輝先輩」
「ん? んん!?」
呼ばれたから前を向くと海原の満面の笑みが目の前にあった。
自然と椅子を後ろに引いてしまったが俺が一体なにをした。そんな海原が満面の笑みを浮かべるような事はしてないしされてもないと思うんだが。
「龍輝先輩。この女の先輩は誰ですか?」
「自己紹介どぞ」
「武内柚子だよ~。龍輝とは幼馴染で同じクラス」
「おま......武内先輩は龍輝先輩のこと好きなんですか?」
今絶対「お前」って言おうとしたよな。押し殺してくれたみたいだけど。
それと俺にデッドボールが直撃する質問なに? 俺の心という骨を折りたいのかな?
「んー。幼馴染だから悪くは思ってないけど、異性としては見れないかなーごめんね」
「そうかい」
顔の前で両手を合わせて柚子は謝った。
真実を知ってるから今更悲しまないけども。
しかし柚子が気付いて欲しい張本人、雅樹本人は男の手でも隠しきれないようなおにぎりをほおばってる所だった。ハムスターみたいな頬しやがって。嫉妬のパンチが飛ぶぞ。
だがその返答により海原は安心したらしい。満面の笑みを引っ込めた。
「それじゃあ、食べましょうか。龍輝先輩」
「ああ」
包みを開ければ海原と同型の弁当箱があった。
当然中身も同じ。ただ違う点は弁当箱の色だろう。ピンクの弁当箱なんてあったっけ? しかも同型の。
「お、二人とも同じお弁当箱じゃん!」
「なふぁふぃふぉふぁおな」
「なんて?」
「中身も一緒だな。って言いたいんじゃない?」
「龍輝先輩とは同居してるので当然です!」
「同居って言うな」
「じゃあ同棲!」
レベルが上がってんだよなー。
「うん~人に作ってもらったお弁当って温かいですね~」
「後輩ちゃんはどんなおかずが好き?」
「やっぱり卵焼きですかね。この適度に甘くてふわふわなのが違いますよ」
「龍輝はどうだ? お前のお母さんが毎朝作ってくれる弁当のおかずは」
「ないとは言わせない圧を感じる。俺は別に特にないな。なんでも上手い」
雅樹からの質問に答えた途端、女子二人の目線が冷たくなった。
「なに?」
「龍輝。あんただから彼女出来ないんだよ」
「なんでも美味しいと言われるのは嬉しいですけどやっぱりこだわりには気付いて欲しいものですよ」
「女の扱いに長けてる雅樹。俺に通訳してくれ」
「卵焼きになにかあるとか?」
「昔からこの味この形だが?」
特別なことはしてないと聞いてるし。
「この卵焼きは少し甘いんです! わたし個人の味なので先輩も食べてください!」
「自分で食べるからここに置け」
「食べてください」
箸に刺さった卵焼きを差し出されるが絶対に食べてやるものか。この注目集まる状況で食べられるわけがない。
「龍輝先輩はわたしとの間接キスを意識してるんですか~?」
「むぐ......してないが?」
やっすい挑発だが今は乗っておこう。
卵焼きを食べて思ったことは海原の卵焼きの方が甘いということだ。
俺の方は特にこれといった味付けはされていない。なんだこの差は。
「海原のやつ少し甘いな」
「先輩のも食べさせてください」
「勝手にどうぞ」
俺が弁当箱を差し出すが海原は手を動かそうとしない。その代わりに二コリと笑みを浮かべた。
「あーん」
「自分で食え。その両手はなんのためにあるんだ」
「先輩に抱き着くためです。あ、口移しでもいいですよ?」
「雅樹。セメント持ってきて。こいつの口に流し込んでやる」
「隙あり!」
俺の箸に刺さっていた食べかけに海原はくいついた。
「おまっ!」
「へへ~。うーん。先輩のは甘くないですね」
「そうだよ。だから分からないって言ったんだ」
大方甘いのが苦手な俺用に作ってくれてるんだろうけど......こいつに羞恥心というものはないのか。まあ、ないだろうな。あったらこんなベッタリなことないだろうし。