第四十二話 なるほどこれが目的か
球技大会が終わって俺達に待っているのは定期考査だ。ここでの点数で夏休みがある十分に取れるか数週間補習で潰れるか決まる。
よって普段ふざけていても真面目になる生徒が多い。
『静まり返った会場を健人はドンドンと足音を鳴らしながら帰っていった』
「はい。この一文から分かる事は!」
伊達メガネをかけた柚子が黒板を棒で指しながら聞いてきた。
「はい。足音にドンドンはおかしいと思いまーす」
「だそうです小畑先生」
「よし、黙らせるか」
「なんでもないでーす」
色々ツッコミどころはあるがまず一つ。
「なぜ体育担当の小畑先生がここにいるのかと問題を作ってるんですかね」
教室端の机で足を組み、缶コーヒー片手にスマホを弄る反面教師の鑑。
「暇だからだ。球技大会が終われば体育担当は秋の体育祭まで暇なのだ。水泳の授業も大変ではあるが掃除を業者に頼んでしまえばやることがないんだ。それに、放課後に生徒だけで教室が使えるわけないだろう? どうせ定時まではいなきゃいけないしな」
教師とはつくづく大変な職業なんだなと実感する。
「あ、そのプール掃除アタシたちがやるから」
さらっと柚子が恐ろしいことを言った。俺達五人しかいない教室。聞こえないわけがない。
「おい、今なんて」
「こうして時間を使わせてもらってるんだから、それくらいはね?」
違う。柚子は分かってない。一度、この人のお願い(脅迫)を聞いた次の日から奴隷のようにこき使われることに。
去年の俺が警鐘を鳴らすが柚子には届かない。
「いいですねプール掃除! 青春ぽくないですか!」
「海原は参加できないだろ」
「どうして! 人数いた方がいいですよ! 絶対!」
ああ、確かに人数居た方がいいだろう。だが浜辺高校のプールは屋内じゃない。
日の光に弱い海原には死地に近い場所だ。
「日焼け対策をすれば平気です!」
「この季節の紫外線を舐めない方がいいぞ」
夏本番には遠いがそれでも紫外線量は冬より増えるし天気によっては日焼け止めを貫通する。親に目を付けられた以上、海原になにかあったら怒られるのは俺だ。
「日陰から放水とかなら出来るかもしれないな」
「えーそれじゃあドジって転んで先輩を押し倒せないじゃないですか」
「そんな野望は事前に阻止しようね」
普通に危ないしな。阻止できるならしよう。俺の後頭部のためにも。
俺と海原が話していると柚子が黒板をぺちぺちと叩いた。
「はいはい。イチャイチャすんのは後。今はこの問題を答える! 特に雅樹!」
「オレ? いやまあ、成績悪いのは自覚してるけど......なにを答えたらいいんだ?」
「健人の感情とか状況とかさ! 色々あるじゃん」
「会場は静かで健人は......怒ってたのか?」
「そう! そうやって棒線部から情報を引き出すのが現文での点数の取り方」
それだけじゃないけどな。特に『この棒線部を説明する文を文中から抜き出せ』とか『棒線部をまとめた文を抜き出せ』とかは現代文が嫌いな人からすればテストを燃やしたくなるほど嫌な文だろう。
「なんで現文でそんな点数取れるのかオレには理解できないなー」
「だからこうして勉強してんでしょうが。はぁ......こりゃつきっきりだわ」
なるほどこれが目的か。
雅樹と二人キリで勉強するためにわざわざ休日を返上してプール掃除なんて面倒を引き受けたというわけか。恐ろしい行動力。
まぁ柚子目線、雅樹が誰を好きなのかってのは分かってないからな。
「じゃあ先輩はわたしとしましょうか」
「前にもしたなこんな会話」
一学期の定期考査は鈴音さんがいるから心強い。
キャリアウーマンとして活躍中のあの人は頭もいい。都心の有名大学を卒業するというエリートの道を進んでいる人に教鞭を取って貰えるなら高得点は出しやすい。
それを海原が許すかどうかは別だけども。
「勉強会と称したイチャコラは止めないがほどほどにな。セックスはしてもいいがちゃんと避妊しろよ。妊娠されるとこっちの教育がーとか言われるんだ」
「そこは不純異性交遊も止めろ」
「止めてもやるだろ。お前たち学生は」
そこに関しては否定出来ない。
俺達はまだその域には達していないがもしかしたらこの学校にも妊娠した生徒がいるかもしれない。
確かに大変だよな。教師という生徒を導く立場の人間は。特に高校という中学より圧倒的に自由度が高くなる場は。
「わたしは大歓迎ですけど」
「小畑先生の話聞いてたか? やめろって言ってただろ?」
「でも赤ちゃん欲しいです」
「俺に言うな。俺は海原の旦那じゃない」
「未来の旦那様ですよ! もう! 確定してますから逃がしません」
海原の自信に満ちた目を見ると本当に逃げられなさそうだ。
あと、出来ればなんだが目もちゃんと笑ってくれると逃走率が上がるから頼みたい。




