第三十七話 お風呂で健全にいちゃつく
俺の家の風呂は一般家庭の風呂よりデカい。どのくらいデカいかというとシャワーは入口面に三つ、入って左手側に三つの計六つあり湯舟もコテージの風呂と同じくらいある。高校生が二人入ったところで脚は余裕で伸ばせるどころか端と端なら触れ合うことすらないだろう。
これら全ては民宿で大勢で入りたいという宿泊者の要望を答えてのことだ。
「俺先に髪とか洗うな」
「はい」
「......そんなに見られるとすげぇ恥ずかしいだけど」
「先輩水着じゃないですか。わたしなんてバスタオルですよ!」
「無理やり入りたいって駄々こねたのは誰だ」
あそこで駄々こねなければよかった話だろうが。
髪と体を洗い終わって俺が湯舟に入る番。
「俺後ろ向いてるから、洗え」
「洗ってください」
「お前......」
さすがに怒るぞ。もっと自分を大切にしやがれ。海原の体だがそんなほいほいと男に触らせていいものでもない。
「ちゃんとした理由があります!」
文句を言おうとした瞬間、海原の赤い目が真面目な目をしていた。さっきまでとろけきった目をしていたのに。
「わたし達は車の跳ね水をかぶっています! つまり、土や泥がついてる可能性があるわけです! そういうのはやっぱりちゃんと洗い流さないといけないと思うんです。先輩は髪が短いので自分でなんとかなるかもしれませんがわたしはなりません! ここまであるので!」
「おまっ!」
海原がくるっと後ろを向くとぷりっとしたお尻が視界に入った。
薄目で海原を見ると満足そうに目を細め口角が上がっていた。
蹴り飛ばしたい感情を押し殺し、脅しをかけた。
「俺が洗ったら痛いぞ。慣れてないからな」
「抜かないならいいです! むしろ先輩に洗ってもらえることが重要なので!」
これはあれだ。海原が出す我儘を全て聞いてさっさと終わらせて上がったほうが時短になる。
あの金髪馬鹿と対処は同じ。よし、出来るな。
海原が椅子に座り俺がその後ろに立った。相変わらずバスタオルは前だけを隠し後ろは全開。申し訳程度に湯気が仕事するがそれでもサボり気味。
「あ、シャンプーは先輩と同じものをお願いします!」
「分かったからこっち向くな」
いくらでさえ肌色が多いんだ。あんまり女であることを主張しないでくれ。
ちらりと見えた前はバスタオルが胸にかけて少し盛り上がっていた。
頑張れ俺、耐えろ俺。鈴音さんの胸を見ても一度も欲情しなかったんだ。大丈夫だ。お前なら出来る。
「先輩? どうかしました?」
「なんでもない。薄目だから見にくいだけだ」
「どさくさに紛れておっぱい揉んだら責任とって貰いますからねー」
そういう海原の声は弾んでいる。察しがいい俺には分かる。これは揉めと暗に言っている。
その手には乗るか。というか、頭を洗ってるのにどうやったら胸に手が行くのか。
指の腹で海原の白くて長い髪を洗っていく。
「これで合ってるか?」
「はい。自分でやるより気持ちがいいです。こんな気持ちいいなら毎日やって欲しいですよ」
「俺の理性を破壊するつもりか」
「えっ!」
「動くなって言ってんだろうが!」
俺の方を向こうとする海原の肩を掴み強制的に前に向かせる。
泡だらけの手から伝わる女子の柔肌。おそらく抱きしめたら最高に抱き心地はいいだろう。
そうなったが最後刑務所にぶち込まれても文句はいえなくなるが。
「先輩、わたしの体に興奮してるんですか!」
「そうだよ。だからあんまり動かないでくれ」
「でもあの脂肪の塊を毎年見て......はっ! 先輩は貧乳派! そうだったんですね! やっぱりわたしが好きな人なだけあります」
人の性癖を勝手に決めないで欲しいしそれを響く風呂場で大声で言わないで欲しい。鈴音さんに聞かれたら確実に弄るぞあの人。
「違うぞ。俺巨乳派、これほんと」
「ならわたしよりおっぱい大きい人を殺せば先輩はわたししか愛さなくなりますよね?」
どうしよう。目の前で凄い怖いこと言われた気がする。無意識な拒否反応で途中聞こえなかったけど。おかげで風呂にいるはずなのに雪の中にいるみたいに寒い。
「嘘だよ」
「ですよねぇ~。先輩がわたしよりあの脂肪の塊を選ぶわけないですよねぇ」
どれほど相手のことが好きだったら不特定多数の人間を殺そうなんて発想になるのか。
気になるけどこうはなりたくない自分がいる。
海原と話してる間にシャンプーをし終え、トリートメントに入った。リンスを手全体に広げて手櫛のようにして髪と髪の間に滑らせていく。特に引っかかりとかはなくするりと通り抜けられる。
「すげぇ。こんなスベスベで光るのか」
風呂場の電気に照らされた海原の髪はツヤツヤとして光っていた。
黒髪の俺ではおそらくここまで光らない。
「そうですよぉ。でも自分でやるとどうしても雑になっちゃいますね。見えないですし毎日は面倒ですし」
「勿体ない」
「なら毎日やってくれますか? 先輩が望むならバスタオルなしだって!」
「遠慮しとく。お前の両親に殴られるのは勘弁だ」
「残念です。でもいつかは「どんなに殴られても俺は海原と一緒にいたい」って言わせますから!」
「がんばえー」
そんな臭いセリフは二度と言わない自信がある。なぜなら俺にそんな好きを伝える語彙力がないからだ。
リンスを流すと光沢はなくなったがずっと触っていたくなるほどのツヤツヤが残った。
これが乾くとサラサラへと変換される不思議。
「終わったぞ。体は自分でな」
「はーい」
忍耐勝負は俺の勝ち。残念だったな煩悩。俺はバフがなくても強い。
湯船に戻った俺は冷えた体を温めなおした。勿論、海原に背を向けて見えないように。
キュッという音でシャワーの騒々しさが止まった。聞こえるのはペタペタと風呂の床を歩く音と外の暴風に木々が揺られる音のみ。
こういう空間は好きだ。のんびりと外の風の音を聞きながら体を温める。時刻は帰って来てすぐだから十七時辺り、まだまだのんびりできる。
隣に擦り寄ってくる人間がいなければな。
「近づくな」
「お風呂の温かさと人の体温で風邪予防は更に加速しますから」
「意味わからんから」
ただ引き剥がすのも面倒だ。さっきの煩悩との戦いで俺の体力はミリまで削られた。近いだけなら許そう。
「気持ちいいですねぇ~」
「ああ。のぼせないならずっと居たいくらいにはな」
「まさか先輩と一緒にお風呂に入れるとは思いませんでしたよー。言ってみるもんですね」
「状況が悪すぎたんでな。あの状況で駄々こねられて風邪引かれても面倒だし母さんや父さんに風邪うつったら大変だぞ」
料理や物資調達など民宿を支える二人が今倒れたら成り立たない。
......でもいつかは俺が継ぐことになるんだろうな。その時隣に人はいるのか。いるとしたら誰か......。
「どうかしました? あ、裸見たくなりました?」
「なってない。近寄ってくるな」
ないな。俺はもっとお淑やかな子がいい。
俺のこと好きすぎる後輩も、仕事第一の社会人も、金髪馬鹿も遠慮したい。
我ながら贅沢な悩みだ。全員欲しいと願っても手が入らない程度には美人だったりするのにな。だが、その長所をかき消すほどの短所がある。
三人から選べと言われたら俺は海原と即答できる。あくまで、三人の中でならだが。




