第二話 自然と流れる恋人ムーブ
「海老名ちゃん。今お風呂だからね」
「はいよ」
リビングでテレビを見ているとそんなことを言われた。
民宿を営んでいて一番気を付けなければいけないことは水回りだ。
トイレに行こうとして脱衣所で裸を見てしまったら信用問題だし学校が依頼者の場合、その辺のことは注意してくれと事前に通達が来る。
個人間でも宿泊が可能なため宿泊者が女性の場合は水回りは特に注意すべき点なのである。
リビングで面白くないテレビを眺めているとスマホに着信が入った。
通知名は海原。おそらく風呂にスマホを持ち込んでいるんだろうがなぜ俺に電話するのか。
『あ、出た。せーんぱい。お話しましょ?』
「上がってからでいいだろ」
『上がってからするのとお風呂の中でするのとでは、エロスが違うんですよ。音も反響しますしこの生々しい水音。ね?興奮す』
そんなことでいちいち電話してくるな。ソファにスマホを置いた瞬間にまた着信が。
「なんだ」
『なんだじゃないですよ! なんで切るんですか!』
「くだらないから」
『これを見ても同じこと言えますか~?』
スマホを耳から離してみるとそこには風呂に入った海原が映っていた。
向こうがビデオ通話にしたことによって自動で切り替わったようだ。
湯舟に浸かっているおかげで全ては見えないがそれでも長い髪を上でまとめて火照った顔というのは色っぽくみえる。
更に白濁湯ではないため、水の中の凹凸がほんの少し分かってしまう。
「馬鹿かてめぇは! 俺も入るんだから早く上がりやがれ!」
俺はそれだけいうと通話を切った。
「あら、どうしたの?」
「暇だから話せとか言ってきたから切っただけ」
「そう? ビデオ電話で照れたんじゃなくて?」
「そ、そそそそんなことないし」
人間図星を突かれると動揺してしまう生き物である。
母さんは二コリと笑って夕飯の準備を始めた。
「分かる。分かるぞーお前の気持ち」
「なにが」
「気まずいよな。今日来たばかりの後輩の裸を見てしまった挙句母さんに言い当てられたんだもんな。父さんもある。若い頃にな」
「母さん。昔からあんななのか?」
「女は勘が鋭いんだ。気を付けろ。他の女の匂いをさせた日にはあの笑顔で聞かれるんだぞ。ガチギレ確定でな」
俺が生まれる前から民宿やってて他の女の匂いがつくってなにしたんだよ父さん。
「お風呂......先にいただきました」
「おう。なら次俺が入るから。髪の毛乾かせよ」
「その前になにか一つ言うことありませんか?」
「は?」
風呂上りの女子に言うことってなに? お疲れとか? 長かったはそんなことなかったし......。
俺が眉間に皺を寄せていると海原は「はぁああ」と深いため息をついた。
「こういう時は! 「可愛いな。布団いこか?」って言うんですよ! それくらいの一般教養はですね!」
「俺先はいるなー」
親に一言言ってから脱衣所に入った。
そして上半身を脱いだところで再び扉が開いた。
「なんで無視するんですか! 突っ込まれないのが一番しんどいんですよ! いやでも。突っ込まれるのが辛い時もある......かもですけど」
「なんの話だ。いいから閉めろ。てか開けんな。俺が下脱いでたらどうするつもりだ」
「写真とって待ち受けにします」
「マジでやめろ」
色々と問題がありすぎる。女子高生の待ち受けが男性の性器とか生徒指導ものだぞ。
よかった。上から脱ぐ習慣で。
「いいから閉めろ。続きは風呂あがったら聞いてやるから」
「優しいー」
ぐだぐだとうるさい海原を閉めだし風呂に入った。
「疲れる。なんだあのテンションの高さは。去年はあんなに静かだったのに」
白髪赤目という好奇な目とその容姿からモテたのだと当時海原の友人から妬みのように聞かされた。女というのは怖いもので、カーストが上の人の好きな人に告白されただけで空気読めない扱いを受けるのだという。
そして海原はたまたま、カーストクイーンの女子が好きな男子を射止めてしまったわけだ。
その後の展開はもう顔をしかめるしかなかった。
「アルビノってだけで苦労してんだな......」
風呂から上がりリビングに戻るとタオルを頭に被せた海原がテレビを笑いもせずボーっと見ていた。
「お前まだ髪の毛乾かしてないのかよ」
「長くて乾かすの面倒なんですよ」
「風邪ひくぞ」
自分の髪の毛を拭きながらテレビの前に座ると海原が距離を即座に詰めてきた。
「暑い」
「寒いと風邪ひくので」
「乾かしてこいよ」
「めんどいので先輩手伝ってください」
「手伝う? お前は平安時代の貴族か?」
床を這うほどの髪の長さなら手伝いが必要だろうが海原はせいぜい腰まで。
少なくとも去年までは自分でやってたわけだしなぜ俺にやらせるのか。
髪を引きちぎって欲しいのか?
「腰まで伸ばしたことないくせに! 男性にこの髪の長さが分かりますか!?」
「だったらドライヤー持ってこい」
「はーい!」
上機嫌で洗面所からドライヤーを持ってきた海原がコンセントに繋ぎ俺に手渡した。
「ここまでやったんだから自分でやればいいのに」
「好きな人にやられると気持ちいんですよー」
「好きな人がいたことないから分からん」
「本当ですか! 先輩初恋まだなんですか!」
「動くな。乾かせないだろうが」
海原の白い髪を俺がソファに座って乾かしていく。男と女の髪じゃここまで違うのか。
男と女でシャンプーとかトリートメントは分けてはいるがそれでもここまでサラサラになるのか。
ほのかに女物の......ん?
「海原お前、わざわざ男用のシャンプー使ったろ」
「はい! 先輩と同じ匂いにしたかったので!」
「いや、せっかく女と男を分けてあるんだから......」
「わたしと一緒は......嫌ですか?」
なんだこの可愛くていじらしい生き物は。
ただ男物のシャンプーを使っているのにどこか柔らかい匂いな気がする。
ふわふわというか思わず抱きしめたくなるような感覚。
「先輩。初恋まだなんですか」
「まあな。今まで特定の誰かを好きになったことはない」
「っしゃああ! 先輩。わたしのこと好きになってください」
「ごめーん。ドライヤーで聞こえない」
なにを言うかこの女。俺が魅力的と感じることを自然に出来たら好きになるだろうよ。
ま、その行為は本人すら分からないことではあるけどな。
少なくともセクハラまがいの添い寝だの風呂一緒ではないことは確定してるよ。
「ほら。これでいいか」
「はい。ありがとうございます」
今更だが風呂に入った後なら当然部屋着なわけで......春先で寒いからかもこもこの羊のような装い。さっきからチラチラ見やがって。絶対にその話題には触れてやらん。