第十九話 それって実質告白では?
「館林先輩の付属品のくせになに? 自分が注目されて嬉しいの?」
「それとも『困ってる後輩助けてる俺カッコイイ~』とか思っちゃってる?」
まあまあイラつく言葉を並べるじゃあないか。だが煽り性能なら鈴音さんか雅樹の方が上だ。
あの人達は俺の全敗戦績を大爆笑するからな。軽く殺意しか湧かん。
今も殺意がほんの少し芽生えてプラスチックを柔らかくするためのライターを持つ手が震える。
「そうだ。可愛い後輩がなんか困ってそうだから助ける。カッコイイだろ」
俺は作業をしながら答えた。
後ろからはこれでもかと俺に対する嫌悪感を突きつけられているのが分かる。
「別に」
女子生徒の一人がそう言い捨てた。
「そうか」
だから俺も会話を終了させた。
雅樹のように誰とでも分け隔てなく話せるほどのコミュ力を持たない俺にはそれ以上の会話は不可能だ。
あと作業に集中したいからそろそろ帰って欲しい。
「もういいよ。帰ろ」
詰まらなさそうに一人が言うとリーダー格らしき女子生徒が恐ろしいことを言い残し去って行った。
「付属品ですらなくしてやる」
女子生徒達が去ってから海原がやっと動いた。
「先輩......?」
「海原。俺が今怒ってんの分かるか?」
久しぶりにこんな怒ったかもしれない。
ブチ切れとまではいかないがかなり怒っていると言っていい。
理由は簡単、俺を頼らなかったからだ。
「前にも言っただろうが......何かあれば頼れって。なんのために電話番号教えたと思ってんだよ。風呂場でビデオ通話するためじゃねぇぞ」
「すいません......でも頼ったら離れていってしまいそうで......」
「そんなことで見捨てないから。海原がどんな裏切りを俺にしても見捨てないと誓う。絶対だ」
ここまで言えば分かってもらえるだろうか。それともまだ足りないか?
「俺は! 海原海老名を! 無条件で守る!」
恐らく職員室にも聞こえるほど大きな声で俺は叫んだ。結構恥ずかしい。
それは海原も同じようで夕日も相まって首元まで真っ赤に染めていた。
「せ、先輩の本気度は分かりましたから......そ、そういうことを外で叫ばないでください」
「次助けを求めなかったら窓開けて叫ぶ」
「なんの脅しですか!? そこまで先輩が言うなら頼らせてもらいますよ! 後で絶対後悔しますからね!?」
女子を助けて後悔するならこの腐った思考もいよいよだな。
海原と喋りながら手錠を破壊し終わったのが五時近い時間。
結局ライターが使えないことに気付いて小刀だけで壊したからな。もっと火力があれば役に立ったかもしれないけど。
ライターを小畑先生に返却したついでに大声で叫んだことを褒められてきた。
......褒められたのが意味不明すぎて怖かった。
「ほら、帰るぞ」
「あの......先輩......あぅ」
「あーそっか。海原漏らしてんのか」
「皆まで言わないでください! これでも先輩との会話で誤魔化してたんですから!」
ただ自転車だと風邪引くかもだよな......仕方ない。父さんを呼ぼう。
家に電話するとワンコールで出た。
「父さん? ちょっとトラブって海原が自転車で帰れなくなったから迎えに来て欲しい」
「おっ! 龍輝が父さんを頼るなんて珍しい!」
「まあそっちも事情があって」
海原に頼れと言った手前俺が率先して動かなきゃ説得力がなくなってしまう。
苦渋の選択で仕方なくだ。
「一〇分で来るってさ」
「あ、ありがとうございます」
誰もいない教室で下半身が濡れた後輩と二人キリという状況。異例すぎて何を話したらいいのか分からない。
いつもなら海原が何か適当な話題を持ってくるのに今はもじもじとしながら挙動不審となっているために期待出来ない。
まあ、恥ずかしいよな。おもらしして異性の先輩と二人キリは。
俺なら次の日学校休む。
「どうした。さっきからもじもじして。漏れそうなのか?」
「ち、違いますよ! そうじゃなくて......」
「そうじゃなくて?」
俺はオウム返しで答えた。
「その......さっき先輩が言ったこと」
「俺が言ったこと? 守る云々のやつか?」
「それなんですけど......その......」
どうやらそこから先が言いづらいようだ。もじもじに加えてほっぺを赤くし始めた。
「こ、こここ」
「鶏」
「鶏じゃなくて! 実質告白じゃないですか? って言いたかったんです!」
海原からそう言われた瞬間、俺の中で時間が止まった。
『俺は! 海原海老名を! 無条件で守る!』
頭の中で何度も繰り返し一つの感情が湧いた。
死にたい。
「ばば、馬鹿言え。前にも言った通り俺には宿泊者を守るという仕事がある。あくまで仕事上守るということであって好意によるものでは無い、ということを覚えておけ」
「そ、そうですよね! すいません早とちりでしたね!」
「......」「......」
この再びの沈黙がとても気まずい。
最悪小畑先生でもいいからこのなんとも言い難い空気を破壊してくれ。いや、あの人だと面白がって出てこないから父さん、早く来てくれ。
海原の顔をチラリと横目で見るとさっきよりもほっぺに赤みが増しているようにも見えるがきっと夕日のせいだ。
そう思うことにした。