第百九十五話 性癖の自給自足
猫カフェで猫と戯れていると従業員の人達が騒ぎ始めた。
「お、オーナー! どうされましたか?」
ここの経営者が事前の知らせもなく来たっぽいやりとり。
奥から姿を見せたオーナーはかなり若い。
年齢的には俺とそう大差ないように思える。仮に多く見積もっても鈴音さん程度だろう。
あれだけの若さで経営するってどんな感じなんだろ。
「あ、いたいた」
オーナーと呼ばれた男は真っ先に俺達の方へと来た。
「あんたらか。美里のだちってぇのは」
「金谷美里の知り合いですか?」
「ああ、高校のな。といっても、留年してたからもう二十だけど」
街で見かけても声をかけたくない分類の見た目。
大体の人は彼のことを怖いと思うだろう。俺も思った。
「それで? 俺達になにか用ですか?」
「いや、美里がな、話したいことあるだろうから会ってくれないかって」
なるほど。金谷の目的はこれか。
確かに。経営者と話せる機会なんて早々ない。
とてもありがたい経験ではある。
「まあ、急ごしらえですけどいくつかは」
「おう。いいぜ! なんでも聞け!」
「その歳で経営者になるにはだいぶ苦労があったと思いますけど苦にならなかったんですか?」
会社を立てると言っても便宜上や書類上だけではない。
従業員を雇い、それに見合う利益を出さなければならない。
文化祭の出店とは比にならない精密さと計画性が必要とされる。
「んまあ、たしかに辛かった時期はある。なにせ親の協力が得られなかったからな。でもそれが逆に火をつけた。絶対に成功させてやるっていう親への復讐心じゃねぇけどそれに近いものでなんとか動けたって感じ」
「では実際に経営を始めて、動き出した時の注意点とかありますか」
今の生徒会がまさにそれ。
信頼できる面子で固めているといってもちゃんと動けなかったら意味がないのだ。
「あるぜ。従業員との連携だ。経営者としての決定や変更を逐一報告する。出来るならどんな些細なことも。まあ、実際の現場は忙しくてそんなことしてられないからむずいけどな」
「では従業員の方々と連携がとれていると?」
「いや、取れてねぇだろうな」
その声には不安も怒りも感じられない。
むしろ当選と言う風な声色だった。
「高校より前は結構荒れてたからな。喧嘩もしたし警察にも世話になった。そんな奴を怖がるなってのが無理だろ。ま、こっちもまだ走り出しだ。こけねぇように気ぃ付けるだけだ」
「ありがとうございます。俺も生徒会長で人を引っ張っていく立場に立つので今の話はありがたいです」
「ま、あとは頼れる人に頼ることだ。溜め込むのが一番だめだ。不安や心配事とか色々な」
その辺は肝に銘じておく必要があるな。
俺はかなり不器用だからな。誰かに頼るっていうのは。
「あーこの後スポンサーとの会食あるんだ。じゃあな」
「忙しのにすいません」
「頑張れよ生徒会長」
そう言って足早にバックヤードへと向かってしまった。
結局名前すら聞けなかった。金谷に聞けば分かるか。
「先輩? 終わりました?」
「ああ。悪い。待たせた」
「いえいえ。ああいう活き活きしてる先輩を見れてわたしも眼福でしたから」
「そんなにか」
確かに楽しくはある。
普段聞けないような事を聞いたり知ったりできる。時間が許すならまだ話をしていたかったとすら思う。
教室で誰と誰がくっついたのパコついたのという話を聞いてるより何億倍も有意義だ。
「それに良い事もわたし的にも良い事聞けましたし」
海原もなにか聞きたいことあったのか。
俺ばっかり申し訳ないことをした。
猫カフェを後にして帰宅すると金谷がリビングで背筋を伸ばして座っていた。
「おかえりなさい」
「来てたのか」
「はい。感想を聞きたくて。京谷さんの話はどうでしたか?」
「かなり活かせると思う。正直助かる」
海原が膨れっ面をするが今だけは我慢してほしい。
面子との連携が重要なのだ。助かったら素直にお礼が言えるようにならなければならない。
例え、どんなに不気味でなにを考えてるか分からない奴でもな。
「それは良かったです」
にこやかに笑う金谷。
その笑顔に不自然なところはなくいつもなら軽く流した。
「んで? なんでわざわざこんなことをした?」
「なぜとは?」
「とぼける気か? 邪魔しようと躍起になってた奴のとる行動じゃないって話だ」
経営者との話だってなにかの時間稼ぎと考えればしっくり来てしまう。
時間を稼ぎたかったのは、俺の部屋になにかしたからと考えれば全てしっくり来てしまう。
「彼女を疑ってるなら無駄だと思うよ? 来てからまだ十分と経ってないからね」
だが金谷の容疑を否定したのは市川鈴音さんだった。
しかも鈴音さんが言うにはリビングから一歩も動いていないという。
「じゃあなんで」
「え? 興奮しません?」
「しない」
「好きな男が他の女とデートしてイチャイチャして。私は好きな人のために健気に支援を送る。でもその健気さは彼には伝わらない。その状況がとてもゾクゾクします」
なんだろう。純粋な疑問と恐怖が俺の中で渦巻いているのがわかる。
こいつと関わるなと体が警告を発している。
なにが怖いって、声とかテンションはそのままなのに内容だけド変態なところ。
一部のマニアしか喜ばないからそういうの。
「せ、先輩」
海原がの俺の後ろに隠れながら服を握って来た。
「わたし、あの人怖いです。なに考えてるのかまったく分からないです。恐怖です」
安心しろ海原。俺も同じこと思ってるから。




