第百九十四話 愛の注ぎ方
「いらっしゃいませー。お客様二名様でよろしいでしょうか」
エプロン姿の店員さんに導かれ俺達は猫カフェへとやってきた。
理由は勿論金谷の指示。というよりは、海原が興味津々だったために快諾。
優待券まで貰ってしまったために卒業式準備の合間を縫って来た。
「んにゃぁ」
「人懐っこいな。お前ら」
俺達の他にも人はいてその人達にも散々遊ばれたのにまだ遊び足りないのか。
俺が座れば遠慮の欠片もなく膝の上に飛び乗ってきたり擦り寄ってきたりとわらわらと集まって来た。
「先輩ばっかりズルいです」
「座って待ってればそのうち来る。自分から行くと猫は嫌がる」
猫は気まぐれだ。寄りたければ寄ってくるし、そうじゃないなら寄ってこない。
ボックス席のようになっている場所に座って窓の外を見た。
駅に近く、周りのビルより少し高いこの猫カフェ。
窓の外の景色はいいと言えないものの特別な空間だからか居心地がいい。
「縁側でおじいちゃんがなんでお茶を飲むのか理解出来た」
「え、五十以上離れてる人の気持ちをですか?」
「ああ。時間を使っているはずなのにその感覚がない。更に無駄だとは思わない点だ」
俺の家にも庭に繋がる、縁側的な場所はある。たまにあそこでお茶を飲もう。
「先輩、モテモテですね」
不貞腐れた声に現実へと引き戻され、辺りを見渡してみるといつのまにか猫だらけ。
「俺は動物に好かれやすいのかもな」
「マタタビでも持ってきました?」
「そんなことしてない。柚子が飼ってたコロンも、リュウナも結構寄ってくるから。体質だ体質」
猫だらけの俺と比べて海原の膝には黒い毛の猫が一匹我が物顔で陣取っていた。
「海原の膝にいる猫がここのボスなんだろ。だから寄ってこなんだ」
動物の序列は人間より絶対的で野生以外で覆るのは難しいだろう。
「ふふん! これは一人あたりに対する愛が強い証拠ですよ。わたしは一人だけに愛を注ぎます。ですが先輩は? 一、二、三......」
海原が数え、俺の周りには八匹の猫がいた。
「八人。ですか......さてわたしは何人目なんでしょうか。もし一人目なのだとしたら、早々に捨てられることが確定しているわけですけども」
瞳孔が開き赤い瞳俺へと向ける海原。
その瞳には若干の怒りと殺意が見える。思考が一方通行すぎる。
「猫の人気と人に対する愛は比例しない。勝手に俺を最低男にするな。そうは言うがな海原。仮に俺が八人に愛を注ぐとしてもそれが他人とは限らないんだぞ?」
「つまり?」
「一人との間に七人の子供が生まれれば......どうだ」
自分の子供ならば愛を注ぐのは当然であり自然なことだ。
そして八人への愛というのも達成される。
「それならまあ、やぶさかではないですね」
頬を赤く染め口元を緩ませる海原。
海原が感情を優先する性格でとても助かる。
海原が一人目とは限らないわけだし、仮に海原が一人目だとしても八人の子供が生まれる確証はないのに。
それなのに海原は嬉しさが顔からにじみ出ている。
たださっきも言ったが、『猫の人気』と『人への愛』は比例しない。
入口にあるおやつのガチャポンからおやつが出されると海原の膝にいたボスはのっそりと動き出した。
今だと言わんばかりに俺の周りの猫たちは海原のもとへ大移動。
赤かった海原の顔が青へと変わるのはすぐだった。
「ちがっ! わたしが将来愛を誓うのは先輩だけです! 誰にでも尻尾振る女じゃありませんから!」
「声がデカい。女性は体温が男より高い。それ目当てだろうよ」
二月も終盤となった今、いくら暖房がかかって外より温かいと言ってもそれは人基準。
猫からすれば人肌が欲しい寒さなのかもしれない。
「海原の愛は痛いくらいに感じてるから。安心しろ」
「わたしからすれば足りないですけどね?」
知ってる。
愛情中毒者が満足するほどの愛情の与え方を俺は知らない。
知ってたとしてもうやらない。多分。




