第百八十一話 純真と疑念の戦争
「先輩、あとどのくらいで終わります?」
「んー。一時間もあれば」
「そうですか......」
「なにか予定でも?」
「いや、急ではないんですけどちょっと予定が」
「それならアタシが送っていこうか? 雅樹がいれば平気っしょ」
海原は用のため今日は別行動になった。
そして次の日も、その次も、その次の次も。
時期は二月に入り海原と最後一緒に帰ったのは二週間前という異例が起きていた。
一緒に帰ろうとしても断られるという始末。
「大丈夫だって」
「なにが? 俺別になにも言ってないけど?」
「文字ガッタガタだぞ」
落ち着け。考えろ俺。二週間前なにがあった? 二週間前でなくてもその前、またはこの二週間の間。なにか海原の機嫌を損ねたり嫌われるようなことをしたのか?
いつ、どのタイミングだ。
まさかとは思うが、いつまでも体を許さないから愛想を尽かしたとか?
「でもさぁ。ここの所龍輝ずっと資料作りじゃん? まー遊びたくはなるよねぇ」
「なんで不安を煽る」
「普通に考えたらそうだろ。海原さんだから大丈夫って安心してたろ?」
「うっく......そう言われればなにも言い返せない」
海原の愛に俺は甘えていた。
だからここ最近は自分のことばかりに熱中していた。
「あーまあ、ドンマイ?」
「やめろ。海原はそんな誰にでも尻尾を振る女じゃない」
「おーいつになく男らしい口調」
教室で俺達が話していると俺のスマホに通知が入った。
『今日もいつもの場所で待ってます』
送り主は海原海老名。
だがここで重要なのは俺は海原とどこかで会う約束などはしていない点。
更に追い打ちをかけるように『送り先間違えました!』という訂正の文まで送られてきた。
「聞けばいいだろ。誰と待ち合わせなのかを」
「いや。聞かない。聞けば疑ってることになる。大人しく海原の帰りを家で待つ」
それが俺に出来ることだ。
俺が家に帰ったのが十八時。外は暗く、街灯が少ない浜辺地区は危険だ。
迎えに行こうにも居場所が分からない。
「ただいまです」
俺が帰って来てすぐに海原が帰宅した。
「おかえり」
「はい」
声の調子はいつも通りで特に変わったところはない。
あるとすれば、紺色のマフラーに髪の毛がついていたくらい。
しかも金髪。
「先お風呂いいですか?」
「いいわよ~」
「お先です」
洗面用具を持ってきた海原はそのまま浴室へ。
そんなに金髪を流したいのか。疑いたくはないが、指先で摘まんだ髪の毛はどうかんがえても光っている。
「......」
「あり? どうしたの龍輝くん? 顔、怖いよ?」
「いや。なんでもないです」
今時金髪なんて珍しくないし西急ハンズにでも行ったとすれば人通りが多い三号館なら金髪の人とぶつかってもおかしくはない。
「そういえば、最近海原さんと帰り別々だけど喧嘩でもしたの?」
「違いますよ。俺が生徒会選挙の資料作りで遅いんで先に帰って貰ってるんです。送迎は幼馴染に任せて」
「ふーん。でも海原さんの方が帰りが遅いんだね」
「さあ。暇だから柚子の家にでも行って漫画とか彼氏の苦労話でもしてるんじゃないですか?」
同調は女子の特権だと前に柚子が言っていた。
ただ金髪だけは説明がつかない。友達かと思ったが海原の中学はここから遠く近所にはいない。町の人のかと思ったがマフラーにはそれなりについていた。
海原を疑いたくない自分と、疑ってしまう自分がいる。
理性と欲望のつぎは純真と疑念の戦争が始まるとは。