第百七十三話 情報収集開始
海原に引っ張られて二年生に教室まで連れて来られた。
「先輩、座ってください」
声からして怒ってはいないようだ。
だが無機質で平坦な海原の声から感情を読み取ることは出来なかった。
俺は言われた通りに椅子に座った。
すると、海原は俺の方を向いて俺の膝に座った。
「今日のことでよーく分かりました!」
「なにが」
「マーキングの足りなさです! わたしは甘く見ていました敵の攻撃力を! あんな強行突破する人だとは思いませんでした。なので今からマーキングします!」
「馬鹿バカ! 学校だぞ! 学校にキスマークつきで登校出来るわけないだろうが! 風紀委員にしょっ引かれるだけだって!」
キスマークが許されるのは妖艶な美女かイケメンだけだって前にも言っただろうが。
「ですが、他にマーキングの方法がないじゃないですか!」
「落ち着け。俺はマーキングなんてされなくても自分の意志で金谷をどうにか出来る。海原を悲しませる結果にはならないから。安心しろ」
どんなに金谷の胸がデカかろうが、都合が良かろうが俺は金谷には絶対になびかない。
不器用な俺のヒロインは海原海老名一人で十分だから。
「本当ですか? 一生隣にいてくれますか?」
一生。かなり未来のことで、断言なんて出来るわけがない。
だが不思議と自信だけは湧き上がって来ていた。
「ああ、約束する」
不安そうに俺の頭におでこをぐりぐりとする海原の頭を撫でた。
この言葉で安心させられるのかどうかは分からない。
今まで不安にしてきた分、これからは不安にさせないようにしよう。
次の日の昼休み、俺は情報を集めるために学食へと来ていた。
高校生活二年間で学食に来たのは、片手で数えられる回数である。
「わたし、初めて来ました」
「まあ、ウチはいつも母さんが弁当作ってくれるからな」
「ありがたい限りですねよねー」
「オレは毎日ここで菓子パン買ってるぜ?」
「アタシも時々使うかな」
浜辺高校の学食は、食堂形式で料理のおばちゃん達がメニューに合わせて盛り付けてくれる。
昼休みの今はほとんどの席が埋まり学生たちで賑わっている。
「んーメニューも特に少ないってことはなくない?」
柚子がそう言ってメニュー表を見せてきた。
定番の定食系が五種類。丼ものが五種類。麺類が五種類。合計十五種類の昼食がある。
一日一食食べたとしても二週間は被らずにサイクルを回すことが出来る。
「うーむ。雅樹」
「おう! 聞いてくる」
雅樹が少し離れた席にいる女子生徒のところへと向かった。
「ねぇ君たち。生徒会の調査で学食について聞いてるんだけどいいかな」
「館林先輩ですよね!」
「ああ、うんそうだけど」
「一年生の間で有名なんです!」
雅樹の出現で一気にテンションがあがる女子グループを鋭く睨む彼女さん。
「柚子。抑えて。特に殺意」
「だって、だって! 外側しか見てないくせに」
「最初はそんなもんだろうが」
外側だけ見て海原を敵だと決めつけた俺から言えることはそれくらい。
「そりゃあ、雅樹を使っていいって言ったのはアタシだけどさぁ......雅樹に群がる女が増えるとなんだろ、危機感的なのが冴える」
「あー分かります。わたしもついこの間経験しましたもん」
彼氏がいる女子同士、なにか通ずるものがあるらしい。
俺達は少し遠くから見ていると雅樹が話を終えて帰って来た。
「なんだって」
「なんかデザートとかフルーツ系が欲しいって」
「回答が女子ね。しかも狙った回答。あてには出来ないかもね」
「いや、実際にデザートと呼べるものがこのフローズンマンゴーだけだし使えなくはない」
「手分けしてやりましょうよ。わたしと柚子先輩は女子生徒に、先輩と館林先輩は男子生徒に聞き込みで」
「女じゃなくていいのか?」
「雅樹、今は指示に従うんだ」
残念だが、俺達では逆らえないのだ。
これ、俺が生徒会長になったら海原と柚子の傀儡になりそう。
自我をしっかり保って政権を死守しなければ。