第百六十七話 俺はヒーローでもなんでもない
「おかえり」
正月の三が日の最終日に海原ママに俺の自宅まで送り届けてもらった。勿論海原も一緒だ。
そして、家にはいつもの面子がいた。
更に今回の主犯であり大戦犯の伊吹環先輩も。
「よく俺の前に出られましたね。あゆを盾にしてないでいつも通り出てきたらどうです?」
「殺意という刃をしまってくれたら行くよ。それともまだ小学生のあゆちゃんにその刃を刺すかい?」
「俺がブチギレてたらそうしてたかもしれないですね」
帰宅そうそうに俺と伊吹先輩はにらみ合った。
「でもまあ、ぼくだけに怒るのは間違っているよ」
「なぜ」
「ぼくはクリスマスパーティーの場で話したんだ。つまりだ、ここにいる全員が事情を知っていたしそれを黙っていたんだ。共犯じゃないかい?」
そう言われればそうだ。
全員が共犯であり平等に罰が下る必要がある。
それでも主犯は一番罪が重いけどな。
「まぁまぁ。伊吹先輩も良かれと思ってだしおかげでようやく一歩踏み出せたでしょ?」
柚子が俺と伊吹先輩の間に割って入った。
「まあ、そうだけど......」
「お? ってことは龍輝お前」
雅樹に調子よく乗せられ俺は白状した。
「海原海老名と付き合うことになりました」
俺は一体誰になんの報告をしているのだろうか。
そしてこいつらは、なぜに誰と誰がくっついたという情報を欲しがるのか。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
生徒会長からの祝福の言葉だけはすんなりと受け入れられる。
そのかわり、生徒会書記の顔だけは気に入らないが。
「やったじゃん! これで堂々とイチャコラ出来るね」
「はい! もう紆余曲折ありすぎて大変でしたよ」
「どっちから言ったの?」
「先輩からです」
海原が顔を赤くして言えば柚子がキャーッと色めきだった声をあげる。
「キスは!? キスはした?」
「先輩からしてくれましたぁ.......」
「うわぁ! したんだ! 龍輝が! 誰かと!」
「なんだよ」
「いや、あのしょぼくれて死んだ目をしてた龍輝が誰かを好きになってキスまでするなんて誰が考えられんのよ」
「しょぼくれてねぇよ。ちょっと絶望してただけ」
「悪化してね?」
帰ってこれたと思ったらこれかよ。
俺と海原が付き合っただけでこんなに大騒ぎすることか?
結構見えてた未来だと思うけど。
柚子からの事情聴取を終え、やっと落ち着くことが出来た。
「全員に相談したいことがある。会長には先行して伝えてあるけど生徒会選挙のことだ」
二月の中盤であまり時間がない状況で俺は金谷美里のことを話した。
俺の幼馴染二人は「あーあ」と納得顔、伊吹先輩だけは露骨に嫌な顔をしていた。
「嫌だなぁ。どっちの味方にもなりたくない。本来なら相手側について存分にいじめてやろうと思ったのにそれも出来ない」
「やるなそんなこと」
「で? 龍輝の中でもう方針は固まってるの?」
「一応俺が会長候補として立候補するとこまでは俺と海原で決めたんだが......公約は決まらなかったんだ」
高城先輩は既に案があるようだが教えてはくれなかった。
今目があってもにこりと微笑むだけで言葉を発しようとはしない。
自分で考えろってことか。
「公約......私服登校可能にするとか?」
「現生徒会長として実現可能であればあるほどいいとアドバイスをしておくよ。さらに、生徒一人では実現しにくいことをあげておくと票は集まりやすいかな」
「抽象的すぎる」
「僕はあくまで中立だからね。自分達の首を絞めれば相手の首も自動的に絞まるってことさ」
だが実現可能で、生徒一人では実現不可能なもの。
そんなもの、ありすぎて困る。
「大丈夫。キミにはあるよ。注目のさせ方によっては圧倒的な差をつけて勝利することも出来るさ」
「その案とは?」
「山田龍輝くん、キミにしかできないことだ」
俺はヒーローでもなんでもないんだが。
俺に出来て雅樹や柚子に出来ないことなんてないと思う。その逆は大量にあるのに。
「あ~。会長の意味がやっと分かった」
「なるほどな。確かにオレと柚子じゃ出来ない」
「ですよね! でも先輩はそれが分からないようで」
俺以外は分かっているようだ。
「幼馴染ヒントね? 龍輝は今まで会長の目の前でなにをしてきた?」
「なにをって......生徒会の手伝い?」
「んまあ、それもありますね。具体的には」
具体と言われても、高城先輩と絡むのは生徒会関係くらい。
プライベートでの関りは全くと言っていいほどない。
「体育祭の手伝いとか? 文化祭はほとんどなかったし。.といっても体育祭で俺は仕事を増やして......あっ」
なるほど。そういうことか。
高城先輩が言った意味が分かった。
たしかにこれなら力説次第では圧倒的な票をつけて勝てるかもしれない。
「分かったみたいですね。では、先輩、わたし達が武器として戦う公約は?」
「生徒の意見が反映される学校運営」
全員が頷いた。