第十五話 「絶対に好きにさせますから」
「どうでしたか? 先輩」
「控えめに言って今食べてるアイスの味が全く感じない」
冷凍庫から出したての棒アイスを食べながら俺は答えた。
「アイスって冷たいですからねー」
その言い逃れで全て片付くと思うなよ。
そう言ってやりたいが今は舌の治療に専念したい。
「武内先輩大丈夫ですかね」
「大丈夫だろ。俺達が食って死なないんだ。初見じゃびっくりするだろうが」
柚子は俺達があんまりにも辛そうに食事するシーンを見て味見をしてひっくり返ったのだ。覚悟をしない人がカレーのルーだけを食べようものならそうなるのもおかしくはない。
これで料理の腕を磨こうという方向に意識がシフトしてくれればベスト。料理の天才な俺の母さんがいるし柚子とは昔っからの馴染みだ。柚子が頼めば嫌とは言わないだろう。
「ウチが食べた時も凄かったからねー。お風呂は朝入るよ。もう歯磨いて寝たい。というか口を丸々交換したい」
「お疲れさまです」
俺がそう声をかけると傍に居た海原は俺のほっぺを掴んで自分の方向へと固定した。
「今わたしが近くに居ます。他の人に意識を向けないでください」
「雅樹も帰ってこないし父さん母さんは寝室だし鈴音さんはたった今自室に向かった。邪魔ものは消えたんだ。放してくれ」
小さな手が俺のほっぺから離れたと思ったら今度は左手が捕まってしまった。
「なんだよ。恥ずかしいんだけど」
「嫌ですか?」
「嫌では......ない」
「ならこうしてますね」
いつもなら海原はソファに座るのに今は俺と同じ高さ、カーペットの上に座っている。なにがしたいのかさっぱり分からないが距離は近い。
「こういう邪魔されない空間が一番好きです」
「くっつきすぎだ」
「今日一日先輩とくっついてません」
少し拗ねたような声で俺の肩に頭を乗せて海原は言った。テレビすらついていない静かな空間。時々外を通る車の音が聞こえるがそれすら聞こえないと吐息すら聞こえてきそうなほど静かで自然と話題が出しにくい。
だが俺は聞かないといけないことがある。
「海原は俺のことが好きだと言ってるよな」
「はい」
「どこだ? 俺は自己評価は決して低くはないが異性から好かれる要素はどこにもない」
運動勉強共に平均。赤点ほど頭は悪くないしかといって全教八〇点を越すかと言われればそんなことはない。自転車通学ということもあり体力は平均的にあるほうでどこをどう切り取っても普通。一つ例外をあげるとすれば、過去に酷い仕打ちを数十回というレベルで受けたくらい。
「俺と海原は確かに去年会ってる。だが数日の内の数時間にも満たない時間だ。そんな時間で人を好けるものなのか?」
「出来ます。先輩は覚えてませんか? この髪と目を褒めてくれたことを」
視線が向いた気がして俺も視線を向けるとほっぺを赤らめた海原が髪をクシャっと握りながら俺の方を向いていた。
その視線はやけに熱く数時間前までの死神はもういない。
「なんとなく覚えてる」
民泊の息子としていろんな人と接する機会はあるしその中での会話で俺が自分で決めているのが否定しないことだ。
また利用してもらうためではあるが、出会って間もない奴に否定は誰しもされたくないし否定はつまらないと個人的に考えるからだ。
「先輩に褒めてもらえるまでこの髪と目は死ぬほど嫌いでした」
うつむきながら海原は言った。
「そりゃ人からは「綺麗だね」とか「どことのハーフ?」とか聞かれて話題には困りませんでしたが下心とか変な興味を示されるのは気持ち悪いだけです」
「たまたま俺が無関心で褒めたのが嬉しかったのか」
「はい!」
あれ、結構突き放したつもりで言ったのに嬉しそう。俺が無関心だったのは紛れもない事実。
「なんで無関心だったんですか? 白髪赤目の女子と関わりたくなかったんですか?」
「いやそんなことはない。と思う元々人との関わりを面倒だと思ってしまうからな。じゃなくて、泊りに来る人にいちいち興味を持ったり好きになってたら忙しすぎる。だから誰とも深く関わらないそうすれば好きになったり嫌いになることもないから」
「その無関心さでわたしは救われました」
おかげと言うべきか、独自に決めたルールによって俺は世にも珍しい白髪赤目後輩に好かれてしまったわけだ。
「でも先輩はわたしに興味はないんですよね。去年と同じく」
「......」
俺は答えられなかった。可愛いとは思う。彼女にしたら自慢できると思う。だが過去の戦績が全ての妄想をかき消していく。今となっては笑い話にもなる戦績だが本気で俺が恋をするとなればまず立ち止まる壁だ。
今同じことをされても一切傷つかないがその分恋愛するのは怖くなる。というよりはしなくなる。
「悪い」
「謝らないでください。わたし、諦めが悪い女なので。先輩から「付き合ってください」とか「俺の女になれ」とか「一生放さねぇ」って言葉を聞くまでこうして張り付きますし他の女なんか見させませんから」
「おーこわ」
控えめな胸が左腕に押し付けられ俺は自然に体重を右に向けるが腕を引かれ強制的に海原の方向へ。
そして耳元でこう呟かれた。
「絶対に好きにさせますから」




