第百三十九話 そして溢れるのは愛ではなく性欲だ馬鹿者。
十二月二十四日。
クリスマスイブという世間では特別な日にちであり町は完全にクリスマスムード。
俺達がいる西急ハンズでも特別ブースが出来たりいつもは惣菜が並ぶ所には大きめのオードブルが並べられている。
「なぁ。全員で買い出しする必要があったか?」
「いいじゃん。年に一回の大きいパーティーなんだから。店も広いし、迷惑にはならないでしょ」
「それとも君はぼくと買い物するのが嫌なのかい?」
「嫌ですね。買い物初心者で怖いもの知らずと買い物すると疲れます」
「だろう? だから文化祭の時も僕が傍についていたんだよ。買い物が致命的に下手だからね」
「ネットショッピングなら出来るもん」
だが現地に行って直接見て買った方がいいものもあるだろう。
特に絵描きなんかの絵具とか筆とかは。
「先輩、アメリアさんから朝方大量に荷物が届いてましたがあれでも必要なものってあるんですか?」
「ほとんどない」
だから全員での買い出しの必要性を考えたんだ。
「せいぜいナマモノくらいだ。衛生的な問題でナマモノは海外から送ってこれないからな」
「じゃあタコ丸々一匹買おうじゃないか」
「だからといって生きてるタコを買う必要はないですけどね」
鮮魚コーナーに行こうとする買い物初心者を止めながら言った。
だれかリード持ってきて。
「今日やるのってロシアンだろ? だったらそれぞれ入れたいもの持ってくるってのはどうだ?」
「そうだな。どうせ入れてる時点でバレるしな」
広い西急ハンズの一号館で俺達は散り散りになってたこ焼きにいれる食材を探した。
といってもどうせふざける人がもう既に二人決まってるから俺は真面目で行こうと思う。
出来るだけ違和感を覚えない且つ意外性のあるものがいい。
「うーん。タコを基本にしたときに食感を真似るか魚介を真似るか......迷うな」
これによりだいぶ方向性が変わってくる。
食感を真似るなら軟骨とかこんにゃくだし、魚介なら海老とか同じ軟体動物のイカなんて合いそう。
中身で勝負をしなくても調味料をそのまま入れても楽しいだろう。
俺が調味料ブースに移動すると生徒会長とあゆの姿があった。
「生徒会長はなんか......お洒落ですね」
「そうかな? 結構攻めたつもりだけどね」
そういう会長の買い物籠の中にはオリーブやシナモンなどが入っていた。
どちらも味がまったく予想できないしオリーブに至っては俺は自分で使ったことがない。
「あゆはなに入れるんだ?」
「これ」
「知育菓子......自分で食べるかもしれないことをご存じで?」
「?」
二つのグミを組み合わせて味をつくったりお菓子に見立てる知育菓子。
グミという時点で地雷臭がただようのに更に味付きときた。
「会長」
「子供ながらの遊び心さ」
出来るだけあゆの傍にはちゃんとしたものを作ろう。
会長と別れて店の中をぐるぐると回りながら考えていると紺色のマフラーにミルクティー色のコートを着た海原が見えた。
「あ、先輩はなに入れる予定ですか?」
「無難なもの」
「ああ、館林先輩と伊吹先輩は確実にふざけますもんね」
「雅樹は天然だから仕方ないとしても、伊吹先輩は確実になにか仕込んで来るだろうしな。海原は?」
「愛が溢れるものを」
海原が手に持つものは黒い箱に入った商品。
その表面には『超活性! すっぽんエキス配合!』と金色の文字で書かれていた。
「海原。それを入れたとて俺が当たるとは限らないんだぞ?」
そして溢れるのは愛ではなく性欲だ馬鹿者。
「大丈夫です。確実に先輩にお届けする方法がありますので」
「ちなみに場所を覚えたところで母さんが回転させるから意味ないぞ。食べる人は目隠しするし」
この発案は柚子と雅樹が考えた。
ギャンブル思考過ぎてこの先が心配。
「そうですか。残念です。ですがわたしの方法はそんなんでは破られません」
「ま、確率に賭けるのもいいんじゃないか? 男は父さんも含めれば四人。全員が食べるとしたら十一人。確率は低くない」
「はい。ではそうします」
海原の笑顔は既に勝ったと言っている。
伊吹先輩対策で集中狙いは出来ないようにしてある。
「先輩の悪いところです。頭で考えすぎて咄嗟の判断が出来ない」
「出来るだけ失敗はしたくないんでね」
「それはわたしとの関係についてですか?」
「それもある」
俺が答えると海原はにっこりと満足げに笑った。
しかし、黒い箱が棚に戻ることはなかった。