第十二話 地獄へようこそ
「よぉ」
「「よぉ」じゃねぇよクソ野郎」
「雅樹助けて」
「自業自得だろ」
探偵服を着た柚子に胸倉を道のド真ん中で掴まれ通行人が何事かとこちらを見る。
三号館を海原と出たらこれだ。探偵服はよく目立つ。そのうえ近寄りがたい殺意を入り口付近で振りまいてたらそりゃ気づく。
「海老ちゃんが白髪でよかった。よく目立つもん」
「海老ちゃん......いや、あれは仕方なかったんだ。よかれと思ったんだ」
「死ぬか殺されるか選べ。準備ってもんがあるのは前に教えたよね? 化粧だってナチュラルしかしてないしデート行く恰好じゃないのよ。わかる?」
おいおい、俺死んだわw とか言ってる場合じゃない。なんとか落ち着いてもらわないと。
「まず外に出る格好じゃないと思う。羞恥心はないのか」
「あ? ちょっとアタシの家行く?」
俺は全力で首を横に振った。ダメだ。今の俺じゃ柚子を止められない。誰か助けて。
「武内先輩。その辺で。龍輝先輩はなにも悪い事はしてないと思います。幼馴染の恋路を応援するのはいいことです」
「やるなら言って欲しかった」
「本当に申し訳ない」
柚子にキツイ目で睨みつけられたが取り敢えず拘束は解いてもらった。流石に遊歩道とはいえ道の真ん中でやることじゃないな。視線が痛い。
ただまあ、俺達に演技力があれば即興寸劇が出来たかもしれない。探偵役に犯人役二人。推理という名の脅迫で終わりそう。
「折角なので四人で出かけませんか!?」
「もう二人きりはいいの?」
「はい! 十分堪能しましたし家に帰れば二人きりなので」
母さんと父さんの存在がなかったことに。
「で、男二人はどうなの? アタシと海老ちゃんはやる気だけど」
「ちなみに拒否権は」
「あると思ってる? 逃げてもいいけど二度とここ来れないくらい悪評広めるから」
「マジでやめろ。ここしか買い物する場所ないんだから」
割高でもいいなら実家近くのスーパーを使えばいいが高校生にはほんの少しの割高もつらい。
よってここが使えなくなったら高校生は終わる。
「なら、行こうか」
「龍輝。諦めろ。オレとはぐれてもう三時間だ。荷物がないってことはウィンドウショッピングしてたんだな。分かるぞ。その辛さ」
そういう雅樹も柚子にがっちりと掴まれた手とは反対の手にも荷物は見られない。仮に漫画を買ったとしても小さなセカンドバックには入らない。よって雅樹も柚子の買い物に使わされたんだろう。
「まだ回るっていうのか。だいたい回っただろ」
「なにも買ってないんだから所持金は減ってないでしょうが」
「所持金よりも大切な時間が減ってるんですが」
「うっさい」
なんなんこの幼馴染。女じゃなきゃぶん殴ってるレベルでうぜぇ。
助けを求めるために雅樹に視線を送るが静かに首を横に振られてしまった。
「海老ちゃんって龍輝に夕飯とかって作ったことあるの?」
「いえ、ないです。まだ龍輝先輩の家に来てから二週間ほどしか経ってないので」
「もうそんなか」
だったらそろそろだな。
「じゃあ今日、アタシたち女子で夕飯作るから食べてよ」
「うっ! 俺ちょっと腹が痛いからパス。急に胃に来た。雅樹、頼んだ」
「龍輝お前! きったねぇ!」
柚子の料理は疲労した身体に取り入れていいものじゃない。
化学反応でなにが起こるか分からない劇物なんて食べられるか。
そう、俺の幼馴染の武内柚子の料理は壊滅的にへたくそなんだ。ツイッターの『お料理失敗選手権』というタグでリツイ、イイネ共に上位三位に入る実力である。
母さんが横にいってやっと人が食べられるものが出来る、『料理』というものが出来上がる。
「いやー残念だなー。二人の夕飯が食べられなくてー」
「あはは。まあ、腹が爆破しようが潰れようが食べてもらうけど」
「感謝してくださいよー。胃に優しい料理つくって上げますから」
なんて嬉しくない真心。それなら自分で料理した方がいいレベル。
柚子と海原に手を引かれやってきたのは一号館。俺達が最初に居た館であり飲食を取り扱う館。
そのため一階に居たとしても上から香ばしい匂いや強い香辛料の匂いが漂ってくる。夕飯が近いこの時間帯にはただの誘惑でしかない。
「作るってどこで?」
「そんなの龍輝の家に決まってるじゃん。リビング、キッチンともに広いし」
民宿やってると溜まり場にされるから嫌なんだ。
改築に改築を重ねていればまあ、大きくもなる。だからといって家出少女を受け入れるようには出来てないんだが。と海原に視線を送っても恥ずかしそうに顔を赤らめて逸らされてしまった。
食材とか誰が料理するとか諸々の事情を説明するために母さんに連絡をいれた。
「別にいいけど......そろそろ来るんじゃないの?」
「来ると思う。けど、食べたことないだろ。柚子の料理。絶対にないはず。食べさせる」
「......お気の毒さま。取り敢えず事情は把握した。自由にしなさい」
「わかった」
電話を切ると目の前では食材の選別が行われていた。雅樹に籠を持たせその中に必要となるであろう食材をいれていく。
「結局なに作るんだよ」
「無難にカレーとかでいいんじゃない? 人数いるし」
「柚子がカレーに対して無難って言うなぁぁぁぁあああ!」
雅樹よ、口は災いの門って言葉を知らないのか。あと店の中で叫ぶな。
「武内先輩の料理ってそんな壊滅的なんですか?」
「形容しがたいな」
「わたしまで怖くなるじゃないですか。そもそもそんな盛大に失敗する人なんて......」
「いないといいな」
「先輩の目にいつも以上に生気がない!?」
擁護のしようがない程下手ということを分かってもらえば今はいい。数時間後に実物が目の前に出されるんだ。
絶望の目をした三人に気付かないまま柚子の買い物は順調に進んでいく。
もしスーパーマンがいるならここに人類全員で排除すべき悪がいる。どうか撃退してくれ。