第百二十四話 言えない
文化祭も終盤。
文化祭の最後を締めるのは後夜祭。
「うわーなんか地味」
「そんなもんだろ」
暗くなった校庭のど真ん中にはキャンプファイヤーが燃え盛っている。
ただそれだけ。
中には棒をとマシュマロを持参して焼こうとする生徒も見える。
「後夜祭ってさ、なんかもっとこう......盛り上がるもんだと思ってた」
「そりゃ無茶だろ! 体育祭からの連続で皆疲れ切ってるぜ!」
「普段しないお金の計算とかお客さんとのトラブルとか、いろいろしなきゃですからね」
それを普段から平然とやってのける社会人ってやっぱりすごい。
俺達はほとんど人がいない教室でいつもの四人で校庭のキャンプファイヤーを眺めていた。
「花火とかないの~暇ー」
「どこで打ち上げんだよ」
「んーどっか空地」
「普通に時期じゃないから売ってないだろ!」
いくら都心とは離れたといっても花火を打ち上げられる場所なんてない。
夏のスーパーに売っている手頃な奴でも苦情がくるほどなのに。
「さて、人もまばらになってきたし、焼きに行こうか」
そういって柚子がバックから取り出したのはマシュマロ。
しかも業務用。
どんだけ食うつもりだよ。
まあ、柚子はほとんど動いてないから腹は減ってると思うけど。
「俺パス。マシュマロは食べられない」
「わたしもパスですかね。結構食べちゃいましたし」
「ま、気が向いたら来な。業務用だから絶対余るから」
流石、自分の恋路より他人の恋路の柚子さん。
自然と分断してくる。
そして残った俺と海原。
「どうだった。初めての文化祭は」
「そうですね.......疲れました」
「だろうな。だがコレがあと海原は二回残ってんだ。一回くらいは楽しめ」
「十分楽しいですよ? 先輩がいてくれて」
俺は自分の席に座って海原も俺の膝の上に乗ってくる。
向かい合わせた状態で。
「文化祭って告白ムードになりやすいですよね」
ふいに海原がそんなことを言ってきた。
その目はなにかを期待していた。
勿論、雰囲気と勢いでこのまま海原と恋人同士になることは出来る。
冬休みには挨拶に行くしタイミングとしても丁度いい。
特に尻込みをする理由もないのに俺の喉は動かなかった。
薄々分かってはいた。多分この場では言えない。
もっと切羽詰まった状況でない限り俺は動けない。
「言えないんですね......」
「ごめん」
「いいんです。先輩がわたしのこと好きなのはこうして抱き着けばわかることですから」
俺はなにも言わずに海原の背中に手をまわした。
これが俺、山田龍輝が出来る最大限の愛情表現だった。
半年過ごしてきてそれなりの海原のことを知れた。
おそらく彼女は、「すき」という二文字でも泣いて喜ぶだろう。
でも今の俺にはそれをいう覚悟がない。
今、その二文字を口にすれば関係はおそらく変わってしまう。
「先輩、なに考えてます?」
「別に。壊したくないものってあるんだなってことをな」
「それは......人ですか?」
「ああそうだ。上級生の膝の上を特等席だと思ってるアルビノの誰かだ」
「わたし的には壊してほしいですけどね? もうその人と一緒にいないとおかしくなっちゃうくらいに」
そう言われると男として反応してしまう。
ベッドの上で乱れる海原を想像してしまう。
「あっ......先輩?」
「何も言うな」
「なにを想像したんですかぁ~?」
「マジで恥ずかしいからやめろ」
「人に話せないくらいに恥ずかしいことなんですか? でも相手はわたしですよね?」
違うとも言えず俺はただ黙秘を続けた。
「えっち」
強調するかのような海原の言葉に俺は腕の力を強めた。
誰のせいだと思ってんだ。