第百十七話 ブラックコーヒー二杯
俺達が一年二組の教室に入ると入口に一番近い席へと案内された。
教室内を見渡すと海原の姿も確認できる。
ただこちらには気付いていないようだ。
「いらっしゃいませ......ああ、付属先輩」
「可愛げのない後輩」
ミニスカのメイド姿をしていたのはいつぞやの後輩。
名前も知らない可愛げのない後輩。
「なんで海原は接客しないんだ?」
「不満なんですか?」
「うん不満。海原が働けばもっと人気出るだろうに」
俺がそういうと可愛げのない後輩は耳打ちしてきた。
「あんな無愛想で笑わない子に接客なんてさせられないから」
「無愛想で笑わない子」
海原海老名の話をしているはずなのに意見が食い違うとは。
ま、海原が俺以外には基本愛想がないのは知ってるけど接客させられないほどなのか。
「付属先輩の前ではニコニコしてるけど裏じゃいつもあんなだから」
海原を見ると教室の窓を拭いていた。
んまあ、一番メイドらしいと言えばメイドらしい行動ではある。
「俺だけか」
「惚気るなら出て行って。キモイから」
「おいおい俺は客だぜ?」
「なら早く注文して」
嫌悪感を隠そうともしない。
ま、愛想を振り撒いてくれるとも思ってないからいいけど。
「ココア」
「ウチはブラックコーヒーにしようかな」
「はーい♡ お兄様、お姉様」
キラッと笑顔を見せて可愛げのない後輩は調理場である黒板前へと向かった。
「なに? 龍輝君浮気!? あんな可愛い子とイチャイチャしちゃってさー!」
「声がデカい。そして相手は誰だ、浮気されたのは誰だ。俺に彼女いないってさっき煽っただろうが」
海原の方をちらっと見るとガッツリ目が合ってしまった。
すぐに鈴音さんに視線を戻したが横でなにか動いた。
「ねーねー。海原さん、なんか接客係の人とこっち指さして話してる」
「そうですか。ちなみに鈴音さんってブラックコーヒー二杯飲めたりします?」
俺が確認すると鈴音さんは唸って考え出した。
「仕事が忙しい時にはいけるかな? なんで?」
「いや......」
簡単な話だ。
鈴音さんが大声を出して浮気云々と言った。
それよりも前にブラックコーヒーが出されるのは決定していたというだけ。
「お待たせしましたー、お兄様、お姉様」
カップ二つに注がれた真っ黒な液体。
どう見てもココアじゃない。
「ココアを頼んだんですけど」
「えーでもメモにはブラックコーヒー二つって書いてありますよ?」
「今目の前で書くな」
「先輩が浮気するからですよ......」
なるほど、そんなお客さんを見下すような顔をするようじゃ接客は出来ないな。
それはそれで需要がありそうだけど。
「では間違えたお詫びにサービスさせていただきます」
見本のような笑顔で海原は言った。
出来ればココアを二杯サービスして欲しかった。
「お残しは許しませんので、飲んでください」
断れない圧を横から感じる。
しかもコーヒーには湯気が立ってる。
「なんですかぁ? 他の女とはアツアツなのにこれが飲めないんですかぁ?」
「う、海原? 俺は鈴音さんに海原の教室への案内を頼まれただけで別に二人で行動してたわけじゃない」
気分はまるで浮気がバレた彼氏。
悪い事は一つもしてないのになぜ罪悪感を感じているんだ。俺。
「言い訳はいいです。先輩が他の女とわたしの教室に来たという事実が大事なんですよ。分かりますか?」
「ちょっと分からないな」
「そうですか~。パーでいいですか?」
「ジャンケンする気分じゃないんだ。悪いな」
「先輩の頬に飛んでいく手ですけど。それともグーで行きましょうか?」
「ごちそうさまでした」
俺はアツアツのコーヒーを流し込み会計を済ませた。
食道が焼けるように熱い。
咳き込むのと同時に海原の身体が進路を塞いだ。
「わたし、お昼頃に交代なので」
それだけ言うと海原は箒を持って掃除に戻った。
なぜだろう。さっきまで焼ける思いをしてたのにめっちゃ寒い。