第百十一話 闇メイド
結局学校に戻ったのは夕方過ぎてからだった。
「お帰り。錬金術師さん?」
「錬金したのは俺じゃないぞ」
海原海老名というメイドだ。
最強の触媒を持っていることを見落とした俺も俺だけど。
「まいいや。時間もないしクッキーを一回作って終わりかな」
「えーオレ、柚子のオムライス目当てで昼飯ないんだけどー」
「帰ったら作ってあげるから」
「大盛で頼む!」
周りの視線は冷たいのに二人の温度は上がっていく。
誰か北極持ってきて。
「お前らいつもどっちかの家行ってんの?」
「なに? 寂しいの?」
「通い妻かよ」
俺の言葉に柚子が顔を真っ赤にして黙った。
隣の彼氏は分かっていないのか俺と柚子の顔を行ったり来たり。
「そ、そんなんじゃないし」
「まあ、俺はお前らがこのまま結婚しようと子供を何人作ろうと応援するだけだから文句は一切ないけど」
末永くお幸せに。
幸せすぎて地球温暖化を進めないように注意してほしい。
次の日、相も変わらず学校は騒がしい。
「さて後輩くんや。ぼくに協力するつもりはないかね」
その騒ぎさに紛れて上級生が手伝えと強要してくる。
「もちろん拒否権はあるとも。ただまあ、君のだーいすきな海原くんのバニー姿を誤ってネットの海に流してしまうかもしれないけどね?」
「世間一般ではそれは立派な脅迫です」
「なに簡単なことさ。君自身は動かなくていい。むしろ動かないでほしい」
つまり俺が動くであろうことをするということか。
んまあ、登校早々幼馴染に椅子に縛り付けられたから動くことなんて出来ないけど。
俺の手は椅子と仲良しでどんなに力を入れても離れることはない。
「それじゃあ海原くん。膝の上に向き合うような体勢で座ってくれ」
「何する気ですか。軽く拷問なんですが」
「大丈夫。すぐに楽にしてあげるよ」
伊吹先輩がそうやって笑うときは大抵よくないことが起こる。
俺は詳しいんだ。
海原はウキウキで俺の膝へと座ってくる。今日もメイド姿でしかも昨日と違う。
クラシカルメイドではなくフレンチメイドだと伊吹先輩に教えてもらった。
ミニスカに肩出しという季節外れは薄着なメイド服。黒ニーソがエッチ度をさらに引き上げていると思う。
「マジでこの体勢......見えそうだからなんか羽織るかしろよ」
「見せてるんです。先輩にだけ」
フレンチメイド服はミニスカより肌面積が広い。
しかも胸のサイズを考慮していなかったのか海原の胸元はかなりぱかぱかとしている。
学校の文化祭でよく許可したな。こんな過激な服。
「よし、ヤンデレをぼくに見せてくれ」
何言ってんだこの先輩。
嬉々としてヤンデレを望むとか変態以外のなにものでもない。
そして忘れてはいけないのはここは二年一組の教室である。
黒板前では柚子が料理の腕を上げるため練習中だし他の生徒も何事かとこちらを見ている。
そして一番たちが悪いのが椅子に座り、こちらを楽しそうに見ている教師だ。
「海原。今は許すが文化祭当日でその服は多分アウトだ」
「そこじゃない。指摘するところが間違ってる」
小畑先生を睨んでいると顔を強引に前へと戻された。
「なんでわたし以外の女と会話するんですか?」
抑揚のない冷たい声。
「先輩はわたしのこと嫌いなんですか? 守ってくれると言ってくれたのは嘘ですか?」
「嘘じゃな......」
「あーあ。嘘はいいですよ。口ではなんとでも言えますから。つまりわたしは、先輩からすれば都合のいいストック女ってことですよね......他にもストックがいるようですし、一人くらいいなくなっても......いいですよね?」
カッターをポケットから取り出すとカチカチと刃を出した。
そのまま刃は海原の白い肌へと向けられた。
「ばか。そこまでするな」
椅子と絶縁した俺の手は咄嗟にカッターの刃を握っていた。
しかもそのまま動かしたからか痺れるような痛みが手から伝わってくる。
「先輩、手が.......」
「めっちゃ痛い」
傷が浅いからかほんの少し腕から伝ってくる程度だが確実に手は切れている。
「なにやってんの。ほら、ティッシュ」
柚子からティッシュを左手に握った。
赤い血がティッシュにしみこみ小さな染みを作った。
「安心してくれよ。すべてぼくの指示さ」
「ならどこからどこまでが演技かあらかじめ教えといてください。焦るんで」
今でもあれが演技と言われても信じられくらいには熱演だった。
じゃなかったら怪我確定のカッターの刃なんか握らない。
「素の反応が見たかったのさ」
「でも描かないんですね」
「ああ、別にぼくが資料が欲しかったわけじゃないんだ」
「は?」
てっきり伊吹先輩が欲しいからわざわざ後輩の教室に乗り込んできたんだと思った。
「誰かは言えないけどいい資料になったよ。ね、卜部くん?」
誰かこの人に秘密ということを教えてあげてほしい。
多分本人から言うなと言われていたのにサラッと裏切る下衆さ。
「ああ、いや! ううぅぅ......」
教室をのぞくようにしてこちらを伺っていた卜部先輩が観念したように出てきた。
漫画研究部の後輩に頼めばよかったのに。
なんで一番対価が計り知れない伊吹先輩に頼んだのか。
「ぼくは頼られるのは嫌なんだ。こちらからは頼りまくるけどね?」
「それが嫌われる原因って気づいていらっしゃらない?」
「そういうお人好しとしか関係を持ちたくないのさ。人間関係なんて基本面倒なんだからね」
人間として終わってる気がする。いや、完全に終わってる。
呆れたいのはこっちだ。
「卜部先輩、作品作りの糧にはなりましたか?」
「う、うん。とても......ありがたかったかな。あ、ありがとうございます......」
後輩にも敬語を使ってくれる控え目でいい先輩だ。
どっかの後輩を玩具にする先輩とは大違いだ。
「なんだいその目は。まるで見習えと言ってるようだ」
「その通りですけど」
「ほー。君は今自由に動けないのによく先輩を挑発したね? その度胸に免じて公開処刑としてあげよう」
免じられてないんだが。
バリバリ処刑されるじゃん。なにを免じたら公開処刑になるんだよ。
とか突っ込みが大量に上がってくるが伊吹先輩の目は楽しそう。
「ところで後輩くん? 目の前に寒そうにしているメイドさんがいるよ? 上着を貸してあげなくていいのかい?」
確かに今は十月の終盤よりの中盤。
長いメイド服なら暖かいだろうが薄手のフレンチメイドでは寒いだろう。
登校するときはさすがに制服だったから自分のを羽織ればいいと思う反面、貸してあげたいという庇護欲が駆り立てられる。なんだこの愛らしい生物。
「寒いなら着とけ」
「でも先輩が寒くないですか?」
「教室にいれば平気だ。火も使ってるから結構暖かい」
ブレザーを海原の肩にかけた。
これが公開処刑ならまだまだ耐えられる。
「でも海原くん。部屋が暖かいといってもワイシャツじゃ寒いと思うんだ。そうだ、抱きしめたらどうだい? そうすれば体温も合わさって暖かいよ」
「そこまでする必要はない」
「なにを言ってるんだい? やるんだよ。先輩からの処刑なんだから」
だれかこの暴君止めて。
小畑先生より横暴だぞこの先輩。
てか、にやけてないで助けてほしい。今いじめの現場が目の前で起こっているというのに。
「ぎゅ」
思ったよりフレンチメイド服の薄さにまず驚いた。
次に俺の防御の低さに驚いた。
その次に、伊吹先輩の顔にイラついた。
総評。もうなにも言わずに得意のポーカーフェイスで何事もないかのように乗り切るしかない。
「嬉しいのかい? 大好きな後輩に肌面積の少ない服装で抱きつかれて胸の感触を味わっているのかい? そうだよねぇ。処刑と称して堂々とくっつけるんだもんねー」
取り敢えず黙れ。十割そうだし反論できないから黙れ。




