第十話 不意に始まる後輩とのデート
海原に手首を引っ張られながら二号館を出た。
周りの人に俺達はどう見えてるのだろうか。
探偵コスプレの美少女に冴えない男が連行されてる図。異様すぎる。ハロウィンでしか許されない図だ。
「服を見るのはいいが俺はファッションには疎いぞ。店員さん頼りだからな」
自分で選ぶよりその道のプロに頼むのが効率的だし普通だろう。
「あーわたしは勧められたら断れないタイプなのでそれ出来ないんですよね」
「必要ないものはきっぱり断るのが重要だからな。慈悲なんて捨てろ」
「買い物するたびに慈悲の心捨ててたらそのうち無くなりますよ。ま、慈悲の心がないドSな先輩も悪くはないですけど!」
慈悲の心が必要ないなら本当になんでもありだな。暴言が通常会話ということも有り得るわけだし。
俺が海原に連行されているとジーパンのポケットに入れたスマホが揺れた。
ラインかと思ったが電話だった。トイレだって言って出てきたのに。
「はい?」
「いや「はい?」じゃねぇよ。お前今どこにいんだよ」
「トイレ」
「その割には周りが騒がしいな」
「今トイレでパーティしてる陽キャが居てだな......」
「うそつくならもっとマシな嘘つけ!」
どうやら相当ご立腹のご様子。ま、雅樹から怒られることは珍しくない。それよか圧倒的に柚子から怒られる方が多いだけ。
だから平然と出来る。
「もう解散にするか?」
「いるだろ。一緒に買い物する相手」
「いるってどこ......柚子と?」
「頑張れ」
そう言って俺は電話を切った。
幼馴染の恋路にめっちゃ貢献しちゃった。......拳一発なら我慢しよう。
三号館は完全服飾のビル。そのため若い女性が多い印象。男一人じゃ入りづらい館一位だ。
エスカレーターに乗ると海原が俺の方を向いた。
「今わたし、先輩より身長高いです」
「そうだな。一段上なんだから当たり前だろ」
なにを言うかと思えば。俺はそこまで身長は高くない。
「先輩。知ってますか? キスしやすい身長差って十五センチの差が一番らしいですよ」
「だから?」
「先輩の身長が一七〇センチ。わたしが一五五センチ。これは天がキスしろって言ってますよ!」
「公共の場でなに言ってんだ」
「さぁ!」
「前見ろ。こけるぞ」
いくらでさえ丈が合ってなくて上着が地面つきそうなんだ巻き込まれたら怪我する。
再び手首を掴まれ海原の目的地へと引っ張られていく。そして俺は立ち止まった。立ち止まるしかなかった。
「待て待て! 俺をどこにつれていくつもりだ!」
「ちょっとだけですから! 数時間でいいので!」
「ちょっとっていう言葉で辞書引け。男が女物の下着売り場にいることの辛さを知らないだろ」
「入ったことあるんですか!」
「ないけど今俺の中の警鐘が最大音量で鳴り続けてる」
俺調べじゃ過去一うるさい。周りの視線なんて無視出来るほどの度胸があればいいんだが残念ながら俺にそこまでの胆はない。
「普通の服屋なら付き合ってやる」
「先輩に見せる下着を選んでもらおうと思ったのに!」
新手の拷問か? ランジェリーショップで男が真面目に女物の下着選んで渡したらセクハラで捕まる。勿論周囲の女性から。
「そんなものなくていい」
「下着は必要ない......と? せ、先輩がそれで喜んでくれるなら。ノーブラでこれから過ごします」
「帰っていい?」
どこまで突っ込んだら満足するんだこいつは。日曜は休日なんだ。休ませろ。
「仕方ないですねー。先輩の好きな色くらい教えてください」
「好きな色、ピンク」
「え、意外と可愛い。分かりました。今度はピンクの下着着て待ってますね!」
「どこに」
「先輩が行く場所に」
純粋に恐怖。俺が行くところ全てに下着姿の海原がいたらそれはエッチ以前にホラーだろ。
公然わいせつをやらかす前に海原を刑務所にぶち込んだ方が俺のためだ。
ランジェリーショップは諦めさせ普通の服屋に行くことにした。
「おい。人の話聞いてたか」
「歴とした服屋ですよ!」
「コスプレ専門だろうが!」
服飾が集まるとは聞いていたが着物ならなんでもいいのか。それだけ賑やかで色んな客層を取り込めるだろうけどなんでもありすぎる。いつからこんな混沌とした市になったんだ。
「興味があったんですけどやっぱり一人じゃ入りづらくて......」
「男と一緒の方がはいりづらいだろ」
「今は探偵服というコスプレ衣装ですし先輩とお買い物できるだけで入りづらさなんて関係なくなります!」
海原にとって俺はなんなんだろうか。ま、聞いたところで理解出来ないから聞かないけど。
自然と組まれた腕に引っ張られコスプレ衣装を販売する店に入った。
ところ狭しと衣装を着たマネキンが並んでいてコスプレに興味がなくてもリアルでメイド服を見ることが出来るし、アニメを知っていれば制服やコンサート衣装といった服だけでアニメが分かるから結構面白い。
ただ中に男はおらずいるのは女性の客だけだ。その間を俺と海原は気にも留めず進んだ。
「海原、アニメとか見るのか?」
「コメディとか日常系のゆったりしたものなら。アクションものとか転生? ものは難しくて見てないですけど。ほら、これなんて水色パンチの制服ですよ!」
海原がハンガーにかかった制服を自分の身体に当てながら見せてきた。
水色パンチ。『幼馴染が水色のパンツだけチラ見せしてくる』という少年漫画から最近アニメ化されたドタバタラブコメディー。授業中や壇上など主人公にしか見えない絶妙なパンチラは世の男を虜にするには十分だったのだろう。
現実に幼馴染がいる俺達は「柚子にやってって言ったら死ぬな~」という共通に認識を持った記憶。
「なら柚子とか雅樹とかと話が合うかもしれないな」
「ああ。あの人達と話すことはないので」
ほう。あの人『達』ってことは雅樹も入ってるな? より雅樹と柚子の言葉の信憑性が増してくる。
「俺としては仲良くしてもらった方が平和でいいんだがな」
幼馴染と同居同然の後輩の間で板挟みになりたくはない。どっちかを選べと言われたら俺はきっと迷ってしまう。
「先輩の幼馴染さん達ですから邪魔だなーとか消えて欲しいなーっていう感情は隠してはいますから大丈夫ですよ」
「そんなこと思ってたのか」
「でも武内先輩とは仲良くできそうです! 唯一女性の味方です!」
「あーまあ、あの二人はそうだからな」
俺に本当に興味がないと分かって自分への害意がなければどうやら仲良く出来るようだ。
その調子で雅樹とも仲良くしてくれればいいだろうけど、その嫌そうな顔じゃ無理だろうな。
「あの人女を寄せ付けるなにか感覚的なものがあるので嫌悪感が凄いです。嫌いです。二人キリになりたくないです。殺してしまいそうなので」
本人の知らないところで嫌われ殺害予告まで受ける雅樹ざまぁ。