第百四話 着せ替え人形ゲーム
「お、来た来た」
折角の日曜に伊吹先輩から西急ハンズの三号館に呼び出された俺達。
なぜ三号館なのか、これからなにをするのか一切知らされないままここに来た。なぜなら、約束をぶっちした時の反動が怖かったからだ。死ぬよりも苦痛なことなんてこの世にはたくさんあるからな。
秋に入り肌寒い日が続き装いも秋らしくなってくる。
海原はショートパンツに俺が前まで来ていた紺色のパーカーを羽織っている。どこからどうみても彼氏かお父さんのパーカーだということが分かるくらいにはぶかぶかである。
伊吹先輩は白Tシャツにモンブラン色のカーディガンのようなものを羽織っている。
二人とも総じて秋らしくていい。
「あ」
「あっ......」
「どうしたんだい君たち、知り合いかい?」
伊吹先輩に近づくと傍にもう一人、画材を持った黒髪の女性がいることに気が付いた。
そしてその顔には見覚えがあった。
「えっと......どこかで会ったことある......よな?」
正確には夏休みの温泉旅館で俺と彼女は話している。
「あ、あの時はどうも......三年三組の卜部琴葉
「二年一組の山田龍輝......です」
一度ため口で会話しているため中々敬語がでてこない。もどかしながら自己紹介を済ませた。
「お見合いのカップルかい? 卜部くん。彼は止めといたほうがいい。理屈っぽくて可愛げがないんだ。それに......」
超失礼なことが伊吹先輩から聞こえ反論しようとした時、俺と卜部先輩との間に小さな身体が割って入った。
「どうも! 一年一組の海原海老名です! 先輩がいつもお世話になってます~!」
「それに彼には既に先客がいるんだ。可愛いくて強い後輩がね」
威圧的に海原は挨拶をしその威圧に負けた卜部先輩はうさぎのように小さくなり自分より小さい伊吹先輩の後ろに隠れた。
あんまり深く関わると海原が拗ねる。俺は伊吹先輩に今回の目的について聞いた。
「衣装選びさ」
「なんのです?」
「ぼくら漫画研究部が文化祭で販売するイラストのね」
「漫画じゃないんですね?」
海原と同じことを俺も思った。
「漫画が出来上がるまでに必要な工程を知っているのかい? 企画、プロット、ネームに下書きペン入れ、ベタトーン。ここまできてようやく仕上げさ。一か月という短い期間で出来ても四ページ漫画が限界だろうね」
「だ、だからイラストを描いて売り出すん......です」
なるほど作業工程だけ聞いても大変そうだ。演劇やボランティアでやる舞台演技と違って金銭が発生する。中途半端なものは作れないということだろう。
「その資料作りとして海原を呼んだと? なら俺いらないでしょう」
「いります! わたしのモチベーションに大きく関わります!」
「そうでもないよ。漫研は男子がいないからね~男の絵というのは描くタイミングがないんだ」
「去年までどうしてたんですか」
「会長がモデルさ。でも同じモデルばかりだと癖がついてしまって上達しないからね」
そういうことか。だから男女で釣れる俺と海原を呼んだのか。納得。
伊吹先輩に連れて来られたのはいつぞやのコスプレショップ。海原と初めてのデート場所だ。
「よりにもよって......」
「卜部くんの練習さ。お礼はするよ? 二人それぞれにね」
「分かりましたよ。ただし、常識のある範囲でお願いします。俺に対しても海原に対しても」
「ああ、勿論さ」
そして着せ替え人形ゲームが始まった。
「これ」
渡されたのは『水色パンチ』の男用制服。隣の試着室からは既にゴソゴソと物音が聞こえる。海原は既に着替え始めているのだろう。
幸い、水色パンチの制服は浜辺高校と同じようなブレザー制服で色が違うだけ。
着替え終わってカーテンを開けると画材を手にした二人に高速でスケッチし始めた。
試着室での写真撮影は禁止されているが、まさか店側も高速でスケッチするとは考えてなかっただろう。
漫画研究部の二人は鉛筆を高速で動かし紙に絵を投影していく。
「よし、ぼくは着替えてもいいよ」
「早いですね」
「部長だからね」
筆記用具をしまいながら伊吹先輩は言った。伊吹先輩は海原を描き、俺は卜部先輩に描かれているため俺の方はまだ終わってないようだ。
「ご、ごめんなさい」
「別にいいですよ。ただ服着てじっとしてるだけなんで」
これで維持が難しい体勢とかなら話は別だが突っ立てるだけなら今日の夕飯とか明日以降の文化祭の用意について考えれば案外すぐだ。
しっかし敬語が慣れない。初めて会ったときは先輩とは思わなかったしなんなら大学生くらいだと思っていた。最初にため口で偉そうなことを言ったからか、なんか胸のあたりがムズムズする。
「終わりました」
「ふぅ......」
ただ静止するというのも難しいものだ。
「こ、これなんですけど」
見せてもらった絵は白黒の制服絵。完全素人からすればかなり上手い。この数十分で描き上げたとなればかなり上手い。
「先輩の顔、描かれてないじゃないですか」
「ひゃ! ご、ごめんなさい。時間がなくてあんまり待たせちゃうのも悪いかなって......」
最初に出会った頃はもっとぐいぐい行くタイプだと思っていたがあれは悩みがあったからなのか。
今は海原が口にした小さな苦情にもビビる始末。
「やめてくれ。絵に残すような顔でもない」
「まあ、今回は『男の服』を描くのがメインであって『男の人』ではないから。許してほしいね。それに卜部君はまだ描き始めて三か月と経っていない」
「三か月未満であの画力とか自分が無才能すぎて自殺したくなりますが」
誰もが振り向く美少女とアルビノの融合、海原海老名。
人心掌握、人を馬鹿にする天才、伊吹環。
そして、創作、特に作画の鬼才、卜部琴葉。
この三人の中に混ざれるのは有能生徒会長か雅樹くらいだろう。
「先輩は! 海原海老名という少女を射止め結ばれるという超限定的な才能なんですよ! それともそんな才能は要らないですか?」
「いや、今は一つでもなにか才能が欲しい。見つけてくれてありがとう」
超限定的ではあるが、本人が目の前にいるのならそれは鬼才にも勝る才能となる。十分すぎる。
「いちゃいちゃはそこまでにして、ぼくらの資料作りを引き続き手伝ってもらえるかい?」
「そのために休日返上したんで。でもこの借りは高くつきますよ」
「いいとも。ぼくで良ければ処女を奪ったって構わないよ」
おっも。冗談でも死神がログインするからそういうこと言わないで欲しい。
ただ借りが高くつくのは本当だ。先輩からのいじりという滅んで欲しいと切に願うものを一回無効化出来るかもしれないんだ。持っておくにこしたことはない。
その後、着せ替えゲームは続いた。