第百二話 急遽開催された地獄の料理練習会
体育祭から一週間後の土曜日。
急遽開催された地獄の料理練習会。料理人は柚子と俺の母さん。
今すぐ町のガス管か水道管が破裂してこの料理練習会が中止になればいいという程度には逃げだしたいと思っている。
「今日はよろしくお願いします!」
「あらあら~柚子ちゃんの頼みだもの。お母さんに手伝えることならなんでも言って?」
母さんは柚子や海原に対して甘すぎる。男には特別厳しいというわけではないがこうやって犠牲者を増やす一端を担っているのは事実。
「あ、ウチは犠牲者ってことでおけ?」
「間違いないんじゃないですかね。大人しく自分の家に帰っていれば死なずに済んだものを」
「八つ当たりはよくないなー。お姉さんは被害者であって焚きつけたのは龍輝くんだよ?」
「分かってるんで真実を突かないで貰えますか。キレそうなんで」
なぜ数十年一緒にいてこういうミスをするのか俺にも分からない。ケ
アレスミスはなくしましょうって小学校の頃からテストに書かれて来たのに。なぜなにも学ばないのか。
「結局なに作ってくれんの?」
「先輩達のクラスでの品物がいいと思います!」
「俺達のクラスはパンケーキとクッキー、オムライスあと市販のミルクティー」
今見返しても中々に黒いラインナップ。
パンケーキなんて、パンケーキの素を牛乳と卵とをボウルにいれて混ぜて焼くだけだしひっくり返すタイミングさえ分かっていればいい。クッキーも焼く時間に注意するだけでいい。
つまり、材料さえあれば誰でも簡単に出来るんだ。それを三百円、オムライスだけ五百円という金額をつけて売り出すわけだ。
「三百円ならそんなもんじゃない?」
「わたしも打倒というよりかは安いと思いますけど」
「ちなみに、その三百円ってのはアタシと委員長が考えて出した金額だからね。文句は受け付けないからね」
「別に文句じゃない。裏が黒いって言ってるんだ」
「ん? どゆこと?」
純粋な雅樹には分からないか。ま、喜んで柚子の料理を食べる男だからな。
前のカレーだってなんてことない顔して食べてたし。
「んじゃ、このパンケーキとかクッキーが五百円だったらどうだ」
「んー。それだと少し高く感じちゃうかな? 高校の文化祭だし」
「わたしもそれなら他のカフェにいくと思います」
そうだろうな。俺だってそうする。
「三百円という高すぎず安すぎない金額を提示することによって客足の確保を最優先に考えた。更に少し高いオムライスを出すことで六百円で二品というのは安いと思わせることが出来る。これが黒じゃないならなに色なんだ」
仕入れ状況を管理しているわけじゃないから分からないが、オムライスの材料はさほど仕入れる気はないだろう。
俺が金額の種明かしをすると鋭い目つきと包丁が向けられた。
「無駄に頭働かさなくていいから。黙って座ってて」
「料理人が包丁を客に向けるなよ」
「は、被験体のモルモット気分のくせに」
「よくご存じで」
「絶対に美味いって言わせてやる」
俺への怒りが昇華に向いてくるなら大いに結構。煽った甲斐があるというもの。
幼馴染を煽り終えても暇は残る。どれもすぐに出来るものじゃないからな。
リビングでスマホをいじっているとバナーが通知を知らせた。
吉報か悲報かと言われれば悲報。圧倒的悲報。
『明日、君の彼女を貸してほしい』
という怪文書。
煽り文だということは分かっている。ただなんて返したらいいのか分からない。
今まで身内以外の誰かと連絡を取り合うことをしなかった男の末路だった。
『確認です。海原のことですか? アメリアなら帰国しましたが?』
こういうジャブには慎重なくらいのストレートで返すのが一番だ。
『出来れば二人に来てほしかったが仕方ない。君と海原くんの予定は空いているかね?』
よし、回避成功。この人と連絡を取り合う度に体力消費する謎。
なにはともあれ海原に予定を聞かなければ。
「海原、伊吹先輩が明日空いてるかだと」
「明日ですか? 空いてますけど......」
俺も海原も予定はないとの旨の返信をすると西急ハンズの三号館に来いという命令が下った。
文章じたいは「来れるかい?」という控えめものなのに後に送られたスタンプが命令形へと昇格させた。
『?』を浮かべた兎が拳銃をこちらに向けるスタンプは十分脅迫罪に該当すると思う。
「明日、西急ハンズの三号館集合だそうだ。目的は到着時に伝えるとさ」
「分かりました。一緒に行きましょうね?」
「デートにはならないからな」
「終わったらデートしましょう?」
「終わったらな」
俺が了解の旨を伊吹先輩に伝え終わると鈴音さんが肩に肘をおいてきた。
「お? お? 皆の前でデートの約束ですかぁ? いいですねぇ。嫉妬しちゃうなぁ」
「独身には辛いでしょう」
「よければわたしが介錯しましょうか? 生き恥晒すよりはマシだと思いますよ?」
「うっ! この二人、いつのまにコンビアタックを! やだ! 死にたくない! まだ死にたくない!」
退かなければここまで滅多打ちに出来るのか。愉悦。
だが愉悦に浸れるのもここまでのようだ。焦げ臭い。




