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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

創作若造 短編集

この戦場で誰よりも命の尊さを知るあなたと

作者: 創作若造
掲載日:2020/11/03

俺は不覚にもこの戦場で恋に堕ちてしまった。それは軍人として最もあってはいけないことだ。そういう感情を持ってしまうとおのずと戦いのときに体が恐怖に震え、行動が遅れる。そうなった兵士は相手からすれば恰好の的である。のろのろと動くものを撃つことなど少し訓練すれば農民上がりの人間でもできるようになる。つまりは俺のことだ。

 戦争が起こっていることは新聞を通じて知っていたが俺がいた村にはその戦火すら見えなかったので、勝手ながらあまり関係ないことだと思っていた。なのでいつも通り薪を割りそれを村の老人に分けていた時のことだった。軍服姿の男が数人来ると俺の前に紙切れをを突き出し。

「兵士として陛下のために闘うことに命じる」

 帝政を取っている俺たちの国において皇帝の命令は絶対、ゆえに村の誰も口答えできなかった。当然俺も特に反論することなく

「わかりました」

 と答えた。その答えを聞くと軍人は数枚の銀貨を渡すとそそくさと帰っていた。俺はこの手に握られた貨幣が意味することがすぐにわかった。その日の夜村のみんなが無事を祈る宴を開いてくれた。おそらくこれが一生のうち最後の贅沢になるであろうと思い、俺は大いに酒を飲み、飯を喰らった。そして皆がまだ起きぬ早朝に俺は村を出た。


それから三年の月日が流れ、軍人としての訓練を終えた俺は教官から配属先が言い渡され、俺は汽車の乗って基地に向かった。各分隊ごとに指定されたミーティングルームに入る。俺と同じ部隊には俺と同じ兵士育成所を卒業した者も少数ながらいた。しばらく椅子に座って待っていると後ろのドアが開き明らかにまとう雰囲気が違う軍人が一人入ってきた

「諸君、私が本部隊指揮官カタリナ、ヴェスペリアだ。以後私のことはカタリナ大佐もしくは、隊長と呼べ、返事」

「イエッサー」

 目の前に現れたのは金色の髪をなびかせ、軍人にしては珍しいほどきれいな肌をした女性だった。正直兵士になるべく村を抜け出してから、街中以外で初めて女性を見た気がする。それくらいきれいな女性が今俺たちの前で啖呵を切っている。

「諸君らには私の部隊の一員であることを示すためにこのバッチをつけてもらうこれは何があっても軍服から外すことを禁じる。肝に銘じておけ。そして今後のことだが今はまだ本部からの指令は届いていない。ので諸君にはしばらくはこの基地で訓練に励んでもらう。以上解散」

 簡単な挨拶とバッチの配布を終えるとカタリナ大佐は部屋を後にする。それに続くように俺たちも部屋を出て各自の寝床で荷解きを行う。それが終わるとここに来て初めての食事を食堂で取る。

「よお、新入りか」

 昼食の乗ったトレイを持って歩いていると、二人組の男に声をかけられた彼らの服についているバッチの数から俺と比べて圧倒的に階級が上の兵士だということを瞬時に理解した。

「はい、そうです。本日からここに配属になりました」

「そうか気の毒にな」

「それは一体どういう意味でしょうか?」

 俺の問い返しに二人は明らかに驚きの顔を見せるがすぐに平時の顔に戻る。

「お前、カタリナのとこの所属だろ?」

「はい」

 彼らは俺の軍服についているバッチを見て声をかけたようだ。しかしほかの隊と比べても大きな差があるわけではなく単に色違いとしか言えないようなデザインだ。それなのに明らかに悪目立ちしている気がするのはなぜなのか、おれにはわからなかった。

「あそこは、俺たちの間じゃあ、ハデス部隊って呼ばれてるんだぜ」

「ハデス・・・」 

 確か俺が小さかったころ村の年寄りに呼んでもらった本にそんな言葉が出てきた記憶があるが明確な意味は覚えていなかった。そもそもそんな知識農村には必要なかったからだ。

「ああ、そうさ死者がいくところと意味があるらしいが。あそこにはぴったりな呼びなさ。なんせあの部隊は作戦に出るたびに隊長以外全滅して戻ってくるんだぜ、たとえ運よく生き残れてももう、まともな生活は送れなくなるっていう噂だ」

 そんなことよほど、横暴な指揮をとらない限りありえないことだ。しかし挨拶を聞く限りそんなことをするような人には見えなかった。

「ご忠告ありがとうございます。できるだけ長く戦えるよう努力します」

 いろいろと気になることを言われたが、とりあえずはこの場を切り抜けるためにできるだけきれいな言葉を並べる。しかしおれの言葉に対し今まで口を閉じていたもう一人の男が口を開いた。

「君のようにそう言って死んでいった若者を何人も見てきたよ。でも私たちにはどうしようもできないんだ。私にできることは一刻の早くこの戦争を終わらせるだけなんだ。だからせめてこれを」

 男はそういうとポケットから小さな紙を一切れ出すと、それを俺に差し出した。

「これで故郷にいる家族に手紙を書きなさい。大丈夫君の手紙は私が責任を持って届けよう」

 俺の両親は俺を生んですぐに病死してしまい。それからは村のみんなで手分けをして俺を育ててくれた。だからせめて彼らには何か言っておくべきだと思い。俺は男が差し出した紙に手を伸ばそうとしたが

「ジェームズ大佐、トンプソン大佐、新兵をたぶらかすのはやめていただきたい」

 明らかに怒りの色を顔に浮かべたカタリナ隊長が俺たち三人の間に割って入った。

「しかしながら、われは彼に一切嘘をついていませんよ。皇帝陛下に誓ってもいい」

「だとしても、彼生きるか死ぬか彼が決めることです。あなた方が勝手にどうこういっていいことではない」

 そう言ってカタリナはジェームズと呼ばれた男が持っていた紙を叩きつけると

「飯はもったままでいい、私と来い」

「は、はい」

 彼女の圧に圧倒され俺はトレイを持ったまま彼女のあとに続く。こっそり振り替えてみると先ほどの二人は腹立たしいそうな顔をしながらこちらを見ていたので申し訳なさそうに頭を下げておく。彼女の背中を負ってずるずると歩いているといつの間にか彼女の自室まで連れてこられた。

「すまない、変なことに巻き込んでしまって」

「いえ、お構いなく」

「それで」

 カタリナは膝を机につき両指を交互に絡ませるとその上に顎を置いた姿勢でじっと俺を見つめる

「あの二人から何を聞いた?」

「特に何も」

「正直に答えろ。もし次に嘘をついたら軍法会議にかける」

「失礼しました」

「分かればいい。で何を聞いた?」

「お二人の話によれば、隊長の部隊は別名ハデスと呼ばれているとそして隊長の部隊から多くの戦死者が出ているということの二点であります」

「そうか」

 カタリナは椅子から立ち上がると部屋の中央にあるテーブルのすぐ横にあるソファに腰かける。

「長い話になる。お前も座れ」

「はっ、失礼します」

「それと、今回は特別に食事をしながら私の話を聞くことを許可する。本来ならば上官に対する不敬罪で牢獄いきだが、今回は事が事だ」

 俺は先ほどからずっと持っていたトレイをテーブルに置く。カタリナは足を組んで座ると軍服のポケットから煙草を取り出すと慣れた手つきで火をつけ、中の煙をたっぷり吸いこみ、ため息と同時に吐き出した。

「まずは端的に言おう、やつらが話していたことは紛れもない事実だ。私の部隊は主に強襲作戦を受け持つことが多くてな、だから仕方がないとわけでは必然的に戦死者が増えてしまう。だが私とて好き好んで若者を戦地に送り込んでいるわけではない。みなこの戦争で英雄になれると思い込んでいる。実際はそんなに甘いものではないと知る時にはもう手遅れだがな。私はそんな兵士たちを多く見てきた。彼らにはもっとふさわしい未来があるというのに彼らは戦地に向かってしまう。それを斡旋しているのは貴族どもだ。もとは貴族両国の貴族同士が勝手に始めた戦争なのだ。それで多くの民が死んでいくのに私は耐えられない。だからいつも先陣を切るのだが、戦いを早く終わらせようと無我夢中に走っているうちにいつも私一人になってしまう。これがハデス部隊の真実だよ」

 話し終わるころにはあんなに長かったタバコももはや咥えるところが見つからないほど小さく燃え尽きていた。カタリナはそれを灰皿に向けて吐き出すとまだかすかに残るかがり火を灰皿に押し付けて消す。

「だから君には、いいや君たちはできるだけ生きてほしい。敵を屠れなくともかまわない。私がこの戦争を終わらせるまで、生き延びてほしい。私からの話は以上だ」

 そう言ってカタリナは席を立つと再び自分のデスクに戻り、置いてあった書類に目を通す。一方の俺は彼女の話に聞き入ってしまい、食べることを忘れていた。そんな俺のことを見てカタリナは再び大きくため息をつくと

「ここで食べていけ、何かあったら私が責任を取る」

「は、はぁ」

 俺は言われた通り彼女の部屋で昼食をとった。

 帰り際トレイや食器の処理をカタリナがやるといっていたので、お言葉に甘えることにした。彼女曰く食堂の面々は時にはどの将校よりも恐ろしいのだという。まだ入りたての兵士が彼らに目をつけられることを避けるためということらしい。

 幸いにも午後からは特に指定されることはなく自由に過ごしてよいとのことだった。しかしそれもきっと今日までのことだろうと誰もが暗黙のうちに理解していた。

 同室のメンバーがせっかくなので基地を散策しようと申し出てが俺は何となく気分が乗らず断った。その代わり俺は部屋の窓から汗をかきながら走る兵士の姿を眺めながら、今しがたカタリナから言われて事を思い出していた。

 人を殺す技術を磨いてきたのに、彼女は仲間を生かすためにそれを使う。訊いている限りでは矛盾しているように思えるが、理にかなっている。しかしその結果多くの兵士が死んでしまっては意味がないように思える。

 外のグラウンドで先ほど見ていた兵士があたりを一周し再び俺の視線に入る位置に戻ってきたあたりで俺は考えることをやめた。というか考えても意味がない気がしてきた。結局彼女の言う通り生き残るしかないのだ。今の俺にできることはそれしかないのだから。


それから一週間後思いのほか早く最初の作戦が言い渡された。内容は敵の輸送鉄道の強襲及び物資の奪取、別部隊が陽動している間に俺たちの部隊が敵機関車に襲撃をかけるという物だった。一見すれば簡単そうに見えるがそうではなかった。もし敵の機関車が、俺がここに来るときに乗ってきた一般人を乗せるためのものならばよかったのだが、実際は戦車おも破壊可能な迫撃砲に加え、対空機銃まで備え付けられたまさに走る要塞だ。それに加え俺たちには一切爆発物は与えられず、通常装備での特攻となる。一応機関車という特性上砲手を完全に隠しきることができず、そこをうまくつくことで理論上は迫撃砲も対空機銃も無効化できる。しかしそこにたどり着くまでにあまたの援護兵を排除する必要がある。なので成功率はかなり低い。

「諸君、無謀な作戦であることは私も重々承知である。しかし本作戦の成否は諸君らの働きにかかっている。大いに活躍してほしい」

「イエッサー!!」

「よし。出撃だ」

「おー!!」

 俺の支給されたヘルメットとライフルを手に作戦司令室を後にし、足早に移動用の車に乗り込む。しかし同じ隊の中には俺と同じようにカタリナのうわさを聞いたのか、ひどく動揺し震えている者が少なからずいた。特にひどい者に至っては家族の写真を握りしめ、帰れなくてごめんと言いながら泣き出している。俺は特にそいつらをなだめる言葉をかけぬままトラックの荷台につかまり、ただ戦地につくまでゆらゆらと体を揺らしていた。

 ついてからは本当にあっという間だった。すぐに作戦が説明され森の中を草木をかき分けながら進んでいくと不自然に開けた場所に出た。よく見ると明らかに人の手によって空かれた砂利の上に線路が引かれている。二人の兵士が線路に飛び出し、枕木の傍に爆弾をしかける。これで一時的に動きを止めようということらしい。それで止まったからといってどうにかなるわけではないが。それでも少しくらいは時間稼ぎになるだろう。

 やがれ森を切り開くように鉄を擦る音が鳴り響き、朝日のような明かりをまといながら鋼鉄の列車がこちらに向かってくるのが見えた。上官からの指示を受け、先ほどの兵士が爆弾を起爆する。それは列車を吹き飛ばすには到底威力が足りていないが、だが確実に線路を吹き飛ばし、列車の心臓を阻んだ。

「敵襲―、敵襲」

 それまで、前方に集中していた明かりが列車全体に広がりバタバタという足音と共に多数の兵士が下りてくる。

「突撃―」

 号令がかかり林に潜んでいた味方が一斉に列車に向かい銃を放つ、しかしまるで豆鉄砲でも撃っているかのように、硬い音を立てはじかれる。

「列車を狙うな敵兵を狙え」

 カタリナが号令をかけ、まるで見本を見せるかのように列車の天井に乗っていた兵士一人の頭を撃ち抜く。それを見ていた俺も見様見真似で狙って撃つが惜しくも敵の足に当たる。足なので決して致命傷にはならなかったがそれでも列車から落とすことに成功した。

 次こそはと改めて相手を凝視していると車列の内一つの天井が開き、カチカチという鎖を引っ張る音が確かに俺の耳には聞こえた。

「機関銃だ隠れろ」

 俺と同様の音を聞いたカタリナが大声で叫ぶが常時なり続ける銃声に阻まれ彼女の周辺にいた数人しか反応できなかった。鎖の音が鳴りやみカタリナの言った通り銃座の正面に鉄板をつけた機関銃が姿を現す。それを見てからようやく慌てふためきながら木や岩の陰に隠れる

「放て―――」

 今まで比べ物にならないほどの轟音と共に排出された薬莢が飛び散った。そしてその銃口から放たれた銃弾は仲間が隠れている木や岩を貫き、その裏に隠れていた兵士の体を貫いた。その事実が隊の指揮を一気に下げ代わりに当たり全体に死の恐怖を振りまいた。俺は隠れていた木から少しだけ離れその場に伏せた。幸いこうすることにより機関銃の射角から外れることができた。そのおかげで多少枝に擦った時についた傷だけで済んだ。

「誰かいないか」

 はるか遠くからカタリナの声が聞こえる

「ここにいます」

「よかった。私が気を引く。お前はその隙に銃座のやつを撃て」

「はい!」

「チャンスは一度だけだぞ、絶対に外すなよ」

 返事を待つことなく、カタリナは隠れていた一から飛び出し、銃座の前の鉄板目掛け、ライフルを放つ。それは当然のように傷一つつけることなくはじかれる。その音に反応し顔を真っ赤にした敵兵がカタリナに大きな銃口を向ける。

「そこか、喰らえ」

再び轟音とマズルフラッシュをあたりにまき散らしながら放たれてた弾丸がカタリナのすぐ横を飛び交う。彼女はそれをひたすら横に走りながら躱していく。いいやそれは到底躱しているなどと言えるものではなかった。どれだけ訓練しようとも人間の目がとんでくる弾丸を視認することは不可能だ。それはカタリナも知っているはず

「あああああ―――――――」

 彼女はただ駆けていた、いつ自分の体をこの弾丸がえぐるのかという恐怖と戦いながら走っていた。ただ己の身を天の運に任せ雄たけびを上げながら走っている。そのおかげで徐々に機関銃の側面が俺の方へと近づいてくる。そしてとうとう俺のライフルのアイアンサイトが完全に敵の兵士の横腹をとらえた。

 俺は迷うことなく引き金を引いた。ここで怖気ついてはせっかくオトリになってくれたカタリナに申し訳が立たないと、その時はそんなことしかおっていなかった。俺のライフルから放たれた弾丸は一切曲がることなく敵の横腹に向けて飛んでいき、そのまま敵に命中した

「よし」

 命中を確信した俺はライフルの銃口を敵から離し空へと向けてしまった

「バカ者油断するな」

 横から罵声が飛んできたかと思うと先ほど銃弾を当てた兵士が明らかに先ほど以上の怒気をまとい腹から血を流しながら、今度は俺に向けてその重々しい機関砲を向ける。

その時俺は確実に死を意識した。先ほど敵を狙っていた時ひどく勇ましかったのはきっと俺がこの兵器の恐ろしさを正しく理解していなかったからだろう。過小評価していた。きっと俺は後一秒もしないうちに死んでしまう。こんなことならあの紙受け取っておくんだった、と心底後悔していた。

 だが、俺の横で新たに一発の銃声が鳴り、銃座についていた兵士が列車から引きずり落ちる。俺が銃声のした方を見ると、そこには息を切らしながらもライフルを構えるカタリナの姿があった。

「機銃は落ちた、行くぞついてこい」

「はい」

 俺はと生き残っていた仲間たちは隠れていた茂みを飛び出しカタリナのあとに続いた。死に物狂いで走り、列車の側面に張り付く、そして入り口を見つけ内部に潜入する。そこには多少敵が残っていたが、その誰もがあの弾丸の嵐を突破できるとは思っていなかったのか完全に油断しきっており容易に不意をつくことができた。そのまま勢いに任せて列車の中を押し進んでいく。そして何枚目になるかわからないほどドアを開けるとそこはもう外だった。俺は列車から降りると辺りを見渡す。そこに移っていたのは無数の死体だけだった。その瞬間おれは戦いが終わったのだと確信し、ゆっくりとライフルを地面に立てると列車にもたれかかるように座り込んだ。

「制圧完了。誰か生きていないか」

 すぐ近くから誰かの声がする。おそらく衛生兵だろう。別にすぐさま治療が必要な怪我をしているわけではないが、体の疲れが半端ないので俺は軽く手を振り生存アピールを行う。

「誰か、いないか。誰でもいい、答えてくれ」

 声の主はまだ俺の存在に気が付いていないようだが、確実に声だけは近づいてくる。

「あ、そこのお前大丈夫か?ああ、怪我はないようだがどうした頭を打ったのか?待ってろすぐに衛生兵を呼んできてやる。こっちだ早く来てくれ」

 なんだ衛生兵じゃないのかと少し落胆したところで段々と瞼が重くなっていく。だがこれが死でないことは何となくわかる。きっと俺はこれから気を失い、経験はないので断言できないが次の日の出くらいには目を覚ますと思う。しかしそんな意図を今目の前にいる相手に伝えることはできそうにない。

「おい、よせ。しっかりしろ。まだ逝くな。お願いだいかないでくれ。もう誰も失いたくないんだ、頼む帰ってきてくれ」

 何かが俺が伸ばした手に触れる、途端今までここに来て感じたことのない温もりと安心感があふれ出る。もうこのまま俺はこの温もりに身をゆだねてしまってもいいのではないかと、淡い幻想を抱く。初陣にしては十分な働きをしたのだ。もう何もしなくてもいいだろう。俺は体のけだるさに負け、瞼を閉じた。


 戦場で気絶した俺が次に目を覚ましたのはグラグラと揺れる、木板の上だった。何とか動く首を上げ天を見上げると、そこには薄い布が貼られていた。その布からうっすらと日航が差し込んでいる。どうやら予想通り夜が明けていたようだ。

 徐々に視界が鮮明になり瞳の中にまぶしい日光が差し込み俺は思わず手で目を覆う

「あ、生きているのか。本当に生きていた」

 目を覆う手に誰かがしがみつく俺は思わず手を動かしそのまま目で手を掴んだ人物が誰かを確認する。そこには涙ながらに俺のことを見つめるカタリナの姿があった。そこには配属初日に見せた威厳は一切なかった。

「隊長ここは・・・・」

「輸送トラックの中だ。お前は生き延びたんだあの戦場で。いや生きていてくれた」

 ありがとう。そう言って彼女は俺の腕を優しく撫でると、そこに一滴の水滴が零れ落ちる。

「本当に、よかった。本当に」

 カタリナはそう言いながら、ぼろぼろと涙を流す。こんなところほかの誰かに見られたらと思っていたが、その心配はすぐに杞憂であったと俺は察した。俺たちが乗っていたトラックには、文字通り俺たちしか乗っていなかった。行きはこのトラックの荷台がいっぱいになるほど兵士が乗っていたが、今はもう俺たちしか残っていなかった。つまりはあの地獄を生き抜いたのは俺たち二人だけということだ。

 俺はそのことを思うとひどく心が痛み、いつまでも上を向いている気にはなれず、そっと頭を下した。その様子を見ていたカタリナは俺の顔に手を回し自らの肩に乗せる

「君の気持ちはよくわかるよ、でも今はただ生きていることを喜んでくれ。

 疲れたろう、今は眠っていいよ。カタリナは俺の頭を軽く撫でると、トラックの揺れに身を委ね、目を閉じる。俺も再び疲れが襲ってきたので、目を閉じた。

 基地に戻るとカタリナは今回の作戦の報告を上官に求められていたので、入り口で別れた俺は再び宿舎の自分の部屋に戻る。そこにはすでに、俺以外の隊員のベッドや衣類はすでに片付けられており、かなり小さい部屋のはずなのにとても広く感じる。とりあえず今日一日はほかにやることがないので、靴を脱いでベッドに横たわる。ギシギシと音を立てて揺れるベッドの上で灰色の天井を見つめいてもいまだに自分が生きていることが実感できない。しかし今この胸に湧き上がってくる退屈な気持ちも、生きているからこそ実感できるものなのだろうと思う。

 首から下げたドックタグをジャラジャラ鳴らしながら揺らしているとふいにドアが開く音がした。俺はすぐさまベッドから起き上がり、ドアの方に視線を配る。そこには何も持っていないカタリナが立っていた。

「すいません、こんな格好で」

「いい、楽にしろ」

「はい」

 カタリナはカツカツと靴を鳴らしながら、俺のもとへ歩いていくと、そのまま俺の座っているベッドに腰かけた。

「つい先ほど、報告を終えたよ。皆驚いていたぞ。あの死神が生者を連れて帰ってきたのだからな」

 堅苦しい言葉遣いをしているが、その反面足をぶらりと投げ出し視線は上を向いている。そして声のトーンも少し明るい。

「それは、びっくりしたでしょうね」

「ああ、君を心配していた上官もひどく動揺していたよ。あの顔を君にも見せたかった」

 この部屋に来て初めて彼女は俺の顔を見た。それまでずっとどこか上の空といった様子だったが今俺が見ているかは最高に明るく微笑んでいた。しかしそれはどこか無理をしていることを俺は理解していた。

「そうだった、そう言えば君に尋ねたいことがあったんだった。明日何か予定はあるか?」

「いいえ、特にありませんが」

 もともとこの基地の中で特に親しい人間はいなかった。それどころか親しくなる前に皆戦死してしまったのだからどうしようもない。

「そうか、なら少し付き合ってくれないか」

「分かりました」

「ありがとう、では明日朝10時門の前まで来てくれ。門番には話しを通しておく」

「了解」

「それではな」

 彼女の要件はどうやらそれだけだったようで、思ったより早く部屋を出てしまった。俺は再び暇な時間が訪れたが、もう俺は何もすることなくそのままねむってしまった。


 翌日俺は、地元から持って来ていた服に身を包み、門の前に立つ。かれこれ十分くらいたっているが銃を持った門番は俺のことなど全く眼中にないといった様子で、帳簿を見つめている。どうやら彼女の言っていた通り、話がついているらしかった。

「やあ、待たせたね」

 俺の後ろから声をかけたカタリナは、全身を黒いコートに身を包み、目元にはサングラスをかけていた。

「いいえ、今来たところです」

「そうかならよかった。では門番開けてくれ」

 門番の男は返事を帰すことなく、ボタンを押し門を開ける。俺はカタリナから二歩遅れて門をくぐる。ガタンと乱暴な音とともに門が閉まる。そのことに俺は多少不機嫌になったが、カタリナは気にする様子もなく歩き出す。基地から離れてもしばらくは軍の保有地が続くため、いつも通り訓練をしている兵士たちを眺めながら歩く。そしてそんなむさくるしい場所を抜けると、目の前には賑わいを見せる街並みが広がる。

 田舎で育った俺には見慣れない光景で、人々が来ている服も、店で売っているものの俺にとっては初めて見ることばかりだった。

「立ち止まっていては、通行の妨げになる。早くいくぞ」

「あ、はいすいません」

 これだけ広そうな町なのにカタリナは一切迷うことなく進んでいく。それはきっと彼女がここでかなりの長さの時間を過ごしていたことに所以しているのだろう。奥に進んでいくたびに町の装飾の色合いが変わっていくが、そんなものには一切目を止めることなく彼女は歩き続けた。そして次第に人気が少なくなり、あたりも若干暗がりが目立つようになってきた。そしてとうとう町から完全に外れ、周りにはただ短い草が足元に生えているだけの場所についた。

「あの、隊長ここは一体?」

「もうすぐだ、もう少し」

 それ以上言葉を帰されることはなく、どんどん奥へと進んでいくので、俺ははぐれないように必死に歩みを進める。そして途中急な坂に差し掛かったあたりで、そこに生じていた起伏のせいで彼女のことを見失ってしまう。俺は必死に走り一気に坂を駆け上がる。すると坂の頂上で立ち止まるカタリナの姿が見えた。

「ここだよ、見たまえ」

 そう言って丘の下をカタリナは指さす。俺が頂上から見下ろすとそこには質素だが確実に人の手によって形成された石が多数並んでいた。俺はそれを見て、瞬時にここが墓地であることを理解した。

「淡い期待を抱いていたなら謝罪しよう。すまない」

「いえ、そんな謝ることでは」

 着くや否やいきなり頭を下げる上官に俺は戸惑いながらも彼女の頭を上げさせる。そのしぐさの際彼女の眼差しは終始、目の前の景色よりはるか遠くの彼方を見つめていた。

「君は本当に優しんだね」

 嘘くさく微笑むと彼女はゆっくりと坂を下っていく。そしてそのまま墓地の中心に向かって歩き出す。中に入ってみて初めて気が付いたのだが、ここに来るまでは一切人と会わなかったのにこの墓地にはちらほらと俺たち以外にも墓参りに来ている人がいる。

 やがて中心につくと彼女は立ち止まった。そこにはほかの墓石とは違い二回ほど大きく、長い石が立っていた。よく見るとそこには白いインクでたくさんの人の名前が書かれていた。彼女はその前に膝まずくと、震えながら手を伸ばし、石をなでる。

「ごめんなさい、皆また生き残ってしまったよ。お前たちはきっと私を許さないだろうな。本当にごめんなさい。でもあと少しだから。もう少しでこの戦争が終わるから。だからもう少しだけ、私を許して。あなたたちの犠牲には意味があったんだって、私が必ず証明するから」

 今にも消え入りそうな声で、彼女はそこに眠る死者に呟く。俺はここが戦死したものの墓が多く集められている場所であることを察した。

 俺も彼女に習う形で彼女の隣に座り込む。しかしながら俺はこの死者たちに何か言えることがあるわけではないので、ただ黙って手を合わせる。それがせめてもの弔いであった。

「あんた、そこをどきな」

 いきなり大声が響いたので、俺が振り返ると一人の花束を持った婦人が立っていた。どうゆうわけか彼女は怒りに満ちた瞳で俺たちをにらんでいた。

「ごめんなさい、すぐに立ち去ります」

 カタリナは俺に行きましょうと小さな声で告げるとその場から立ち上がり、膝についた砂を払い落とす。俺も彼女のあとを追うように黙ってその場を去ろうとする。その時の彼女は婦人から顔をそらしながら歩く。

「全く、なんであんたのようなのが生きているのよ」

 すれ違いざまに婦人は俺たちにしか聞こえないくらいの声で、カタリナに呟いた。誰にだって生きる権利があるはずなのに、なぜ彼女だけが一方的にそのことを否定されなければならないのか、そんな怒りが俺の中でひしひしと湧き上がり、俺はすれ違いざまに婦人の肩を掴み、呼び止めようと手を伸ばしたが、その腕はカタリナに掴まれた。

「ごめんなさい」

 彼女はそう言って軽く頭を下げると先ほどよりも早足でその場を去ろうとする。しかし相手側はそんな俺たちをすんなりと見送ってはくれなかった。何かが空を切る音共にカタリナの頭がガクンと傾く、それは意図的に彼女が傾けたわけではなく、彼女自身も予期していなかった事態だった。

 驚きで瞳孔を開きながら俺が見つめる前でカタリナはその場に崩れ落ちた。慌てて俺が振り返ると、先ほどの婦人が手を振り上げながらこちらを見ていた。その手には先ほどまではついていなかった泥がこびりついていた。

 そして再び彼女を見ると、彼女の傍に血の付いた石ころが落ちていた。そのことでようやく俺は今何が起こったのか理解した

「てめぇ」

「やめなさい」

 カタリナは頭から血を流したまま立ち上がり、おれにそう発した。

「しかし」

「彼女の気持ちを考えれば、これくらい当然の仕打ちです。それに我々は軍人です。守るべきはずの市民を傷つけることは許しません」

 俺の反論など一切受け付けないといった風貌で、なおかつ気品ある立ち振る舞いを彼女は俺に見せ。それを強要した。もちろん俺はこの婦人を許す気は毛頭なかったが、カタリナの言葉も一理あるので、あと少しで爆発しそうになる怒りをぐっとこらえる。

「分かりました」

「よろしい、では行きますよ」

「了解」

 自分の指示を守った部下を、まるで言いつけを守った子供を褒めるかのような顔で見つめながら号令をかける。そして俺たちは今度こそ振り返ることなく基地に向けて歩き出した

「大丈夫ですか、隊長」

「ああ、気にしないでくれ」

 基地の医務室で俺は隊長の頭に包帯を巻いていた。幸いにもあった石は固い頭蓋骨や皮膚に守られたおかげで脳にはほとんどをダメージはなかったらしい。

「それにしても君は包帯を巻くのがうまいな」

「村にいた時、何度かやったことがありますので」

「そうなんだ」

 そう話しているうちに巻き終わり、余った端の部分を切る。

「これで大丈夫ですよ、でもしばらくは安静にしていた方がいいかと」

「そうだね、だがそうはいかない。隊長にはやることが山のようにあるんだ」

 そう言って彼女は何もなかったように立ちあがり、そのまま部屋を出ていってしまった。俺は不安な気持ちを残しながら、元気に笑う彼女の姿に安堵しながら、後片付けに

取りかかった。

 それからしばらくし、俺たちの隊に新たに新兵が配属されたとともに出撃命令が届いた。二回目の戦場にして俺は初めて作戦会議に顔をだした。そこで聞いた話によると前回俺たちが成功させた物資強奪作戦が相手にとってはかなりの痛手になったらしく。次の作戦が成功すれば、相手は完全に足腰が立たなくなり、まだほとんどの貴族や優秀な軍人は生き残っているが、戦争継続は不可能になるらしい。

 しかしそうならないために、相手側も優秀な将校や、兵器を大量に集め防衛線を固めているらしい。俺たちの部隊に与えられた任務はその防衛線に穴をあけ、後続の部隊の進行を助ける事だった。それゆえに新兵に告げる作戦もほとんど地形を頭に刷り込ませるだけのものだった。

 そして二度目になるトラックでの運送を経て俺たちは激戦区の前線基地に到着した。それからすぐに現地の部隊から情報を入手し、現地を向かう。その移動の最中カタリナが俺の肩を叩いた。

「絶対に私のそばを離れるな。これは命令だ」

「分かりました」

「それと、追加命令だ」

 絶対に生きのびろ。彼女はそう言って先へと足を進めた。


いざ戦場に立つとそこは、弾丸が砂嵐のごとく飛んでくるまさに地獄だった。事前に掘られた塹壕のおかげでまだ何とか弾をよけることができているが、少し体を出せばすぐにそこに銃弾が飛んでくるので、うかつに動けない。

 先ほどから継続して砲撃支援を要請しているが一向に味方の砲弾が飛んでくる気配はない。

「このままではじり貧だ」

「後ろの補給兵をこっちに連れてこられれば何とかなる、合図を出せるのか?」

「何とかします」

 俺は発煙筒を振り補給を要請する、それに気づいた兵士数名がこちらに向かって匍匐で進んでいく。

「全員彼らを援護しろ。彼らがこちらにつけば勝機はあるぞ」

 隊長の指示に合わせ、一切に俺たちは要塞に向けて制圧射撃をかける、すると一時的ではあるが、敵が攻撃の手を緩めた。その隙に補給兵が俺たちのいる塹壕に飛び込んだ

「何か手はあるのか?」

「スモークはあるか?」

「ああ、あるがそれでどうするんだ」

「敵の視界を切る、トーチカの目さえ潰せればかなり前進できる」

「分かった幸運を祈る」

 補給兵は大きなカバンからあるだけのスモークグレネードを取り出し手渡した。俺たちはそれをバケツリレーの要領で受け渡していく。やがてそれらが隊全員にいきわたった。

「よし、合図をしたらあのトーチカを狙って投げろ。行くぞ。3,2,1いまだ」

 一斉に投げられたスモークグレネードが大量の白煙をあたりにまき散らす。それに乗じて一斉に塹壕を飛び出し敵の基地に突撃する。しかしそれを狙っていたかのように敵も一斉に銃撃を浴びせる。然しそれは視界が奪われているためひどく精度の低いこうげきだった。だがそれでも確実にこちらの犠牲者は増えていった。

 やがて敵の城砦に張り付き、そのまま内部へ潜入するそして一つまた一つと部屋を制圧していくが、二階を攻略した段階で、俺たちの部隊はもはやまともな攻撃力を有していなかった。なのでひとまず転がり込んだ部屋で味方の治療を行うことにした。

「皆ご苦労だ。だがしばらく休んでくれ」

 気力も体力も使い切った味方たちはそれぞれ、床に座り込む。唯一まだ動ける俺とカタリナは部屋の中を捜索する。

「おい、こっちに来てみてくれ」

 カタリナに呼ばれて彼女のもとに行くとそこには、何か青い光を放つ小さな機械がガラスケースの中で厳重に保管されていた。

「何ですかこれ?」

「さあ、なんだが分からない。だが敵にとって何か大事なものなのだろう。カバンに余裕があるならもらっておいてくれ」

「分かりました」

 俺は言われた通り謎の機械をカバンに入れる。その瞬間外の方で大きな爆発音が鳴り響いた。それはどうやら友軍が放った大砲のようだ

「どうやら休憩は終わりのようだ、全員立てこのまま一気にこの建物を制圧する。行くぞ」

「おおー!!」

 カタリナ隊長に連れられどんどん基地の奥深くへと進んでいく。敵兵の大半が外に出払っているためにほとんど抵抗はないが、それでも気力が尽きっていったものが一人また一人と倒れていく。しかし俺たちに振り替えることも悲しむことも許されない。俺は心を鬼にして常に先頭を走るカタリナについていった。そして

「あなたで最後です。何か言い残すことはありますか?」

「ちくしょう、死神め地獄に堕ちろ」

「ええ、近いうちに」

 カタリナのハンドガンから放たれた弾丸が敵の大将の頭を撃ち抜いた。

「これで終わりなんだよな」

「はい、俺たちの任務は完了です」

「私たちはやったのだな」

「はい、ついにこの戦争は終わりです」

 俺とカタリナは敵の死体がいくつも転がっている中で不謹慎ながらもハイタッチした、あとは味方から見えるところから信号弾を上げれば味方の一斉突撃が始まる。

 カタリナは窓から身を乗り出すと、空高く信号銃を撃つ。そして窓を閉めると床に座り込む

「なあ、君は生きているか」

「はいご命令通り生きてます」

「そうか、よかった」

 カタリナは肩にかけていたライフルを床に置く、それにはすでに一発も弾丸は入っていなかった。心配で駆け寄る俺を彼女は手を上げ制止する。

「なあ、この戦争。私たちの勝ちだよな」

「はい、あとは友軍に任せましょう」

「そうだな。私は少し休む。さすがに疲れた」

 カタリナはそのまま瞳を閉じようとした。しかしその時いきなり窓ガラスが割れる音共に何かが俺たちのもとに転がってきた。

「よけろ、手榴弾だ」

 俺もすぐにそれがなにか理解し体を投げ出そうとするが、このままでは紙一重間に合わない、目の前で手榴弾がさく裂し、膨大な熱射線と炎が俺に迫る。目の前がオレンジ色に染まっていく。それがどんどんと迫っていく中。俺は死を覚悟した。だが次の瞬間おれの前に緑色の何かが覆いかぶさった。

 派手な爆発音とともに部屋にあった書類や机が吹き飛ぶ。キーンという耳鳴りのあと俺は自らの上にかぶさっているものを動かし、あたりを見渡すと窓から強い風が吹き込みびりびりとなった紙が飛びまわっていた。次に俺が自らの下を覗き込むとそこには背中が焼きただれ、傷口と口から大量の血をはいて倒れるカタリナの姿があった。

「隊長、しっかりしてください。隊長」

「まったく、君は・・・・・・すぐに油断する癖を治したまえ」

「喋らないでください、傷が開きます」

「いいんだ、君が無事なら私は万々歳だ」

 俺が抱える腕の中で、カタリナは弱弱しく息をしながら、笑顔を見せる。だが彼女の傷口からはもはやだれが見ても致死量といえる量の血が流れている。俺は辺りを見渡すが彼女の傷を塞げそうなものは何もない。

「なあ、聞いてくれないか」

「はい、聞いてます」

「私はこの戦争が終わったら、君とレストランをやりたかったんだ。きっと大繁盛しただろうな」

「ええ、絶対にやりましょう」

「場所はどこがいいかな。女性が多い東通りか、労働者が多い西通りかどっちにしようかな」

「私にはあの町のことはよくわかりません。隊長が決めてください」

「そうだったね、まずは君に町を案内しなくてはならないな、このままだと一人ではろくに買い物の行けないだろうからな」

 カタリナは血に染まった自らの手を俺の頬に当てる、その時の俺の顔は涙とホコリでかなり汚れていたはずだ。

「私はもうどうやらだめらしい。でもこれでいいんだ。君は生きろ、これから来る平和な時代を」

「隊長、嫌です。俺はあなたと共に」

「うれしいな、こんな私にそんなことを言ってくれるとは。そんな君ともう少し一緒にいたかったなー」

 俺の頬に添えられたカタリナの腕がだらりと垂れ下がる。もはや彼女には腕を揚げる力すら残っていなかった。

「皆、今行くよ」

「隊長」

 それの言葉を最後にカタリナは目を見開いたまま、息を引き取ってしまった。カタリナを抱いている腕が途端に軽くなっていることが、おれに彼女の死を俺に告げた。

 俺はただ泣いた、この戦争において誰よりも命の重さについて理解している彼女だからこそ、俺は彼女の傍にいたいとねがった。彼女の横で様々な彼女を見た、隊長としての凛々しい姿、一人寂しさに震える姿、命を慈しむ慈悲深いすがた。そのすべてが俺には美しく映った。つまり俺は知らず知らずのうちに彼女に惹かれていた。だがもうその思いは届かない。

 悲しみに暮れながらもせめて、きれいに死なせようと。俺は倒れた机を立て直し、その上にカタリナを寝かせる。何か花があればよかったのだが、部屋に全くなかったのでせめて手を胸の真ん中で組ませて、瞳を閉じさせる。

「ごめんなさい、こんなことしかできなくて」

 せめてものという思いで、先ほど敵から奪った機械を彼女に握らせる。結局これが何なのかわからないが、キラキラときれいに輝いているので、彼女に似合うかもしれないと俺は考えた。

 俺はその場去り、味方に加勢するために武器を手に取り部屋を後にしようとすると、靴の裏に何かがくっついていることに気が付いた、俺はそれを手に取るとそれは何かの説明書のような紙だった。俺はそれを手に取る目を通す。細かいことは科学の専門用語が使われているので俺には理解できないが、添えられているイラストからカタリナが今持っている機械の使い方であることがわかった。

「やつらこんなことたくらんでいたのか」

 その機械はタイムトラベルが理論上可能らしい。しかしこんなバカげたことを素直に信じられるわけがなかった。俺は再び扉に向かって歩もうとした。だが俺の足はその場から動けなかった。あの機械のことをばかの空想だと思っている反面、もしかしたら彼女を救えるのではないかと思っていた。彼女は多くの死を目の当たりにしてきた。そこには一切の救いなくただひたすら痛みと後悔と苦しみだけがあった。それはすべてこの戦争のせいだ。だから戦争が終わりかけている今、彼女にほんの少しの救いがあるべきだ。今まで耐えてきた分今度は多くの幸せが彼女を迎えるべきだ。

 俺はカタリナのもとに駆け寄ると、手にしていた装置を取り説明書通り上についているレバーを回しそのまま中に入っている、宝石のようなものを押しつぶした。


町はずれにある草原に向けて、俺は歩いていた。手には最近になってやっときれいに作れるようになった、サンドウィッチが入ったバスケットを持っている。

「お待たせしました」

「うん待っていたよ」

 丘をあがり町を一望できる草原に、足をかけるとそこにはすでに、大樹に背中を預け、こちらに手を降る一人の女性がいた。

「待ったかいカタリナ」

「ああ、おかげで腹ペコだ」

「まったく、あなたはすぐにお腹が減る」

「人を食いしん坊みたいに言わないでくれよ」

 俺は彼女の座る横に腰を下ろす。持って来たバスケットを開けると彼女はすぐにそれに手を伸ばす。

「なあ、今君は幸せか?」

 平和になった街を見ながら、彼女は俺に問う。

「ええ、とてもあなたといられることが特に幸せです」

「それはうれしいな」

 俺はあの機械を使い確かに過去に戻り手榴弾が飛んでくる直前に彼女を抱え部屋の奥へと飛んだ。そのおかげで二人とも多少の火傷だけど済んだ。その後俺たちは結婚し、カタリナの夢であった飲食店を開いた。もと農民と軍人だったためあまり多くのもうけはないが、それでも生活には困っていない。

「なあ、一つ言っていいか?」

「ええ、どうぞ」

 カタリナは俺の首にまるでマフラーを巻くかのように腕を回す。そして慌てる俺に対し悪戯っぽく微笑むと、おれにそっとキスをする

「生きててくれてありがとう、愛しているぞ」

 俺は何も言えず、口をパクパクしながら慌てることしかできなかった。


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