ノーブレイカーズシフト(始まりは無崩壊)
夕刻の神社には黄色の色味を含んだ緋色が辺りの暗さに馴染みながら
一つの絵の様に空間を支配する
「お姉さん? ともともは?」
『お姉さん』と呼ばれた仮面を被った白装束の女性は
口元らしき表面に指を当てる
質問した少女は疑問符を浮かべ、遠くを見る
遠くと言っても空間に開いた穴の先だが・・・・・・
そう、夕刻の神社を見ていた
状況的に超自然的だが
少女にとってはたまにある日常であったためか
目には何が起こるのかという感情と
つまんなくなってきたという葛藤が写る
そんな中で穴の先から聞き慣れた声が響く
「お前の好きなチーズケーキがあるぞ~っ?」
少女は少しだけ、よだれを垂らす
「今日はだな・・・・・・ ともともの腕枕付きだぞ~っ?」
マジかっ! という表情が出たことに気がついた『お姉さん』は
いきなり手を引いて奥に引きずり込もうとする
『お姉さん』の焦りにより動いた空間のおかげで織川家の能力である
「空虚の監査」(そらのめ)が発揮される
「居た・・・・・・ 喰眼っ!」
『くがん』と言いながら少し歪んだ部分を見つけ睨む
懐から札を取り出し、歪みへと丸めて投げた
そしてどこからか
【扱いが雑だぞっ!知智っ!】
女性の透き通った声が響くと投げた札が
炸裂弾の様に辺りに細かい何かをばらまく
ばらまかれた何かは光り始め、歪みへと収縮して突き刺さり
ヒビだったそれは一気に開いた
「見つけたぞ・・・・・・ しき・・・・・・ 我が最愛の娘っ! 識っ!」
「あ~ ともともっ!」
少女はこちらへ向かおうとするが
『お姉さん』は手を掴んだまま
圧だけを飛ばす
知智は鼻を鳴らし
「いくぞっ! 凜葉っ!」
【仕方ないな・・・・・・】
『言乃葉の御劔-ことのはのみつるぎ-』
知智の手に一振りの刀が握られる
そして構えたと認識した途端
『お姉さん』の意識は消えた
明るい光が外から漏れる座敷に布団があった
そこには『お姉さん』が眠っていた
そして光がある襖の先では
「うーんっ! 美味しい~!」
「相変わらずオーバーリアクションだな・・・・・・」
食レポ?とわかってないながら現場に返しまーすと続ける少女
【知智はテレビを見ないのか?】
「うんっ! ともともは忙しくて見る暇ないみたい!」
「すまんな・・・・・・ 構ってやれなくて・・・・・・」
「大丈夫っ! 式さん達がいるから!」
その言葉を聞いた者達がわらわらと姿を現す
「しきちゃんには私がいるもんね~」
「あっ! ずるいですよ~ 姉様~」
「俺も・・・・・・ いるぞ・・・・・・」
黒い長髪が特徴的な姉様こと「黒揚羽」
和服が似合う花魁のような格好である
自慢するところは知智からもらった黒い髪飾りらしい
本人も「黒い蝶とは縁起が良い」と喜んでいる
黒揚羽の妹分である「暁」は
赤と黒が混じる短髪の少女で小さいながら黒揚羽より
胸が大きく頭が良いために知智から正論をぶつけられ
露出の少ない格好ということでスーツを着ている
ほとんど男装の麗人
無口で仕事人な「葉落」は
黒鋼ハラクと言う名前で足りない分のお金を稼いでいる
しかも方法は映像配信で
歌がすこぶる上手く人気がある
顔を見せろという度に知智に変身していたために
有名になっていった知智の顔は町中で指さされるという弊害付き
そんなガヤガヤした状況に襖が開く
仮面を外した『お姉さん』は
黒短髪ではだけた白装束から
白いキレイな肌と渓谷が覗かせる
「お・・・・・・ まえ・・・・・・ どう・・・・・・ した・・・・・・ い・・・・・・」
ん?と後ろに向き返り
「名前は?」
「し・・・・・・ しろ・・・・・・」
「じゃあ『しろ』は今日から結界担当な? あとちょっとこい」
首を傾げながら寄ってくる『しろ』の
手を取った後に指輪を丁寧につけた
そして手の甲にキスをする
「なっ? お前っ! 何をするんだ!」
しかし、咄嗟に気がつく
「ほら、喋れただろ? てか結構、可愛らしい声だな」
かあーっと紅潮する『しろ』の顔は朱が映えた
「すごいでしょ~」
少女は自慢げにドヤぁと誇る
【まったくお前は死にたいのか?】
響く声に『しろ』はまた首を傾げる
「どういうことだ?」
「別にたいした事じゃないから気にするな」
それを微笑ましく黒揚羽と暁は見ていた
「思い出すわね~」
「そうですね、姉様」
光の無い瞳には生気はなかった
理不尽に利用され何度も死ぬ
それが男の運命だと思われた
しかし、光明は差すものだ
「貴様は命を削れるのか?」
「あ・・・・・・ ああ・・・・・・」
「私もお腹が空きましたわ 姉様」
これで死ぬかと思っていた
だから「さ・・・・・・ さいごが・・・・・・ きっ君たちでよかった・・・・・・」
【ありがとう】
その言葉に涙が溢れたのは目の前の姉妹の方だ
「わっちに価値があるとでも?」
「そうですわ・・・・・・ 価値など与えられてないもの・・・・・・」
それにニッコリ笑いながら息絶えた
目覚めた男は
見覚えの無い二つの山が横から生えているのを朧気に見つめた
はっきりすると膝上だと言うことを理解する
「起きたか?」
山の先端の方向から甘く落ち着いた声を聞く
顔を向けると心配そうに見る女性がいた
次は上から
「お腹が減っているなら言ってくれればよかったのですけど・・・・・・」
と可愛らしくもお嬢様の音色を聞く
「ど・・・・・・ して・・・・・・」
「美味しいご飯はちゃんと食べたいですわ」
「そうだわ」
疑問符を浮かべる男の名は
「織川 知智」
後の協会術士「呪狩」の一人
「喰眼の智」(くがんのとも)である
遠くを見ながら懐かしむ姉妹に
「どうした? ご飯が冷めるぞ?」
「そうよね『美味しいご飯はちゃんと食べたい』だったわね」
「そうですね~」
『しろ』だけ置いてけぼりである
眠る時間になり寝室に各々が向かう
あたふたしているのは『しろ』だけだ
「おい! 知智!」
「なんだ?」
「なんだ? ではない」
服を正し、渓谷を隠した状態だからと
渓谷を上下に揺らしながら詰め寄る
「私の寝室はどこだ!」
「座敷は苦手だったか?」
座敷?と首を傾げ
数秒考え、あることに気がつく
「私だけ寂しい場所じゃないか!」
そう『しろ』が眠っていた場所は居間の横
つまり玄関の近くで
他は奥の部屋であり連なっている
「どうしろっていうんだ? 結界担当だからその部屋でなくてはダメなんだがな?」
「なっ・・・・・・」
頭をフル回転で考える
寂れた廃神社で一人きりの時間を過ごした
『白乃霧津神』こと『しろ』は
少しの希望を持っていた
もしかしたら憧れの川の字が・・・・・・と
そのうちに脳内の電球が光る
「新人なのだから研修? というのがあるのだろ」
「ああ、確かにな」
「なら研修として結界についての教授があるよな?」
「何言ってるんだ? 結界の女神なのに・・・・・・」
「ぐっ・・・・・・」
そんな会話の中で娘である識は知智の服を引っ張る
「しろお姉さんは寂しいから人肌が恋しいんだよ」
意味がなんかおかしいと言いたいが
少し理解した
「そうか、だが人肌じゃなくて心な?」
「あっ! そうか~」
焦りながら様子を窺う『しろ』に向き直り
「わかった、研修だ」
おお~っとふんふん頭を振るが同時に渓谷さえ・・・・・・これ以上は言いづらい
「内容はなんだ? なんなんだ?」
「なっ内容? ・・・・・・じゃあ、識を守る陣かな?」
「どのような陣だ?」
「川の・・・・・・」
「おお~っ! では布団を急いで敷こうではないか!」
最後まで言ってないんだが・・・・・・
そんなこんなで興奮気味の『しろ』は眠れずにニコニコしながら
朝が来るまで幸せオーラを振りまいていた
朝日の主張が目を開かせる頃
ふぁ~と大あくびをしながら起きる識は異様な光景を見る
「これが大人の営みっ!」
その声に目が覚めた知智は
目の前に『しろ』の顔を近距離で感じる
「うわっ!」
場を離れようとするが足が絡まって体が動かせない
その動きに寝ぼけたのか
「にがさない・・・・・・」
腕が絡みつき胸を顔に押しつけだす
「むぐっ!」
ジタバタと数分した後に
力尽きた知智は
その間に識が呼んでいた
「暁」に助けられた
意識を取り戻し、初めて見た景色は
『しろ』が小さくなっている後ろ姿と
静かな黒揚羽と暁の目が鬼神になっていた情景
その横で識がおろおろしている
「識が言ったからで・・・・・・ ごめんね 黒お姉ちゃんとあかあかっ!」
「ちょっと識ちゃんはあっち行こうか~?」
「では、暁は遊んできますね~」
黒揚羽と『しろ』を修羅の御前に残して
後ろ髪を引かれる思いで識は暁と奥の庭へと消えた
「さて・・・・・・ もうすぐでどうなったのかしら?」
「あっ憧れがありまして・・・・・・」
敬語になっている前に少し震えている
「うらや・・・・・・ じゃなくて研修なら私に頼みなさいね?」
「はっはい・・・・・・」
「あら? 知智君は起きたのかしら?」
こちらに気がついた黒揚羽に
君づけという衝撃を受けて少し気を失いそうになったが
「ああ、起きたよ・・・・・・ で、これは?」
「研修を今なら受けられると聞いたのだけど?」
「ああ、望むならだが・・・・・・」
鬼神から太陽神になった黒揚羽は
煌めく笑顔で
「みっちりと・・・・・・ よろしく頼むわね?」
「わかった、わかったから休日ぐらいは気を安らかにな?」
「じゃあ、映画とかどうかしら?」
「DVDとかじゃ駄目か?」
そうして休日という家族サービスが始まる
ここは現代に蔓延る闇を喰らう協会の町
祓穢市
世界は一度、絶望を映した
しかし、穢れの門は「呪狩」によって封じられている
世界に十人しかいない
「織川」「紅蓮」「水蓮」「雷陣」「朝側」
呪狩は五家の中で生き残った術士
禍王である異界の『何か』に備えて
次回「穢れか禍なる悪意か?」