第八話
手を引かれるまま私は廊下に出た。
廊下も同様に明かりが灯され、視界はすっきりと広がっていた。
それは、歩き始めて一分もたたないうちのことだった。
「姫様は・・・」
私の手を引きながら前を歩くイマチは、唐突にこう告げた。
「男性でいらっしゃるでしょう」
その言葉に体が一瞬硬直した。彼の顔を見ることが出来ず、肩が知らずと震えてきた。
何故、知れてしまったのだろう。私に何か落ち度があったのだろうか。必死に記憶を反芻するが、どうしてもそれと思える出来事は思い浮かばない。
「何を、おっしゃいますか。わたくしは・・・」
しまった。声が震えてしまっている。これではいくら否定しても本当だと言っているようなものだ。
ふいに支えられていた左腕を上に上げられた。
「え・・?」
音も無く袖が落ちる。
「確かに・・妃の証はあるようですが・・・。感心できませんね。いくら天帝がご高齢の為あなたが男性である事を気がつかれなかったとはいえ、男の身で将来の天帝の妃になろうとは」
それは口調こそ穏やかだったが、明らかに厳を含んでいた。背中に嫌な汗が一筋流れる。
「ですが、今天之宮には九重の血が必要です。例え男であろうとも何かの役には立つでしょう。ですがもし、あなたが男だと天帝に知れたら、大変お怒りになるでしょうが・・・」
天帝を謀るとは、そういうことなのだと私も覚悟をしている。だが認めるわけにはいかない。 私が男であることは絶対の秘密だ。
そうと知れれば、私をこの場所へ連れてきたカヤデにも何らかの罰が下されるのは私でも分かった。あのカヤデが私が男だったことを知らなかった、など嘘をつくなど到底思えない。だからカヤデを守るためにもここでうろたえてはいけない。
それにこの狭い廊下では逃げようとしてもそう簡単には出来ない。
私はふっと笑みを浮かべてイマチを見た。この男、優しげな風貌はしていてもその瞳の力はとても強い。ぐっとお腹に力を入れないと負けてしまいそうになる。
「おっしゃる意味がわかりません。私は、女です。妙な言いがかりはおやめになってください」
ふと、イマチは歩みを止めた。
「白を切りとおされますか。まぁ、それもいいでしょう。あぁ、そうそう。その赤い花の挿頭、あなたには似合わないからやめたほうがいい」
そう言うと同時に、私の頭からその花を取ると床に落とした。思わず拾おうと、手を伸ばした私を制するようにイマチは、くしゃりとその花を踏み潰した。
「あぁ、いけない。恐れ多くも天帝のおわせる禁裏をこのような花の残骸で汚してしまうとは」
くすりと笑い、その花のかけらを集める私を嘲るように目を細めた。
「駄目にしてしまった花のお詫びに、後ほどあなたによりお似合いになる物を届けさせましょう」
「結構です」
今の私には、彼を精一杯睨み付けるほかになかった。肯定こそしなかったが、私が男であると、どうやら彼は確信しているらしい。嫌な男だ。
「そんなに怖い顔をなさらないで下さい。花の色香が台無しだ」
「・・っ!?」
・・・一瞬の出来事で、私は抵抗すら出来なかった。腕を引っ張られ、無理やり立ち上がらされた私の腰にイマチの腕が回り、その刹那唇が触れた。
力任せにイマチを押し返し、私はその出来事に言葉を失った。
「何を・・・!!」
「首まで真っ赤ですよ」
これ以上の屈辱はない。私はイマチを押しのけ廊下を歩き出した。後ろに少しはなれてイマチが付いてきているのが分かる。付かず離れずの微妙なその空間が酷く気持が悪い。
漸くカヤデと別れた場所まで戻り、彼の姿を見つけると同時に私は安堵のため息を漏らした。
やはりカヤデは待っていてくれた。カヤデは私の尋常ではない顔色に気づき一瞬眉を寄せたが、すぐに平然を装った。
おそらくは、すぐ後ろから来るイマチに気がついたからだろう。
「これはこれは。カヤデの宮。わざわざのお出迎え、恐縮でございます」
カヤデは、私に向って手を伸ばした。
「帰ろう。疲れただろう」
うなずきその手にすがるようにして私はカヤデのもとへ戻った。その腕の中に私をしっかりと抱き寄せ、イマチから隠すように背にかばってくれた。そして、カヤデは冷静に言い放った。
「無駄な心配はご無用。いち姫の後見役として当然のことをしただけだ」
察するに、この二人の仲は悪いのだろう。
「そうですか。それは良いお心がけだ」
最後にイマチは私の右手をとり、口付けした。
「このように美しく清らかな姫を頂けるとは、サクの宮様がうらやましいことです」
怒りに体が震えた。それに気がついたのか、カヤデが堪えろとでも言いたげに肩にまわしていた腕に力を込めた。
イマチがその場を離れてしばらく、カヤデも私も何も話す事はできなかった。
程なくして、カヤデが心配げに覗き込んできた。
「大丈夫か」
「う・・うん」
先ほどのこと、カヤデには言わないほうが良いだろう・・・。余計に怒らせてしまいそうだ。
「挿頭はどうした?」
そう言われ、ギクリとした。
結局あの後散らかった花を拾いきる事は出来ず、花弁を一枚二枚持ってくることが精一杯だった。
「あれ?おかしいな。落としたのかな」
私の言った事を信じてくれたのか、カヤデはそれ以上聞いてこなかった。心の中で謝りながらも、私は話題を変えた。
「でも、あの男、何者なの?」
僅かの間でも、彼がとても頭が良い男だということは分かった。そして嫌う者は恐らくいないであろう、端正な容姿に優雅な物腰。相当に世渡りが上手そうな印象を受けた。
「イマチの宮、表は良い顔をしているがその実喰えない男だ」
その言葉に私は納得した。けれど、先ほど私は感じた危惧、カヤデが私を女と偽って東宮妃にすることを成功したとしても、いずれ私の性別が知れてしまうのは避けられようがない。私の後見人の役目をしてくれているカヤデも天帝を騙したとして罪に問われはしないだろうか。
「どうして、カヤデは私が男と知っているのに天帝の妃にしたいの?もし本当のことが分かればカヤデも罰せられるでしょう?」
「私は、私に与えられた”東宮妃の後見”という職務を全うするだけだ。それがもし天帝の不興に触れたとしても。私を助けてくれているアマツの宮も同じ考えだ」
先日、あかるさんがアマツの旦那と呼んでいた人か・・・。まだ会ったことは無いが、きっとカヤデやあかるさんと仲がいいのだろう。
東宮妃の後見を任せられるくらいなのだからカヤデは高貴な身分なのだろう。ただ、この世界の中枢を担っているだろうカヤデは、天帝を騙してまで九重の血を天界に入れたいのだろう。それほどまでに天界は今危機を迎えているというのか。
ーそういえばイマチも同じようなことを言っていた。
しかし、子供が産めない私が一体どのように天帝を助け、その血を繋げられるのか疑問は残る。