第三十八話
外に出ると、天之宮を包んでいた炎は僅かに燻る程度になっていた。
だが、あたりには焦げ臭いニオイが立ち込めている。イマチの姿をしたタケハの宮は、私と母を避難所に送り届けてくれた。
「まぁ!東宮様に東宮妃様!よくぞご無事で」
避難所に付くと侍女たちが声を上げた。
「私の侍女が一人逃げ遅れていた。いち姫様をお助けする途中偶然彼女も助けることができた。どうか、手当てをしてやってはくれないか」
驚くことに、その口調、声はイマチそのものだった。
この、タケハの宮という人は本当に謎が多い人だ。
「どうして母の身分を明かさない?」
小声でそう尋ねる。行方不明だった天帝の娘が帰ってきたのだ。喜ばしいことのはずではないのか。
「本物のエムサラ姫は本来の婚約者住まう月界へ、月帝へと嫁いだことになっている。ここに現れるのはおかしな話だ」
「そうなの・・・」
生まれついて約束された相手を捨ててまで守った父との愛は、結局離婚という形で終わっている。だが、母がそうしたからこそ、私は今ここにいるのだ。私は複雑な心地で母を見ていた。
漸く火も完全に沈下し、私たちは臨時に与えられた私室へ腰を下ろした。今回の火災で一体何人の犠牲者が出たのか把握仕切れていない。それほどの大規模な火災をタケハの宮は起こしてまで、イマチの野望を明かそうとした。
中界・・・イマチの属する閻王庁では、天帝の気配がある日を境に消えたことを不振に思いずっと調査していたそうだ。その結果、天帝の後見人として影で暗躍しているイマチの存在を突き止めた。イマチには、天帝を殺害した嫌疑がかけられているそうだ。
天帝殺しの真相と、天之宮の正常化を図るにはこれしか方法がなかったと、タケハの宮は言うが私は納得仕切れなかった。あの道端で死んでいた女官のことを思うと手が震えた。
「―エムサラ姫は、イマチがより力を増すための拠り所として使われていただけだろう。直に目を覚ます」
「宮は、何も思わないのですか?この惨状を!いくら任務のためとはいえ・・・!」
「また、その話か。私は、私に与えられた職を果たすまでだ」
タケハの宮が、初めて術越しに会ったあの時とはまるで別人のように見える。この人は、冷徹無比な地獄の裁判官だ。
「あなたが、天帝妃として本物の天帝を助け、この焼け払われた天之宮をいちから復興すればいい」
そう言うタケハの声はどこか沈んでいた。もしかして、この人もこんなことはしたくなかったのかもしれない。握り締めていた拳が少し緩んだ。私は改めて腰を下ろしタケハの宮を見た。
「あなたがイマチの姿のまま、東宮に天帝になるのですか」
この男も、一応その資格は持って生まれたはずだ。ただ、この天界に籍はないけれど。
「何度も言うが、私は天人ではない。本当に天帝に相応しい人物は他にいる」
そう言われて私は顔を上げた。タケハの宮と同じく、天帝の血を正しく継いだ後継者はあと一人しかいない。
カヤデだ。
けれどカヤデは今下界に追放されている。この世界にいなければ皇位を継ぐことなど出来ない。
「カヤデが、あなたの双子の弟だと、ご存知だったのですか」
「いくら血縁とはいえ、私たちの顔は似すぎている。それに私は直ぐに中界に召しだされたから、生まれて間もないときの記憶も全て情報として艶妃・・・中界の女王から与えられている。−私の顔のせいで、カヤデの出生が知れては厄介だから私は仮面を付けていた」
「宮・・・」
この人は、優しい人だ。生きる世界が違っても、弟のことをずっと思い続けて密かに守っていたのだから。
「―私は、東宮イマチの宮として、今回の火災での天帝の死を発表する。その後一旦皇位につきカヤデを呼び戻し、真実を発表する。天帝の死亡確認、発表と、迅速な皇位継承。それも私に与えられた仕事だ」