第三十三話
この天之宮が火事になることなど、微塵も想定していなかったように天之宮は混乱を極め、命からがら逃げてきた天人や侍女たちは避難所で疲弊しきった姿で座っていた。
流石に他の人たちと同じ場所にいる、ということは身分上許されないらしく、私たちの前には記帳が置かれ、他の人たちがいるスペースと区切られた。
と、いっても空間は繋がっているので彼らの話し声は嫌でも聞こえてくる。
「天之宮が何故このようなことに。天帝に守護されたこの宮は、炎に沈むなどあり得ないこと。万が一そのようなことになっても、天帝のお力ですぐに鎮火させることが出来るはず」
「あるいは、もはや天帝に火を消すほどの能力はないということか?」
「天帝は、何をしていらっしゃるのか」
「もはや天帝に、この天界を治めるほどの力はないのだろうか」
「天帝自身がこの世界を儚み自らの意思で火を点けられたのではないか」
噂は、身勝手に囁かれる。
私は、東宮妃として今の状況を確かめる為、侍女の目を盗んで部屋を抜け出した。
渡り廊下ごしに、天之宮をながめる。私が今いるのは天之宮の中枢から一番離れた場所だろう。先ほどまで私がいた建物周辺の空が赤く染まって見える。
火の勢いは衰えるどころか増しているのではないだろうか。 天帝はご無事だろうか。御簾ごしに見た天帝はお世辞にも体調が万全とは思えなかった。言葉も、イマチを介して伝えられていた気がする。そういえば、イマチはどうなったのだろうか。
あんな男、どうなってしまっても構わないが、一応あのような別れ方をしてしまったのだ。天帝の安否を含めて気にはかかる。
だが、もし本当に公卿たちが噂するように天帝に力がなくなってしまったとしたら、この天界はどうなってしまうのだろう。
「姫様、よろしゅうございました。こちらにいらっしゃいましたか」
侍女の一人が慌てた様子で私の前に現れた。
「天之宮のほうが気になってしまって」
「ご心配なさる必要はありません。直に火も消えます。牛車の準備が整い次第、イマチの宮様の屋敷に戻りましょう」
侍女は私の腕を掴み、避難所の方へと引っ張る。私は、それに抵抗した。
「いいえ、私は救助活動を行います。まだあの火の元にはたくさんの人がいるのでしょう?」
「何をおっしゃいます。あなたは、自分がどれほど大切な存在かわかっていらっしゃらない。他の天人の代わりならいくらでもいますが、あなたの代わりは誰にも勤まらないのです」
強い口調でそう言われたが、私はまがりなりにもこの世界を背負っていく運命に在る者。この非常時に黙って守られているだけではいられない。
例え火の元の建物には近寄れなくても、傍で救援は出来る。
「姫様!お待ちください」
私は、侍女の制止を振り切り素足のまま地面に下りた。
人ごみに紛れ込み、私は天之宮の中枢付近へと走った。
火の元に近づけば、近づくほどに目を覆いたくなるような光景が広がっていた。焼きだされた人たちがうずくまり、中には息のない人まで居た。
もう、その場から一歩も動けないほどに疲弊した侍女の肩を支え、立たせようとした時ふいに名前を呼ばれた気がして振り返った。
しばらくしてまた響いたその声には聞き覚えがあった。その声の先を必死に辿るとそこには懐かしい、夢にまでみた人の姿があった。
「・・・カや・・」