第三十一話
その後、カヤデは危惧していた通りタケハの宮を偽り自らが東宮位につこうとした謀反人として、下界に追放されることになった。
アリヨ殿も、その関係が疑われ当分殿上禁止になったそうだ。そして、タケハの宮が行方不明だということが天之宮に知れ、他に東宮になる資格を持つものがいないこと、そして私との相性も悪くないことからイマチが、その地位についた。私達は負けたのだ。イマチに。
私は住むべき場所を無くし天之宮に居を移した。
「姫様、今日もこのように花がイマチの宮様から・・・」
私は、私に与えられた部屋に数人の侍女と共に生活をし始めた。何度か、逃げ出そうとしたが、その度に捕まり連れ戻された。これでは、九重の家に住んでいた頃と何も変わらない。早く、何とかしてカヤデ達を救う方法を探らなくては。
「政略結婚とはいえ、イマチの宮様は本当に姫様のことを好いていらっしゃるのですね」
侍女たちの耳障りな声が響く。何が、好いて、だ。
イマチは、私が天之宮に住むようになってから毎朝顔を出すようになった。イマチは花と手紙を私に届けるのを日課にしていた。あからさまなご機嫌伺いは、不快にしかならない。
イマチと不本意ながら相性は悪くないと天帝に判断され、私は近々あの男の妃にさせられる。もし、悪いと判断されていたら、当初の予定通りイマチは私もこの世界から追い出したのかもしれない。
けれど、相性が良いならば私を九重の妃として利用すれば天帝としてより力が得られる。これを利用しない手は無い。
「姫様、宮からのお文、またお読みにならないのですか?」
毎日甲斐甲斐しく手紙だ、花だ、贈り物だと贈ってくるイマチに、私があまり良い顔をしていないことに、侍女たちは不信感を抱いている。
それはそうだろう。天之宮いちの貴公子からの好意を私はことごとく無碍にしているのだから。これでは、天帝妃になったときに、皆の信頼が得られないとは分かっているけれど。
「・・・」
書いてあるのは、いつも通りの美辞麗句。私は、受け取った手紙に無造作に視線を落とした。
『愛しています』
そういつも締めくくられる手紙は、これで何枚目か。
私は、気分が悪いことを理由に寝所に引きこもった。気付けば翌日にイマチとの結婚式が迫っていた。
翌朝、私の体は動かなかった。大方、私が式直前に逃げ出すことを恐れて、夕食に薬でも盛られたのだろう。指一本動かすこと叶わず私はまるで生きる人形のようにその両脇を侍女に支えられながら、イマチの隣に座らされていた。
式は何の混乱もなく進められ、一時間ほどで終った。御簾の奥に隠されているせいで、私が生気無く座らされていることに気がつく天人はいなかった。
声を出して、助けを求めることも出来ず、ただ私は黙って唇を噛み締めていた。泣きたくは無かった。涙を見せてしまうと完全な敗北を認めてしまうように思えて、ずっと私は耐えていたのだ。式の途中、たびたびイマチの視線が向けられていることには気がついていた。
さぞや目的を果たし、満足げな顔をしていることだろう。薬のせいで首も動かせず、その表情が見られないだけでも、私は幸運だったかもしれない。
無理やり誓いの杯を含まされそうになった時、私は唇を強く噛みそれを飲むことを拒んだ。流れた私の血と、零れた酒がぱたりと滴り、着物に跡をつけた。
広間に集まった天人たちから歓声があがり、私たちは正式な夫婦になった。
それは、私が正式に東宮妃として立后した瞬間でもあった。