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カヤデ  作者: ジョアンナ
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第三十話

広大な庭に、舞殿が設置され多くの公卿たちがその周りを取り囲んでいた。



 イマチと共に、舞台の正面に近い御簾の内に腰を下ろした。本当ならば傍になど居たくないのだが、無理に席を変えては怪しまれてしまうかもしれない。それに彼は私の性別や、カヤデが身代わりになっていることを知っている。



ここは逆らわないほうがいいだろう。




私が久々に姿を現したことに、天人たちも気がついたようで、次々に頭を下げていく。



それらに軽い会釈を返しながら私は美しく設営された舞台を見ていた。




「昔語りでもしましょうか」




 イマチが何の前置きもなく直接そう問いかけてきた。丹精に整ったその優美な顔に、ほんのりと笑顔が浮かんでいる。見る者全てを魅了してしまいそうなそんな表情も、今の私には唯の偽善的、作られたものにしか見えない。





「興味ありません」



「まぁ、そうおっしゃらず」




イマチは苦笑いをして話を続けた。




「私は、幼い頃に恋を経験しました。少し私より歳の少ない可愛らしいお嬢さんでした。

私たちは、将来再会することを誓い分かれたのです。私たちは、覚えたばかりの字で二人だけの結婚届を書きました。届け、といっても二人の名前を書いただけの子供のお遊び程度のものですが」



 イマチは何を言いたいのだろう。私は、横目で彼を見た。イマチは真剣な眼差しを私に向けている。こんな話をして、私の興味を引きたいのだろうか。



「私は今でも、そのお嬢さんしか私の結婚相手はいないと考えています。

ですから、私は何が何でも彼女を私のものにする。例えそれが許されない罪を背負うことになっても」



「まるで月界の話のようですね」



「そうですね。似たようなものかもしれません」



イマチは笑った。イマチはずっと同じ女性を今まで思い続けてきたのか。案外一途なところもあるものだと、少し感心した。



「おかしいですね、もう開始の刻限はとうに過ぎているのに」



しばらくの無言の後、イマチが呟いた。確かに、舞台は未だ無人のままで、奏者のみが傍に控えている形だ。



「どうしたことだ」



「何故始まらない?」



 しかし、やはりいくら待っても舞が始まる気配はなく、天人たちも首をかしげはじめる。



ざわつくその声を割るようにイマチが立ち上がった。

御簾を潜り、外に出るとある方向に体を向けた。



「どうやら舞手の方々は体調でも崩されたようだ。このまま待ち続けるのも忍びない。ですから、どうです?私と踊っていただけますか、タケハの宮様」



カヤデもこの場にいるのだ。これだけの天人が集まっているのだから、いないはずはないとは思っていたけれど。



 イマチの朗々とした声が広間に響く。



その瞬間、わっと歓声が上がった。




何を言い出すのかと、私は体をこわばらせた。あのイマチのことだ、何か考えがあるに違いない。今ここで、イマチの誘いに乗るのは危険だ。



けれど、ここでこの誘いに応じておけば、次期天帝になる者としての信望を集めるきっかけになる。



逆に、断れば天人たちの心は、イマチに靡くだろう。




それは、カヤデも十分承知しているはずだ。程なくして、天人たちの声に押されるようにカヤデも御簾の外へと姿を現す。




仮面の奥に隠されているため、カヤデの表情を伺うことは出来ない。

心臓が嫌な鼓動を打つ。



カヤデは、無言のまま侍女から差し出された扇を受取った。

天人たちが口々に言う。




「当代随一の踊り手と名高いタケハの宮様とイマチの宮様の舞が見られるとは、何という幸せか」




「しかも、紅舜歌を舞われるとか。この季節ならではですな」

そんな公卿たちの声が耳に届いているのかわからなかったが、カヤデは、イマチと共に舞台の上へ登っていった。



仮面をつけているとはいえ、妙齢の青年二人が並び立つ姿はなんとも言えず美しい。しかも、紅葉と晴れ渡った空のコントラストが、爽やかさの中

にどこか陰のある品をかもし出している。



どうか、何も起きないでほしい。私は切にそう願いながらカヤデを目で追っていた。



 笛の音が響いた。と、同時に二人の舞が始まる。




紅舜歌と呼ばれるこの踊りは、古の天帝が、紅葉を愛するがあまりその身を楓の木に代えてしまったという、言い伝えがモチーフになったものだ。意外な所でお妃教育の知識が役に立つ。



踊り手の一人が、紅葉を模し、もう片方がそれに恋焦がれる天帝を舞う。



扇を鮮やかに操り、葉の舞い落ちる姿を表す。それを追うが、手に入れることの出来ないもどかしさ。そんな様子を、二人は素人目から見てもため息が出るほど見事に表現していた。



カヤデの舞も素晴らしかったが、仮面がない分天帝役のイマチの表情が際立った。



あと少しで、触れられるという所で叶わず、嘆く姿は見ているだけで切なくなってくる。これ程の舞を舞える人が、あんな卑怯なことをする人だとは信じがたい。




曲も終盤に入り、イマチの独演が始まる。 




袖を翻し、扇の表情をその角度によって百にも、二百にも変化させる様は、見事としか言い様がない。



 やがて、カヤデもその舞に加わり舞台は最高潮に達した。




私も、時を忘れてその幻想的な世界に入り込んでいた。




そんな時だった。カヤデとイマチの体が一瞬ぶつかったように思えた。

けれど、何事もなかったように踊りは続けられたので私はさして気に留めなかった。



初めて、しかも急に踊らされたのだから多少のミスもあるだろう。

だが、私はその雅やかな姿に惑わされ、相手があのイマチだったということを忘れていた。




後ろを向いたカヤデの姿を見て、私は愕然とした。しっかりと結ばれていたはずの仮面の紐が今にも解けてしまいそうになっていたのだ。




カヤデは、踊りに集中しているのかその様子に気づいていない。



一気に鼓動が高まる。



もしここで仮面が外れてしまったら・・・。




仮面が落ちる前に、踊りをやめさせなければ。そう思い私が立ち上がった時には全てが遅すぎた。



「!」




ゆるりと紐はその絡みを解き、仮面を床に落とした。



刹那、その場にいた全員が絶句した。

カヤデの目が見開かれていた。手にしていた扇が静かに舞台に落ちる。楽の音も止んだ。



素早く袖でその顔を隠したが、そんなことをしても今更意味がない。




「これは・・・サクの宮様のお顔がかの宮様に瓜二つだったとは、存じ上げませんでした」




イマチが舞台上わざとらしく言った。




―カヤデ・・・!!全身の血が引いた。額から汗がにじみ出て唇が乾く。




天人たちも驚きの声を上げた。



その口からはカヤデの名前が次々に呼ばれる。

落ち着きがなくなったこの場を収めたのは、以外にもカヤデ本人だった。




「驚かせて、申し訳ない」




そう、言い残すとカヤデは舞台袖へと下がっていった。もちろんその後どれほど待っても舞の続きは催されることはなかった・・・。


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