第二十三話
カヤデたちがここ最近忙しくしていたのも、残務整理と、タケハの宮様を探していたからなのだろう。・・・私にも、何か手伝える事はないだろうか。
「あの、私に何か出来る事はありますか?書類の整理でも何でも・・」
「いち殿は、何もしなくてもいい」
「でも、カヤデ・・・」
皆が、こんなにも困っている時に、私だけ何も出来ないのは辛い。それに、何かに没頭していればカグヤ姫達のことをいたずらに思い悩んで悲しまなくてすむ。そのほうが、きっとサクの宮様もおよろこびになられるだろう。
「いち様、今日私とカヤデが早めに屋敷に戻りましたのも、訳あってのことでございます」
アマツの宮が、パラリと扇を広げ、また閉じた。
―何か、重大なことでもまた起きたのだろうか。
「席を外したほうがよろしいですか?」
その落ち着かない様子に、アリヨ殿が気をきかせた。
「いいえ、アリヨ殿。あなたにも聞いていただきたい」
一度あげかけた腰を、アリヨ殿は下ろした。すこしの沈黙の後、アマツの宮が口を開いた。
「今回の事件を受けて私とカヤデは天帝のご不興をかいました。カヤデは恐れ多くも東宮妃をお預かりし、その後見を勤めさせていただいている身でありながらいち様を危険な目にあわせてしまったことに。私もあの場の警備長を任じられておきながら、事件を未然に防ぐことが出来なかった」
「カヤデ、ごめんなさい。でも、私は後悔をしていないよ」
もしあのままカヤデが死んでいたら、私はきっと一生後悔にさいなまれて生きていただろう。
アマツの宮が優しく声をかけてくれた。
「いち様、どうかその事はお気になさらないで下さい。何度も言いますが、あの時は緊急事態だったのです」
「宮・・・」
「遅かれ早かれ、東宮を守れなかった積をあの場に居合わせた天人たち全員が取らなければなりません。たとえ、いち様のことがなかったとしても、私たちは今と同じ決断を下していたと思います」
カヤデも首を縦に振っていた。
けれど、決断とは何を示すのか私にはわからない。もしかして、他の天人たちと同じように職を辞する、ということだろうか。
「もしかして、都を、天之宮を離れられるおつもりか」
アリヨ殿が静かに問うた。アマツの宮がうなずく。瞬間私は声をあげていた。
「どうしてですか。何故都を・・・!!」
「今はまだ天之宮が混乱しているせいで天帝は私たちになんの罰も与えていらっしゃらない。
だが、じきに事態が安定すれば必ず刑は下るだろう。私たちの身分を考えたとしても、良くて殿上一時差し止め。最悪は下界追放だろう」
下界追放・・・ということは、永遠に私はカヤデたちと会うことが出来なくなるということなのか。
「いやです、そんなこと・・・!!」
私は、もう下界には帰れない。もし帰ることが出来たとしてもまたあの部屋に逆戻りだ。この世界で、カヤデたちと共に生き、天帝の后妃となってこの世界の礎になる。と決意したのだから。
「だからこそ、今都を離れるのです。 自ら罪を認め、暫く表舞台から離れることによって天帝のお怒りを少しでもお治めしなければなりません。
早々に職を離れていったものたちも同じ考えあってのことでしょう。彼らは、自らの家が取り潰されるのを恐れ、一線を引いたのです」
アマツの宮が、強い口調で言った。彼も悔しいのだろう。その思いが痛いほどに伝わってくる。
本当ならば、あの事件が起きた直ぐ後に都を離れるのが最高のタイミングだったのかもしれない。
けれど、タケハの宮様のこと、そして混乱した天之宮のことを思い今日まで引き伸ばしていたのだろう。
「宮様たちのお立場上、下界追放まではいかないにしても、それに似た処罰を受けかねませんね」
アリヨ殿がうなずく。事は私が思っている以上に深刻らしい。
―私は、ひとりこの屋敷に残されるのだろうか。今、二人が都を出て行ったとして、いつ帰ってこられるかはわからない。それくらい私にもわかる。
東宮妃という立場上容易に私は都を出る事はできないだろう。最悪、これが今生の別れにもなりうる。
「心配するな。すぐに帰ってくる。体調を崩されてからはお目にかかる機会こそへったが、天帝は私たちに目をかけていてくださっていた。今、大人しく恭順を示せば必ず近いうちに都に呼び戻してくださる」
そう、カヤデは言ってくれるけれど。いたずらに私を心配させないようにと気遣ってくれただけにも思える。
「ただ、私たちが都を離れるに当たってひとつ気がかりな事があります」
「イマチの宮のことですか」
何もかも見透かしたようにアリヨ殿がその名前を出した。 彼もまた、よからぬ事をイマチが画策していることに気がついていたのだろう。アマツの宮が頷く。
イマチも、今天之宮を支える者の一人として重大な局面に立っているのではないだろうか。もしかして、彼も都を離れるつもりで・・・。
「そうだ。彼は天帝の後見だから天之宮を離れることはない。それに、兄上・・・天帝はイハラの宮に負い目があるから、その息子イマチの宮を厳重に罰することはないと私は考えている」
アマツの宮が悔しそうに言葉を続ける。
「次の東宮候補であるタケハの宮が天之宮に参内しない限り、その位がイマチの宮に転がり込む可能性は十分にある。皇位継承権を持つ私とカヤデが同時に一時的とは言え、天之宮を去れば、イマチの宮の思う壷になるのは避けられない」
今、都を去らなければ2人の立場は悪くなる。けれど、そうなると東宮の位がイマチに行きかねない・・・。 イマチが私と相性が悪ければ話は別だが、あのずる賢いイマチのこと、何らかの策は講じてくるに違いない。
駄目だ。私には何も出来ない。カヤデを助ける事も、イマチのその申し出を退ける力も・・・。
「タケハの宮様さえ、いらっしゃったら、何の問題もなく東宮に昇られるでしょうに。姫との相性も悪くないようですし」
アリヨ殿のおっしゃる通りだ。
そう、全てはそこに立ち返る。行方不明のタケハの宮様がもしこの場にいらっしゃってくださっていたら・・・。
仮面をかぶり、その素顔を隠してまで自由を求め生きている、無責任で、うらやましい天帝の第二皇子。
そうか、彼は素顔を隠していたのだ。それならば、背格好が似たカヤデが本物のタケハの宮が見つかるまでその代役をしたらどうだろうか。表向きは、カヤデも都を去ったことにしておいて・・・。
「カヤデが、タケハの宮の身代わりになることはできないの?」
「以前のように、どうでもいい閣議に参加するだけならまだしも、今回はそれとは違う。
タケハが現れた時点で、天帝はタケハを東宮にするだろう。もし私がタケハに化けて上手く事を運んだとしても、気まぐれに本物のタケハが帰ってきたら私を代役に仕向けた兄も、それを受け容れた私も謀反の疑いをかけられることになる。そうなれば、本当にお仕舞いだ」
・・・そうだった。私が考えるほどにこの世界は単純ではない。私は、自分の軽口を恥じた。
「ですが、それもひとつの案と私は思います」
「アリヨ殿、何かお考えがあるのか?」
カヤデが身を乗り出してきた。アマツの宮も、私もアリヨ殿の言葉を待った。




