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カヤデ  作者: ジョアンナ
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第二十話

「貫くといっても、そんなことをしたら、二人とも・・・」



「死は避けられない。だから、三大禁止術の中でも最大のタブーとされていた」



 体が震えた。



「サクの宮様、いち姫様、どうぞこちらへお逃げください」



後ろから侍女が声をかけてきたが、私たちが動くはずも無い。



「―お兄様。おにいさま・・」



夢うつつに、姫はその名を繰り返した。呼ばれるたび、宮は苦しそうな表情を浮かべ、唇を噛み締めていた。



「ゆるさない。イチ、イチ・・男のくせに、男の・・」



瞬間体が強張った。



「姫!」



その声をかき消そうとしたのか、カヤデが叫んだ。そして、振り返らないまま静かに言った。



「殿上での抜刀、お許しください」



「カヤデ!!」



「すまない、いち」



初めて名前を呼び捨てにされ、どうしようもなく熱いものが胸のうちに生まれてくるのを感じた。それが、なんだったのか分からないまま、私の体が自然と動いていた。



御簾をくぐり、高座を飛び降りカヤデの前に走り出た。



「姫、私はここです。私が憎いなら私を殺してもかまいません。ですが、他の人には手を出さないで下さい」



姫の殺気を直に感じる。全身を射抜かれているかのような激しい痛みだった。こんなにも、私は恨まれていたのか。悲しみと、そこまで姫を知らずに追い詰めていた自分の鈍感さに嫌気がさす。



 姫が叫び、勢いよく歩き始めた。私も、姫に向って走った。カヤデに腕をつかまれ、勢い引き戻されそうになったが、それを全身全霊の力で払いのけ姫に向った。



「いち!!!」



カヤデの声が後ろから聞こえた。



―ごめんなさい。私は、カヤデたちが私を守ろうとしてくれたように、私もカヤデたちを守りたい。きっと、私が死んでしまっても九重家には次の妃候補が現れる。



どうか、私のわがままを許して、その方が生まれるまでしばし待っていてください。



ふわりと、カグヤ姫が普段好んでつけていた香の香りが鼻をくすぐる。

目を閉じ、その瞬間を待った。けれど。



「サクの宮様・・・!」




公卿の叫び声で目を開けると、目の前には、姫ではなく、先ほどまで高座にいたはずのサクの宮の後姿があった。



「おにい・・さ・・」



「姫、私はここにいる。寂しい思いをさせてすまなかった。これからは、永遠に傍にいる」



ぽたり、と水音がした。板張りの床が徐々に赤く染められていく。


「う・・・れ、しい・・わたし、誰よりおにいさまのお傍にいたかったの。お嫁さまに・・なりた・・かったの・・」



「あぁ、知っていた。知っていたよ」


血に染まった両腕を、しっかりと宮の背に回し、姫は満足そうな笑みをうかべていた。



「一緒に月界へ行こう。かぐや」



やがて、その口からはおびただしい血が流れ落ち、姫は目を閉じた。と、同時にサクの宮もその場に姫を抱いたまま倒れた。



―まるで、映画のワンシーンのようだった。これが、現実今目の前で起きたことなのかと、その場にいた誰もが信じることが出来なかっただろう。



空気が、時が、全ての流れを止めていた。

アマツの宮が、無言のままその場に膝をついた。カヤデも刀を置き、兄に続いた。




私は、声も出せず、固く抱き合ったまま、血だまりのなか横たわる友人たちの姿を見ていた。



公卿たちも次々と頭を垂れていく。



 これは、夢ではないだろうか。そう思った瞬間、とめどなく涙が溢れてきた。瞬きをするたびに、幾筋もの涙が頬を伝った。



「触れてはいけない。完全に術が解かれたか確認するまでは危険だ」



 二人に触れようと手を伸ばした時、カヤデがそう静かに言った。



何て残酷な事を言うのだろう。カヤデにとっても大切な親友であるサクの宮が直ぐ傍に倒れているというのに、抱き起こす事すらできないだなど。




そんなことを考えていても、そのカヤデの言葉に大人しく従っている自分がまた憎らしかった。



「・・・大丈夫です。術は完全に解かれています」

「宮・・」



 アマツの宮がいつの間にか私たちの傍に立っていた。そして、未だ温もりの残る二人の体を抱き起こした。



「サクの宮様・・かぐや姫」



愛しい人の腕の中で幸せそうに微笑むかぐや姫の頬を撫でた。まだ幼さの残る柔らかな肌。細い指先。



 もう、声を抑えることは出来なかった。

人目を憚らず、私は声を出して泣いていた。公卿たちの中からも、すすり泣く声が聞こえアマツの宮も、カヤデも、涙を流しその死を悼んでいた。



 私が男とわかっても、構わず嫁にもらってくださると約束してくださったサクの宮様。サクの宮様を誰よりも愛し、慕っていたかぐや姫。




 外では、鳥が声高く啼いていた。雲ひとつない快晴。私たちの御披露目の儀にはうってつけの天候だと、サクの宮様は笑っていた。それがつい先ほどのことなのに。




「お怪我はございませんか?姫」



「イマチ・・・」




 正装したイマチが、私たちを見下ろすように立っていた。この男がこの場にいないはずがないと思っていたけれど、やはり・・・。



「恐れ多くも天帝のおわすこの天之宮で・・しかも義兄の婚約発表という晴れの日にこのような醜態をさらすとは、かぐや姫という方は、愚かな方ですね」



 目の前で、人二人亡くなっているというのに、顔色ひとつ変えず、取り乱した様子もまったくない。淡々とした口調だった。




それに、姫を悪く言うだなんて、許せない。彼女はただ、静かにサクの宮を慕っていた。サクの宮に嫁ぐ私が、憎くないはずはなかったのに、よく私に懐いて遊びに来てくれた。その小さな体に、自分の気持ちを隠しながら。



「・・あなたは、何も思わないのですか。今、ここで・・・」




「自業自得です。姫は、禁忌と知りながら義兄上を恋い慕い、その隙を鬼につかれたのでしょう」



 まるで汚いものでも見るような目つきだった。その様子に、さすがのアマツの宮も腹を立てたのか、立ち上がりイマチと対峙した。



「術をかけたのは、姫自身だとでもおっしゃりたいのですか」

「誤解させてしまったのなら申し訳ない。ただ、その可能性がある、と申し上げただけです」




 意味深な視線をアマツの宮に向け、まるで姫を陥れたのが宮であるかのような口調だった。




「何が言いたい。イマチの宮」



カヤデも立ち上がった。




「いえ、何も。しかし、こうして義兄が亡くなり、どなたが一番特をしたのか・・・と考えていただけです」



 私は、腕の中の姫とサクの宮様を強く抱きしめた。サクの宮が亡くなれば、次の皇位継承権は、サクの宮の弟に移る。もし、彼が私と良い相性を持っていなければ、カヤデ達に継承権が出てくる。




「―これから、天帝の後継者を巡り天之宮は荒れるでしょう。姫もどうぞお気をつけてください」


そう言いうやうやしく頭を垂れたその姿を私はきっと生涯忘れることはないだろう。有り余る憎しみと侮蔑と共に。


 しかしくやしいかな今、私が出来ることはイマチを心からの嫌悪の瞳でにらみ付けることだけだった。


佳境に入ってきました。ここまで根気強く読んでいただきありがとうございます。

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