第十八話
姫が毎日のように訪ねてきてくれていたせいか、時が経つのが早く感じられた。気がつけば、明日に御披露目の儀がせまっていた。
この日までに私はある程度の天界の仕組み、天之宮の行政システムも学び理解することができた。
天界でいかに天帝という存在が絶対のものかということも再確認できた。そしてめったに表に出ない天帝の代わりに天帝の言葉を伝える後見の役目がいかに重要なものかということも知った。
けれど、気になることは天帝や天之宮についての文章はたくさんあったのに天帝妃にかんする情報が極端に少なかった。
もちろん九重の妃の重要性については触れられていたが、天帝妃のやるべき公務、というだろうか。そういうことには一切書かれていなかった。
私のお妃教育期間が短いのでそこまでの情報は必要ないとカットされたのかもしれない。
楽器の方は、というと昨日の夜一人で練習しているときに偶然私の部屋の前を通りかかったらしいカヤデが私の演奏を聞いたようだった。私は演奏に集中していたのでカヤデが廊下にいたことには気づかなかったが、私の弾く曲に合わせて誰かが笛を吹き出したことには気づいていた。
曲が終わり私が廊下に出ると、笛を手にしたカヤデが立っていた。
私を見るなりカヤデはとても優しい笑みを浮かべて言った。
「いち殿の曲はいち殿のようだ。私の耳にとても魅力的に響く」
時々カヤデはびっくりするようなセリフを平然と言うときがある。けれど、それが不快ではないのも確かだった。
ーきっと、私の腕が少しは成長したから合奏してくれたのだろう。私は素直にそう思うことにした。
いつかこの努力が報われる日が来るといい、私はそう思った。
あと数時間後は御披露目の儀。初めて公式の場で他の人たちの前に立つ日だ。
ただ設えられた高座にサクの宮と一緒に座り御簾ごしに公卿たちに正式に東宮正妃として謁見するだけの簡単なものだと、アマツの宮が説明してくれたが、やはり前日ともなると緊張する。
今日に限ってかぐや姫は姿を現さないし、手持ちぶさただ。
お昼頃、カヤデが部屋を訪ねてくれた。
あのイマチの贈り物の一件以来しばらくは朝夕と私の傍に付きっ切りだったが、最近イマチが目立った行動を起こさない為カヤデも時々仕事の為に天之宮へ参内していた。
その沈黙が恐ろしいと、アマツの宮が言い私の傍にいるようにとカヤデにきつく言っていたが私のことばかり構っていられるほどカヤデも暇な人ではないはずだ。 カヤデが私の傍にいられないときは代わりにあかるさんの傍にいることを約束して、アマツの宮に内緒で私はカヤデに天之宮へ参内してもらっていた。
「緊張しているか?」
カヤデは私の少し前に座りまっすぐに私を見つめていた。その真摯な瞳を見つめ返すことが出来ず、私は明日の緊張を装い目線を下げた。
「少しだけだけど」
女装をすることには最近なれてきたけれど、堂々とその姿のまま他の人の前に行くことはやはりまだ気が引けていた。私の立ち居振る舞い、声、裾の端から私の秘密が洩れているのではないかと、ついつい不安になってしまう。
「そうか。明日の事は何も心配することはない。私も兄も傍に控えている。それよりも今日、かぐやがとうとう成人の儀を迎えたと話しに聞いた」
「姫が?どうしてそんな急に・・」
姫は、成人の儀を迎える事を嫌がっていたと聞く。それを姫の義母上がよく思っていないということも・・。
もしかしたらとうとう義母上が痺れをきらして、強行突破でもしたのだろうか。それにしても、急なことで姫がまた怒って暴れていないといいのだけれど。
「やはり、お母上がお怒りになったの?」
「いや、あの方は何だかんだといって姫には甘かったから、そんな乱暴なことはしないと思う」
「知り合いなの?」
「一応。兄上のお妃様だから」
「そうだったね。それで、姫のご様子は?へそを曲げているのではないの?」
忘れていたけれど、カヤデも天帝の弟だ。
「わからない。そこまで詳しくは聞いていない」
カヤデは無愛想に短くそう答えた。
「そう。もしも何か連絡があったらまた教えて」
「わかった」
御披露目の儀の後も婚姻の儀までは私はこの屋敷に留まれるらしい。
ここが私のこの世界での実家のようなポジションなのだそうだ。
確かに、言われなくてもすでにこの屋敷は私にとって第二の故郷になりつつある。・・今まで過ごしてきた日々を考えると、第三といったほうが相応しいかもしれないけれど。
「明日は、朝早くに天之宮から迎えが来る。それまでに準備を整えなければならないから、今日は早く寝て明日に備えて欲しい」
「わかった。明日はよろしく」
「ああ・・」
カヤデが部屋を出て行くとき、何か言いたそうに口を開いたが何も言わなかった。
カヤデが何を言いたかったのか、私には何となく分かっていた。
明日を境に、私は正式にサクの宮の婚約者となる。私が決してカヤデの気持に応えないと、表明される日なのだ・・・。
翌朝、あかるさんに衣装と髪を整えてもらい天之宮からの使者を待った。
紅を引き、頬におしろいをぬった私の姿は、どこからみても女性にしか見えない。男としてこれは喜ぶべき事ではないとはわかっているが、今はそれが逆にほっとする。
私が男であることを知られると、私の後見であるカヤデや、お世話をしてくれているアマツの宮にも害が及ぶ。
そして男の妃をもらうとは、おろかな次代の天帝よと、サクの宮も嘲笑われるかもしれない。
結婚したら、毎日が自分との戦いになる。今日は、そんな日々を過ごす為の予行練習だと私は思っている。
「いち姫様。お迎えにあがりました」
天女のような羽衣を付けた使者が部屋の入口に現れた。私は、顔を扇で隠し、カヤデに手を引かれながら牛車に乗った。
久々の天之宮だ。到着すると同時に大勢の侍女に出迎えられ驚いた。天帝のところへまず挨拶に伺うのが礼儀だそうだが、今日は体調が悪いらしく私は直接、サクの宮と一緒に御披露目の儀の会場となる大広間に通された。