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カヤデ  作者: ジョアンナ
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第十七話

私と、サクの宮の婚儀はおよそ三ヵ月後になるらしい。



御披露目の儀、天之宮の中枢を担う各大臣家への挨拶まわり、お妃教育・・など、本来ならば半年かかる日程を詰めに詰めてこれだけの期間にしたらしい。




しかし実際、私が携わるのは、来週早々に行なわれる御披露目の儀と、お妃教育ぐらいだと、あかるさんは言っていた。




 この世界にまだ慣れない私を慮って、天帝が必要最低限の行事のみ行なうようにと命じたとカヤデが教えてくれた。

おかげで私は、毎日朝夕2時間ずつのお妃教育の時間以外、基本的に暇をもてあましていた。お妃教育、といって古筝や笛などの楽器や、歌の詠み方、話しかた、この世界の政の仕組み、等その項目は多岐にわたった。





毎日の予習復習で暇な時間など持てるはずなどないのだが、どうやらお妃教育とは建前で行なわれるだけで、正式には天帝の正妃は表舞台に姿を現すことはほとんどないらしい。

そのため、もし筝が弾けなくても、歌が詠めなくてもたいして問題にはならないらしい。




もっとも、毎日のように聞こえてくる絹を裂いたような恐ろしい筝の音色を聞いて、アマツの宮がなぐさめに言ってそう言ってくれたのだろうけれど。




「いちひめーあそびにきたー!!」




そんな私の時間つぶし・・もとい、お妃教育の良いパートナーは意外にもかぐや姫だった。





さすが名家の出身だけあって、彼女の筝や笛の音色は文句なしにすばらしい。幼い頃から嫌々習わされていた、と本人は言うけれど、嫌々でここまで上手にはならないだろう。



私の部屋に来て、筝を聞かせてくれるときもとても楽しそうに弦を爪弾いている。



「今日はお早いお越しですね。お母上には見つからなかったのですか?」


普段ならお昼過ぎに彼女は前触れもなくやってくるのだが、今日はまだ太陽が中天には来ていなかった。

いつも通り可愛らしく髪を結い上げ、鮮やかな少女らしい色の着物を纏っている未来の私の義妹は花のような笑顔を私に向けて言った。


「最近は、いち姫のところに行くと言っているから目をつぶってくださっているの。

だって、姫はお兄様のお嫁様だもの。母上にとっても義娘になるのですから、私と姫が仲良くすることを悪く思っていないのではないかしら。

もっとも、失礼な事はするなって釘はさされてるけど。私がそんなことするはずないのにねぇ」




心底不思議そうな姫の姿が笑いを誘い、私はこらえ切れなくて声を出して笑ってしまった。




「どうして笑うの?失礼ね!」




「いいえ、申し訳ありません」





優しいサクの宮。可愛いらしいかぐや姫。私は、この世界に来てすばらしい人たちと知り合うことが出来た。あの狭い部屋での日々がまるで嘘のようだ。


私も、しっかりしなければ。形だけのお妃教育と甘えていてはいけない。将来の天帝妃として恥ずかしくないような教養を身につけなくては。




「さぁ、姫。今日は何を弾いてくださるのですか?」




「そうね、スージャオフォワなんてどうかしら」

あかるさんに持ってきてもらった古筝の調弦をとりながら、姫は言った。




「スージャオフォワ?」




聞きなれない名前だ。




「月界の有名な曲の一つよ。スージャオフォワは月界の言葉でハナミズキって意味なの。そいえば、イマチの宮がこの花をよく好んで眺めていらっしゃると聞いたことがあるわ」




―ハナミズキ。そういえば、以前サクの宮名義で受取ったあの挿頭の花もハナミズキを模したものだった。




 この花をイマチが好んでいるのだとすれば、やはりあれはサクの宮ではなく、イマチが寄越したものだったのだ。義兄の名前をかたるなど、やり方がやはりあくどい。




「いいえ、私その曲は嫌いです。違う曲にしてもらえませんか」




「どうして??とても綺麗な曲なのよ。自分の思う相手に向けて弾く、とても切ない旋律なの。私もお気に入りよ。一度聞いてみて」



姫は、そういうと早速爪をはめ、弾き始めた。私は、この花からイマチを想像するからか最初こそ顔をしかめて聞いていたが、曲も中盤になってくると、その曲の美しさにすっかり魅了されていた。




「月界の曲はいつも切ない旋律で、胸に響くの。そういえば、月界の話、知ってる?」



「あぁ、許されない恋人同士が作った世界、でしたか?」

―昨日の夜、カヤデが話してくれた。今思い出しても、胸が痛む。彼の真摯な気持と、それに応えてあげられない申し訳なさとで。




「そうよ。この曲を作った人は、どんな思いだったのかしら。その人にも、叶わないけれどどうしてもあきらめきれない好きな人でもいたのかしら」



そう言った姫の表情が一瞬曇って見えたのは見間違いだろうか。


「これは片思いの曲、ではなく、叶わない恋の曲なのですか?」




「さぁね、私がそう思っただけよ」



弦を爪ではじく音。その音が、どうしようもなく切なく聞こえる。




「その人の恋、きっと最後には叶いましたよ」

「どうしてそう思うの?」



姫は、演奏をやめて顔をあげた。




「私の思い込みなのかもしれませんが、このように綺麗な曲を作れる人は恐らくとても心優しい人なのだと思います。そんな人を袖にするなんて、そうそういないと思いますから」



「そう・・そうね」




 姫は、サクの宮に甘えた時にみせていた少女の顔ではなく大人の女性の顔をしていた。




「姫にも、どなたか思う方がいるのですか?」



 思わず、そうきいてしまうほどに。



「いないわ」



姫は、短く答えるとまた弾き始めた。その頬は赤く染まっていた。私は、それが嘘だと気がついたが、何も言わなかった。ただ、目を閉じ屋敷中に響くその美しい音色に、私はしばし時を忘れた。



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