第十三話
「イマチの宮は、先日亡くなられた私のすぐ上の兄上、イハラの宮の息子です。
花のように艶やかな容姿に加え、幼い頃から聡明さを称えられていた、次期天帝として誰よりも期待されていた親王だったそうです。
ですが、選ばれたのは彼ではなかった。イハラの宮の落胆は激しく、一時期ご自分の宮に篭られてしまったそうです。ですが直ぐ政治の中枢に戻られて天帝をよく補佐なさっていました。
私とカヤデは既に一番上の兄上、現天帝が即位なさってから生まれた皇子ですから、天帝位争いには無縁でしたが、イハラ兄上が天帝位を熱望していたという話だけは聞いたことがあります。そして・・・」
アマツの宮が、カヤデと顔を見合わせた。自分たちの実の兄二人の争いにきっと心痛めているのだろう。
「生まれた息子は、若い頃の自分に瓜二つに育った・・・。イハラ兄上が、イマチに現天帝を悪く言っていたとしても頷ける。そして、イハラ兄上が自分の果たせなかった夢を彼に託していたとしたら」
「イマチは天帝を望んでいる可能性があるということか・・・」
「そうですね」
「でも、イマチは天帝の甥でしょう?自分が帝位につくのは難しくありませんか?」
「皇位継承権第一位グループは、天帝の息子であるサクの宮とタケハの宮。
そして第二位グループは現天帝の弟である、私とカヤデ。私たちが皆何らかの理由で帝位を継げない状態になれば、天帝の甥であるイマチにも十分可能性がある」
この世界の帝位継承は年長者順ではなく、九重家からくる花嫁との相性の良し悪しが次の東宮を決める。イマチも場合によっては十分にその位を得る可能性はあるということだろう。
「九重家から来る妃が居なかった間はどのようにして東宮を選んでいたのですか?」
ーそれは当然浮かんでくる疑問だった。
「建前として”御選択之儀”を行われていたようですが、実際は時の天帝が自分の息子たちの仲からより能力が高い者を自分の後継に選んでいたようです」
さすが、というべきかアマツの宮は私の質問に何でも的確に答えてくれる。
「例え、今天帝の息子さんたちやカヤデたちを何らかの形で退けて東宮位についたとしても、九重家から来た妃、私と相性が悪ければ天帝になることが出来ないのでしょう?先帝の時のように九重が関係ない東宮の選び方を望んでいるとしたら九重家の妃がイマチには邪魔なのかもしれません」
そこまで言って、ふと思い返す。
イマチは私に流れる九重の血が必要だと言っていた。私を遠ざけてしまったら、その血は次期天帝には継がれない。
あぁ、やっぱりわからない。イマチが何を望んでいるのか。
「とにかく、もう少し様子をみましょう」
「兄に賛成だ」
―私は、無事に私に課せられた使命を全うできるだろうか。もし、下界に帰されてしまったら私は今度こそ一生あの部屋から出られないかもしれない。私は、もうあんな地獄には帰りたくなかった。
その翌日、前日の疲れからか、少し寝過ごしてしまった。渡り廊下に出ると、太陽はすでに天中に輝いて見えた。
「あぁ、よかった。今お起こしに行こうと思っていたところなのですよ」
カヤデたちが居るであろう広間に向かう途中、あかるさんに会った。
「すみません、寝過ごしてしまったようです」
「いいえ、天界にいらっしゃって疲れていらっしゃるだろうから、ゆっくり寝かせておくようにと坊ちゃんに言われておりましたから」
「カヤデが?」
「はい、いち君様のことを本当に気遣っていらっしゃって。本当にいじらしいことですわ!よほどいち君様のことがお好きなのですねぇ」
「はぁ・・・」
いじらしい、お好きだ、と言われても私は男だ。カヤデの気持に応えてやることはできない。男の身で、東宮妃になろうとしている私がこう言ってもあまり説得力はないかもしれないけれど。
あかるさんが、ふぅと苦笑いした。私の気持を察したのだろう。
「―今お客様がおみえになっていて、坊ちゃん、旦那、お二方ともその方
とお話していらっしゃいます。 ご一緒にご歓談なされてはいかがですか?」
「お客様って、誰なの?」
「サクの宮様です」
「サクの宮!?」
東宮になる高貴な身分の人がそう簡単に天之宮を出られるのか。私が、嫁ぐ相手。もし、今会えるのならば会っておきたい。けれど、私が男だと知れたらお仕舞いだ。
顔を強張らせた私を、あかるさんは優しく宥めてくれた。
「ご心配には及びません。サクの宮様は、宮中いち風雅を愛され、心優しいお方と評判のお方。
特に、アマツの旦那とは叔父と甥という関係ながらお年が近いこともあって幼い頃からよくご一緒に遊んでいらっしゃいました。
このたび、旦那がこちらに久々に戻られたので、宮、御自らこちらにお運びくださったのです」
「そうなの・・」
アマツの宮の幼馴染なら悪い人ではないだろう。すこし安心した。
「それより私は、サクの宮の婚約者と決定したけれど、まだ正式な発表もないうちに宮にお会いしてもいいものなの?」
「本来は、来週に行なわれる御披露目の儀がいち君様の皇太子妃立后の発表とサクの宮様の立太子正式決定の場ですが、今回はサクの宮様もお忍びでいらっしゃった訳ですし、
偶然、何かの、手違いで本日お二人が、お会いしてしまっても問題は無いのではないですか?」
偶然・・・。なるほど、そういう逃げ道を作るわけか。
「では、お会いしたいな。連れて行ってくれる?」
私が嫁ぐ人・・。一体どんな方なのだろうか。
「もちろんでございますとも!でも、その前に軽くご衣裳を調えましょう」
「あ・・うん、ありがとう」
寝起きのままの姿だったことに気がつき、私は気恥ずかしい気持ちのまま、あかるさんの後を付いていった。 私が男だと言うことを、サクの宮に知られないためにも、昨日以上に化粧をしてもらわなくては。
「失礼いたします。宮様方。いち姫様をお連れいたしました。入ってもよろしいでしょうか」
白粉も叩き、紅も引いた。着物も女性ものに袖を通し、髪も結い上げてもらった。これで、どこから見ても女性にしか見られないだろう。男として、複雑な気分だけれど。しかし、何度着ても、この姿は緊張する。
「構わないよ、お入り」
アマツの宮の声だ。
「失礼いたします」
3人分の視線が向けられたのを感じた。扇で顔を隠し部屋の入り口に立つ。
「手を」
カヤデの声だった。扇の橋から見えるカヤデの手にそっと自分のものを重ねると私はゆっくりと
部屋の中央へと進んでいく。
ーやっぱり、女ものの着物は歩きにくいな。
ぎこちない動きで、カヤデに導かれるまま座った。
アマツの宮に乞われて私はその扇を外すと、そこには宮とカヤデ、そして優しい瞳をした青年が座っていた。青年は、私の顔を見るなり感嘆したような声を上げた。
「これは・・・何と・・。あなたがいち姫さまでいらっしゃるか」
声までがお優しい。なるほど、あかるさんが先刻教えてくれた通りの稟とした、気高い姿をした青年だ。それより増して驚かされるのは、彼の周りに流れる柔らかな空気だ。これが、生まれ持った気品というものだろう。
「はい」
極力、女性的な声音で応えた。
「美しい方だ。あなたのそのお姿を拝見して、失礼ながら、私は懐かしい気持になりました」
「どうしてですか?」
面白そうに、アマツの宮が尋ねた。
「姫は私の初恋の方によく似ている」
―初恋?私が?
驚いた私の顔が面白かったのか、サクの宮がふっと息を漏らした。
「宮に初恋の相手がいたとは、初めて聞いた」
カヤデも面白そうにサクの宮を見ていた。
「だろうね、私は秘密主義だから」
クスクスと笑いあうその姿から、この三人の仲の良さがうかがえる。
「ところでサクの宮、丁度いち姫も来てくれたことですし、少々お耳に入れておきたいことがあります」
「聞こうか」
姿勢をただし、サクの宮様が体をアマチの宮へむけた。何か重大なことを決意したかのような、緊張した面持ちのまま、宮が一度息を吸いこみ言った。