第十二話
「贈り物というが、何が届いた?」
「花の挿頭がひとつと、昼間のイマチの私に対する非礼を詫びる手紙が・・・」
―いけない。内緒にしておこうと思っていたのに・・!
「―やはり、イマチの宮に何かされたのだな。花が落とされ、いち殿達の声と姿がわからなくなり不安に思っていたのだ」
「え?カヤデも術が使えるの?」
「あの程度の術ならば容易なものだ。花に息を吹きかけ、それを通じて様子を見守れるように術をかけておいた。もっとも、あの花があったほうがいち殿の美しさが映える事に変わりはなかったが・・」
あの花にそんな意味があっただなんて、知らなかった。カヤデも人が悪い。あらかじめ言っておいてくれれば、心強かったものを・・。
「御託はいい。それよりいち様、それは今どちらに」
いつにない厳しい口調でカヤデを制すると、宮は立ち上がった。私が指差した御簾の向こうから箱を取り出すと、眉を寄せた。
「・・・いち様、イマチの宮に口付けされませんでしたか」
誰にも言っていない、しかも花を落とされた後の出来事だった為カヤデすら知らないことを何故宮が箱を見ただけで察したのか、私には皆目検討はつかなった。
「どうしてそれを・・」
そう答えた瞬間、宮の怒声が飛んだ。
「カヤデ!」
「!」
その声に応えるように、カヤデが私の顎を勢い掴み、乱暴に唇を奪ってきた。
「・・っ」
息つく暇すら与えないほどの深い口付けだった。苦しくて、何度もカヤデの背を叩いたが許してはくれなかった。
その異様な光景に宮も、あかるさんも動じることはなかった。漸くカヤデから開放された時、見事な細工が施されていたあの蒔絵の箱は無残に二つに割られ、かんざしと手紙は灰に変わっていた。
突然の事に、ショックを隠せない。何故、カヤデに無理やりキスされなければならなかったのか。
「どうし・・!」
パチンと、宮が扇を閉める音に私に口ごもった。カヤデも渋い表情のまま兄を見つめている。
「カヤデ。屋敷の中とはいえ、いち様をお一人にするなと私が言った訳がわかりましたか」
低く、ゆっくりとした声音だった。カヤデは険しい表情をして兄の姿を見ていた。その怒りの深さに、あかるさんが思わず口を挟んだ。
「旦那、どうかお気を静めてください。坊ちゃまは、カヤデ様は、参内で気疲れされたいち君様を思い、お一人でくつろがれる時間も必要だろうとのお考えでなさったことです。それに天之宮でのお仕事も東宮内定、そして婚約準備とずいぶんお忙しくしていらしたようですし」
あかるさんを見ようともせず、アマツの宮は冷たく言い放った。その場の空気がさらに凍りつく。
「私がこの世界を離れている間私の分の仕事までカヤデに負わせていたのは事実です。ですが、今が一番大切な時だというのはカヤデも知っているはずです。私たちは、無事にいち様が嫁がれるその日まで天帝を欺き続けなければなりません。この秘密は誰にも知れてはいけない。何としても守らなくてはいけない」
顔色も悪く座り込んでしまった宮は、それきり口を開かなかった。
私は、何かとんでもない失態を犯してしまったのだろうか。容易に品物を受けとってしまったことが悪かったのだろうか。
「いち殿、すまなかった」
「カヤデ?」
「無理やり、唇を奪ってしまった。だが、これしか術がなかった」
「術がなかったって・・」
「術を解くにも掛けるにも、あの方法が一番簡単で早かった」
カヤデも沈んだ様子で、私とは目を合わせようとはしない。あかるさんを見ると、彼女もまだ動揺した様子だった。とても話を聞ける状態ではない。
「かけられた術を解くにはかけた術者と同等、もしくはそれ以上の能力の持ち主でないと解くことができません。今回のように急を要する解法には直接口からかけられた術を吸い出すのが一番なのです」
「私は一体・・どのような術を掛けられてたのですか?あの贈り物を受取ったことが何か・・」
「いち様は、何の落ち度もございません。こちらのミスです。現天帝の後見の一人にイマチの宮がいたというのに、警戒が足りませんでした」
アマツの宮はゆっくりと私を見た。まだ幼さが残るその姿には似つかわしくないその厳しい表情に私は少し恐怖を覚えた。彼が下界で私に仕えていてくれた時も含めて、このように取り乱したアマツの宮の姿を見たことはなかった。
「いち様に送りつけてきたあの手紙と贈り物は、サクの宮さまのお名前になっていましたが、実際はイマチの宮の手引きです。 あらかじめいち様に口付けし、自らの気が入りやすいように細工をしかけておいたのです。
サクの宮からの贈り物の簪となれば、いち様が天之宮に挿して参内される可能性も高くなる。最終的には、その簪を通じて、いち様を上手く操るつもりだったのでしょう。上手く気配は消していましたが、贈り物や手紙からイマチの気配がしました」
「兄、イマチの狙いは・・・」
カヤデが静かに言った。
「いち様ご自身に自分が男であるということを告白させ、失脚させるのが目的、と考えるのが普通ですが、いち様をこの世界から追い出すメリットが彼にはない」
「あの、イマチは私が男ではないかと疑っていました」
例え男であったとしても、天之宮には必要な血だとも言っていた。
一体九重の証を持つ人間は、どのような影響を天帝に与えるのだろう。
「そうですか。どこからその情報をイマチの宮が手に入れたか分かりませんが、本当に恐ろしい人です」
「兄の言うとおりだ。警戒したほうがいいだろう」
カヤデの言葉に、私はうなずいた。この世界に慣れ、ある程度の状況判断が自分でできるようになるまでは、大人しくしていたほうがいいだろう・・・。
しかし、今思い出しても身の毛がよだつ。天帝と面会したあの帰り道での出来事。
あの時はただ私をからかっただけだと思っていた。
「イマチの宮は、その生まれから天帝をあまり良く思っていない」
「カヤデ・・・」
あの一見優雅で、完璧な貴公子に見える彼の内に何が燻っているのだろう。アマツの宮が、続ける。