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終焉の時   作者: さき太
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第一章⑧

 少年は一人森の中で星を眺めていた。どれだけ星をなぞっても未来を読むことができない。自分がここに留まるべきか、動くべきか、その吉凶さえも見て取ることができず、少年は溜め息を吐いた。

 こんなことはいつ以来だろう。星を見て占うことができない、そんなことは、あの時、あの大戦の最中、自分がそれからすることが上手くいくのか、自分が宿願を果たすことができるのか、それが不安で占おうとしたあの時、あれ以来な気がする。あの時も、どれだけ先を視ようとしても、そこには何も見て取ることができなかった。占いは得意な方だった。他のどんな術よりも自分にとって馴染みが深く、得意な術のはずだった。自分の意思とは関係なく人間をやめさせられ、そして得た大きな力。自分には過ぎた力。それを戦う術として使用することを拒んだ自分は、その代わりに、身を守るため、大切なものを護る為、先を知り備えることに使用した。ただ必死に、自分自身と一度裏切ってしまった大切な友達を護る為、敵と相対するよりも逃げて隠れ生き延びるために、自分はその力を高め使い続けていた。だから、本来戦闘よりも、先を読み、人を読む事の方が得意なはずなのに。今はそれができない。それができないことに不安を覚えるのは、そうやって自分が進む道を選んできた時がながかったせいか。それとも、以前同じように先を読めなくなった時、結局、自分には何もすることができず、何も守ることができなかったからだろうか。弱く愚かだった自分を思い出す。戦うことを拒み、逃げて隠れるだけだった自分には何も守ることはできなかった。戦わざるを得ない状況に陥ったとき、自分は無力以外の何でもなく、なすすべもなく敗れ、奪われた。そしてそれを悔やんで、戦う術も身につけた。逃げて隠れるだけでは何も護れないから、今度は何よりも強く、何も奪われずに済む術を、敵を滅ぼし脅威を退けられるだけの力を求め、修練に励む日々をおくった。全ては、自分が犯してしまった罪を清算し、大切な友達に自由で平和な世界を返すために。失ってしまったものは返せない。でも、彼女だけでも幸せになって欲しかった。彼女から、大切な居場所も、家族や友達も奪ってしまった自分にできるのは、この命を賭してでも、その元凶となったモノを打ち倒し、逃げ隠れせずとも普通に生活できるようにしてあげることだけだと思ったから。でも、どんなに鍛えて強くなっても、自分ではアレの足下にも及ばなかった。結局は彼女に助けられ、そして彼女は死んでしまった。自分が守りたかったもの、助けたかったもの、それを完全に失って。なのに、自分はまだ生きている。まだ、死ぬことができずにいる。生きる目的なんて、彼女が死んだとき一緒になくなってしまったのに、それでも自分は生き続けるしかない。生きる目的がないからといって、自害するなんてきっと彼女は許してくれないと思うから。だから意味もなく生き続けるしかない。寿命で死ぬことができないこんな身体。人間をやめさせられたときのまま、子供のままで時間が止まってしまったこんな身体。こんな身体は負担でしかない。自分は弱く何もできない子供のまま、どう足掻いてもそれ以上成長することはできないのだと、自分の姿を見る度に思い知らされるようで嫌になる。本当は解っている。今も自分は弱く愚かなまま。何も成長なんてできていない。先が見えないからといって動かないのは、自分の弱さだ。動いて、自分が置かれている状況を知ることをしたくない。ここに居れば一人静かで何もないまま、何も知らないままでいられるから。今もまたそうやって自分はただ逃げ隠れしているだけ。でも思う。ここにいたら、ここにいれば・・・。

 「ヤタ。」

 そう自分を呼ぶ声がして、少年は声の方を振り返った。そして、そこにいた人物を見て薄く笑った。

 「ここにいれば、君が来る。そんな気がしてたんだ。」

 そう言って少年は、自分が人間だった頃、まだ普通の子供だった頃、この場所で出会いよくここで共に過ごしていた友達の元に歩み寄った。解っている。ここにいる彼女は自分の知っている彼女ではない。それでも、彼女が自分に何かを求めるのなら、何でもしようと思う。ここで待ってここに彼女が現れた、これは自分に与えられた宿命だ。ならばそれを受け入れ、導かれるままにそれに従おうと思う。それに彼女は自分をヤタと呼んだ、自分の友達だった人と同じように。なら、ここにいる彼女も、自分の大切な友達と同じ存在なのだと思うから。だから彼女のために自分にできることがあるのならなんだってしたいと思う。自分の大切な友達だった人にできなかったことを、ここにいるこの人に。それが贖罪。ただの自己満足だと解っていても。それでも今、自分がここにいる意味がそのためなのだと思えたら、少しは楽になれる気がするから。

 「久しぶりだね、沙依(さより)。いや、初めましてなのかな。君は、この状況がどういうことなのか理解してる?」

 そうきかれて、沙依は何処か困ったような顔をした。

 「わかるような、わからないような。予測はついてるけど確証はない。そんなとこ。ヤタは、あまり混乱していないんだね。」

 そう言われて、ヤタは少し俯き気味に、別に混乱するようなことは何も起きてはいないからね、とこたえた。

 「ヤタは状況が解ってるの?」

 「解らない。でも、僕は今ここにいて、それに何一つ不自由を感じていない。なら、なにも気にすることなんてないでしょ。僕には何もない。僕が求めるものはただ、平穏と静寂だけ。何も起こらなければ何もしない。ただそこに在る。それが僕。何が起きていても、何が起ころうとしていても、僕には関係ない。僕からは何も動かない。例えそのせいで何が起きようとも、自分の身に何が起きても、その全てを受け入れて、静寂の中に沈んでいく、それが僕の選んだ生き方なんだ。そんな僕がいったい何に動じれば良いの?突然ここに飛ばされてしまったこと?死んでしまったはずの君が今こうして目の前にいること?それとも、君がまるで僕を知っているかのように親しげに接してくること?」

 静かな声でそう言って、ヤタは沙依に視線を向けた。

 「同じ場所だけど空気が違う。同じ人だけど雰囲気が違う。ここは僕が知っている場所じゃない。君も、僕が知っている人ではない。なら僕は?僕は君が知っている僕なんだろうか。君にとっての僕はいったいどういう存在なんだろうか。僕にはそれが解らない。でも、君は僕を訪ねてここに来た。僕がここにいると確信して、僕に用があってここに来た。それだけが僕と君がこうして顔を合せている理由。そして今生まれた僕の存在の意味。それが解っていれば、それ以外は解る必要なんて無い。僕はただここに在る。そして自分では動かない。でも、望まれるのなら、それに応えるのも悪くない。君は、僕にどうして欲しいの?」

 そう真っ直ぐ自分を見ながら静かに語るヤタを見て、沙依は辛いような悲しいようななんともいえない思いに胸が少し苦しくなった。(こう)君がわたしが知っている功君と違っていたように、磁生(じせい)がわたしの知っている磁生と違ったように、ヤタもやっぱり違う人。ここに来た皆は、わたしが知ってる皆より弱くて、ずっと重たいものを抱えてる。同じ経験をして、同じ傷を持っているはずなのに。抱えているものは同じはずなのに、全然違う。わたしの知らない未来。昔わたしが視た、もう来ることがないあの未来とよく似た筋道を辿る、でもわたしが大戦後生き延びることがない未来。ほんの少しの何かの差が、こんなにも人のその後を変えてしまうなんて。解っていたようで解っていなかった。実際こうして自分の知らない時間軸から来た皆と会うまでは。繰り返しの運命の中で、数多の分岐の中で、兄様(あにさま)と神様になった方のわたしはいったいどれだけの先を見て、どれだけの先を繰り返していたんだろう。わたしの知っている、彼らと過ごしたわたしが大切に想っていた人たちが、こんな風に傷を抱えたまま苦しみ続けている未来は、兄様達が繰り返してきたその数多の時間の中にどれだけ存在しているんだろう。兄様の目的は、わたし達最初の兄弟が、兄様(長兄)を除いた弟妹達が、平穏無事に過ごせる未来に今を導くこと。そして、父様の人形であり感情を持たなかった末姫(わたし)に感情を芽生えさせ普通の人にすることだった。わたしに感情を与えるために、兄様は最初、精神支配の能力でわたしに兄様の感情を植え付けた。そしてそれがちゃんとわたしの感情として機能するように、わたしがちゃんと自分の感情を持てるようになるように、繰り返し繰り返し、あえてわたしを苦境の中に落とし、追い詰め続けた。その一環として、わたしに近しい人達を苦しめることぐらい、兄様ならやりそうだと、あえてそういう場面をわたしに目撃させるために繰り返しその未来に導くようにしていたのではないかと勘ぐってしまうのは、考えすぎだろうか。もしそれが事実なら、兄様が末姫(わたし)とひたすらに繰り返し続けた兄妹喧嘩は本当にどうしようもないくらい罪深いものだと思う。ここもその未来に導こうとして挫折した、この今に存在している兄様が、自分がしてきたことは何をしても償えるものではないと思っているし、赦されたいとも思っていないと言っていたのは、自分のしてきたことの、そしてしようとしたことの罪を認め、受け入れているからだろうか。兄様にとって、わたしの代わりに父様(ととさま)の贄にならなかった、自分が存在できる今なんて、贖罪の機会を失い自分の罪と永遠に向き合い続けなくてはいけない今なんて、他のどんな未来より地獄なのかもしれない。その苦痛の中、兄様はいつも通り、ただいつも通り、自分の事は多く語らず、本心は表に出さず、自分の役割を粛々とこなして過ごしていた。でも兄様は、本当はずっと贖罪の機会が来ることを待っていたんじゃないだろうか。だから、行徳(みちとく)さんは末姫(すえひめ)と共に行ってしまった。神様になってしまった方のわたしに手を引かれ、一緒に行ってしまった。多分ここには戻らないと言っていた、それは、自分が神様の贄になることで何かを成そうとしているのではないだろうか。神様の贄になる。それは、神様の孤独を癒やすための付き人になると言うこと。今までそれを望まなかった末姫が自分と共に在る贄を望んだのはどうしてなのか。行徳さんは言った、どうして神様になった方のわたしが実態としてここに現れたのか、と。その意味を考えようとしたとき、沙依は思考に靄がかかるようにその先を考えることができなくなった。頭が重い、ぼーっとする。でも、もう少し。もう少しで、何かが解る気がするのに。そう思うのに、いくら考えてもその先に何も思い浮かばなくて、沙依は焦燥感をおぼえ苦しくなった。

 「沙依?」

 そうヤタの声がして、沙依はハッとした。そうして彼の方を見るとそこに、どこか困ったような申し訳なさそうな顔をした彼がいた。

 「ごめんね。意地悪を言って。」

 ヤタから発せられたその言葉に、沙依は疑問符を浮かべた。

 「僕は弱くて愚かだ。今も、僕が動く理由を、その意味を、君に全部丸投げして、君に全部責任を押しつけようとした。僕は怖い。自分が正しいと思ってした決断が、行動が、結局いつも裏目に出て、望まない結末を運んで来る。だから僕は、自分で考えることが、動くことが怖い。大切なものがなければ、執着する何かがなければ、自分が傷つかずにすむから。だから極力人と関わり合いたくないとも思ってる。でもね、それでも僕は願うんだ。大切な人の力になりたいと。君は僕の知っている君じゃない。でも、僕にとって君は掛け替えのない友達だった。だから、君が訪ねて来てくれて嬉しい。そして、僕にできる事があるのなら、何でも協力させて欲しい。ダメかな?」

 そうさっき言われた事を違う言葉で言い直されて、沙依は一瞬ポカンとして、そして笑った。

 「ありがとう。ヤタ。ヤタは弱くないし、愚かでもないよ。ヤタは強い人だよ。凄く、立派な人だよ。ただすごく運が悪いだけ。そして、何でも一人でしようとしたことが悪かっただけ。」

 そう。そうだった。ヤタは強い。出会った頃から、ヤタは強い人だった。人より優秀に生まれてきてしまった。幼くして、本当は子供が理解できなくても良いような色々なことを理解できてしまった。普通の子供でいられなくて、だから苦しくて、周囲に馴染むことができなくて。息抜きをするために一人になれる場所を求めてここに辿り着き、でも、逃げ出すことはしなかった。ちゃんと自分の役割を果たそうと、人の期待に応えようともがいていた。年相応に幼い心に寂しさを抱えながらも、理解されない孤独に蝕まれながらも、一人耐えて、一人努力して。そんな彼を見付けたとき、そんな彼が自分の大切な人達と重なった。だから、わたしはそんな彼の理解者でいたかったんだ。一人泣いてるヤタに一人じゃないよって伝えたかった。でも、ヤタと出会ったときのわたしにはどうすれば良いのか解らなくて、だからただ彼の前に姿を現して、そして一緒にいた。戦場から帰ってきた後いつも泣いてたシュンちゃんに、どう接せれば良いのか解らずただ傍にいたように。ただ一緒にいて、ただ一緒に過ごしていた。なんでここにいるヤタが自分の知っている彼より弱いなんて思ってしまったんだろう。そんなことはない。やっぱり、ここにいる彼も彼だ。自分の弱さや愚かさを悔やんでも、それに逃げたりしない。自分には何もできないと端から全てを投げ出して、できることを放棄したりしない。人を避けても拒絶しない。傷つきたくなくて消極的ではあっても、誰かに望まれたときその期待に応えられるように、きっとずっと努力は怠らなかった。誰にも解ってもらえなくても、認めてもらえなくても、一人で、ずっと一人でもがき続けてきた。同じ轍は二度と踏まないように、考えて、考えて、そして努力して、努力して。そんな風に時間を費やす彼を想像するのは難くない。そんな彼が弱いわけがない。弱いはずがなかった。そう思って、沙依は自分がここに現れた人達が自分の知っている彼らと違うと感じたからと、勝手に自分が知っている彼らより劣っていると決めつけてしまった事を恥ずかしく思った。

 

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