第一章⑦
少し微妙な空気になった監房で、磁生がそれが耐えられないという様子で話題を変え沙依に話しかける。
「で、俺に確認したいことってなんだ?」
そう話しをふられて沙依は一番聞きたかったことは聞いちゃったしなんて思いつつ、でも何か聞かないとおかしいとよねなんて考えて、適当に、何が起きてるんだか訳がわからなくてさ・・・なんてぼやいて話しを始めた。
「とりあえず、事実確認?功君の話では、ここに来る直前、ヤタの家で、功君とヤタと磁生、そして郭さんが一緒にいた。郭さんが最近見る夢の話をして、ヤタが郭さんを視ようとしたら、気が付いたらここにいたってことだけど。合ってる?できれば、ヤタを訪ねる事になった経緯も踏まえて詳しく教えて欲しいんだけど。皆から詳しく事情を聞けば、どうして皆がここに来ちゃったのか原因がみえてくるかもしれないしさ。取り調べで話したこと重複しちゃうかもしれないけど、わたしにも教えてくれないかな?わたしには皆と一緒に過ごした記憶がある。どうやら、わたしが視た未来と皆がきた所は違う所みたいだけど。でも、知ってる分、わたしなら気づけることもあるかもしれないしさ。」
そんな沙依が言った適当なことに対し、磁生は真剣な顔をして、詳しい経緯ね、と考えるように呟いた。
「なんつーかな。どっから話せば良いもんなんだか。まぁ、なんだ。とりあえず、大戦後は何もなくてな。本当、良いことも悪いことも何もなくて。大戦前に喧嘩別れみたいになってた郭達とも、なんだかんだでまた絡むようになって。あいつら、俺のあまりにも荒れた生活見て、お節介にもしょっちゅう人のとこ来ては、酒は取り上げてくるわ、説教してくるわで。本当ほっといてくれって感じだった。でも、まぁ、おかげさまで、一人で酒に溺れて引き籠もりしてた頃よか、まともな暮らしできるようにはなってな。でも、やっぱな、失っちまったモノのでかさが半端なくて。立ち直るなんて到底無理な話でさ。人と関わんのがマジでしんどくて。淑英とかマジで来んなとしか思えなかったし、堅仁のこともちょっと、な。正直、あいつらに構われるのが苦痛で、一人にして欲しくて。でもな。郭とだけはそんな気負わず居られるというか。ってか、あいつも俺と同じだったしな。目の前で、自分はどうすることもできず、大切な女を失って。だから、お互い通じ合うところがあるというか。お互い、淑英の襲撃に辟易してたし。ってか、あいつのなんとか俺達を立ち直らせようとする気遣いが苦痛で仕方がなくてさ。でも、あいつが本気で俺達が壊れねーか心配してんのも解ってるから無下にもできねーしで。とりあえず誰かと居りゃホッはするみてーで多少静かになるから、おのずと郭と俺で一緒にいることが多かったんだよな。郭は元々そんな喋る方でもないし、解ってる分、お互い何も言わねーし、言わせようともしねーし。一緒にいるからって、別にこれと言って何かするわけでも話すわけでもねーんだけど、気は楽だった。で、まぁ、そんな感じでとりあえず一緒にいて、茶を飲みながら気が向くとたまになんか世間話しして。端から見るとあいつら何してんだって不気味に見えるんじゃーねーかなって感じの付き合いを、あの大戦後ずっと郭とは続けてたわけ。あの日も、別に何かするわけでもなく郭と茶飲んでたんだけど。なんとなくあいつの様子がおかしくてさ。で、きいてみたら、毎日同じ夢を見るって。春麗によく似た女が夢に現れて、そいつに呼ばれるんだと。似てるけど、違う女なんだよなって。違うって解ってんのに、どうしようもないくらいその女に会いたい自分がいて、その女を求めてる自分がいて、なんて。くっそ真面目なあいつらしいというか、なんつーか。もう春麗は死んでるし、そもそも生きてたとしても夢の中の話しで、夢の中で他の女と何しようと浮気にはなんねーだろって感じなんだが、あいつマジで頭悩ませててさ。あまりにも深刻な顔するから。ついな。そんな毎日、同じ女の夢見るとか、なんかあんじゃねーのかって。春麗に似てるって、あいつの生まれ変わりにでももうすぐ逢えるって、そういう暗示かなんかじゃねーのって適当なこと言っちまって。そんなこと言ったら、あいつマジにしたって言うか。期待に目を輝かせちまってさ。なんつーの。適当なこと言った分、後ろめたくなったっつーか。で、なんだ。実際どうだか解んねーし、どうせならちゃんと視てもらおうって言って。そういうのが得意っていうか、ちゃんとそういうことができる高位の仙人の知り合いなんて、老師くらいしかいねーから、老師のとこ行くことにした。で、実際に視てもらったら、郭を視た瞬間、老師がスゲー驚いたっていうか、焦ったような顔して。その扉を開いてはダメだって、叫んだのは覚えてんだけどな。俺も覚えてるのはここまでだ。それで、気が付いたら目の前に死んだはずのあいつがいてさ。夢でも見てんのかと思ったね。正直、今も頭が追いついてねーよ。なんだろうな。話し聞いてっと、ここはあまりにも俺の理想の世界過ぎてさ。大きな戦争も起きねーし、その上小競り合いもなくなって、あいつがなくしたくないモノなくさないまま平和に過ごすことができるとか。あんたも俺の知ってるあんたと全然別人で。あいつの話してた友達が、あんな人の心がないような冷たいお人形じゃなくて、こんなんだったら良かったのにとかって思ってる俺の願望がこれを見せてんのかって。ついに俺は完全に頭おかしくなって、自分の妄想の中入っちまってんのかなとか。全部が夢みてーで、本当、訳がわかんねーよ。」
そう言って磁生は思い悩むように頭を抑えた。
「例えこれがあなたが望んであなたが見ている夢だったとしても、それが何か問題なの?望む夢を見ているのなら、夢に溺れてしまえば良い。だって、今の磁生にとってはここが現実。夢だと思っても覚める手段はない。自分が病んでしまって現実から逃げてるだけかもしれないなんて、考えて無駄なことだよ。実際そうでも、今、ここにいる磁生はちゃんとこうして生きていて、身体も心もちゃんと動いてる。傷ついてるかもしれない。傷は癒えていないかもしれない。でも、壊れてなんかない。ちゃんと一人の人として、ちゃんと正常な人としてここに存在してる。なら、例えここが夢でも現でも同じ事。磁生はただ磁生として、ここで普通に生きていれば良い。どうせそれしか今はできないんだから。考えても答えが出ないことをひたすら考え続けてもいい事なんてないよ。どうせ良い夢見てるなら、夢の中ぐらい、自分が幸せになれるように行動してみても良いんじゃないかな。夢だったらなんて考えるより、夢でも良いからって思いなよ。」
「そうはいってもな。これが夢で、これに溺れちまったら、俺は現実に戻ったとき、耐えられない。夢の中が幸せなら幸せだった分、夢から覚めたとき、絶望しかねーだろ。だって、俺は知ってんだ。ここにある俺の幸せが、実際の俺からはもう永遠に失われてるって事を。絶対に俺のもとには戻ってこねーって。解ってんのに、一からやり直して、もしまた手に入れることができて。そしたら、その先は失うしかねーんだ。ずっと自分の手の中に収めとくことなんてできない。どうせ夢なら、何で俺は全部覚えてんだろうな。覚えてなんかいなけりゃ、こんなこと考えずにすむのに。」
そう言って疲れ果てたように笑う磁生を見て、沙依は視線を逸らした。
「磁生は根が真面目だから。郭さんのことくそ真面目だって言うけど、磁生も大概だよ。弱い癖に、目を逸らしたり逃げ出すことに不器用で、そうすることが後ろめたくて。目を逸らしたり逃げ出したとしても、結局はそうしたことに苦しんで縛られて、本当に投げ出してしまうことも逃げ出してしまうこともできない。開き直ることができない。だから潰れちゃう。忘れたいなら、忘れさせてあげてもいい。コーエーにお願いすれば、思い出したくないことは全部忘れさせててくれる。忘れて、何も考えず過ごせるようにしてくれる。でも、それを望まないなら、苦しんで、苦しんで、それでも生きて。生きてもがき続けて。夢から覚めたときのことなんて、夢から覚めてから考えれば良い。夢から覚めた時、そこに絶望しかなくあなたが壊れてしまうなら、きっとそれがあなたの運命。でも、そうじゃない運命だってあるかもしれない。解らない先を恐れて、今を無下にするのは愚かなことだよ。でも、ここでどう過ごすのか。それを決めるのは磁生自身。もしここが現実でも、結局違う時間軸から来たあなたにとっては夢の中にいるのと変わらない。来たときと同じように、気が付いたら元の場所に戻っているということもあるかもしれない。なら、いつか帰るときのことを考えて、自分の心を守るために、余計なことをしないでやり過ごすというのも一つの選択なんだと思う。これが夢でも現でも、あなたがここに導かれた、その事実は変わらない。だから、わたしはあなたがここに現れたこの運命を、あなたにとって有意義なものにして欲しい。今の磁生の前には沢山の選択肢がある。だからよく考えて、この夢をあなたなりに謳歌して。そしていつか目が覚めたとき、良い夢が見れたとあなたが心晴れやかであるように。わたしはそれを願うよ。」
そう言って立ち上がると、沙依はじゃあわたしはこれで失礼するよと磁生に声を掛けた。それを受けて、疲れ切ったような顔で自分を呆然と眺める磁生に、沙依は微笑んだ。
「あとはヤタにきくから。磁生はゆっくり休めば良いよ。こんな所でゆっくり休めって言うのも変かもしれないけど。もし何かあったら頼って。今のわたしに大した権限はないけど、それでもそれなりに顔はきくしね。何か困ったことがあれば力にはなる。わたしの名前は児島沙依。旧姓、青木。元第二部特殊部隊の隊長で、今は緊急時支援民間部隊の統括をしてる。なにかあったら訪ねてくれば良いよ。まぁ、何もなくても訪ねて来て良いけど。じゃあね。」
そう言って沙依は、磁生の返事を待たず、彼が収容されている監房から立ち去った






