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終焉の時   作者: さき太
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第一章⑥

 「やあ、磁生(じせい)。会いに来ちゃった。」

 裕次郎(ゆうじろう)の手引きのもと、見張りにバレないように特殊な方法で磁生が収容されている監房に侵入した沙依(さより)は、侵入したもののどう声を掛ければ良いのか解らなくて、簡素なベットに腰掛け格子窓の外を眺めていた彼にそう声を掛けた。酷く驚いた顔で磁生が振り向く。混乱した様子の彼に大きな声を上げられて、沙依は慌てて彼の口を塞いで、静かに、静かにと声を掛けた。

 「一応、バレないように色々細工してるけどさ。それでも、シーだよ。あんま大きな声出さないでよ。内緒できてるし。見張りの人にはバレなくても、騒がれると後で怒られそう。ここに入れてくれた人に。だから、お願い。静かにして。」

 そう沙依に言われて、一瞬あっけにとられたような顔をしてから、磁生が呆れたように、じゃあ脅かすようなことするなよと返した。

 「あんたは俺のことが解るのか。あいつは俺のこと全く解らなかったのにな。」

 そう言われて、沙依は困ったように笑った。

 「しかたないよ。シュンちゃんはわたしみたいに未来を視ることができないから。」

 「つまり、やっぱここは過去なのか。あいつが生きてて、あんたも生きてて。この国が存在してて。未来が視れるあんたには俺が解るが、そういう能力がないあいつは俺のことを知らない。なんだかな。あんたと出会うときはいつもムカつくな。どうしてこれがあいつじゃないんだって、どうしてもあんたとあいつを比べちまう。初めて会った時は、なんてあいつは殺されたのにあんたは生かされてんだって苛ついて。今は、なんで俺のことが解るのがあいつじゃなくてあんたなんだって、ムカついて。どうしようもねーな、俺は。」

 そう言って苦笑する磁生の陰った瞳を見て、沙依はやっぱこの人は自分の知ってる磁生じゃないなと思った。自分が知っている彼より、今目の前にいる彼の方が荒んでる。いや、荒んだままでいる。目の前にいる彼は、シュンちゃんの死を乗り越えるどころか受け入れることすらできず酒に溺れていた、出会ったばかりの頃の彼とそう変わらない様に思う。彼もまた、大戦後の時間から来ているはずなのに。自分の知っている時間軸の彼なら、大戦後には乗り越えることはできなくても受け止めはできるようになっていたのに。二人とも、わたしが視た未来とは随分と違う感じのとこから来たんだな、そう思うとなんだかやるせない気持ちがして、沙依は少し苦しくなった。

 「なんつーか。あんたは俺の知ってるあんたと様子が違うな。ここが過去だからか?昔のあんたはそんな普通の人間みたいな顔してたんだな。俺の知ってるあんたは、人形みたいで、全然人の感情なんてもんを感じさせなかったけど。まぁ、色々あったみてーだからな。俺のいた未来に辿り着くまでに、あんたはすっかり壊されちまったってことか。あんたも随分とひでー目にあってたらしいしな。」

 そう言って何故か申し訳なさそうなそれでいて自分が酷く傷ついたような顔をする磁生を見て、沙依は笑った。それを見て、磁生が不機嫌そうに顔を歪めて、なんで笑うんだよと言う。

 「いや。磁生は磁生だなって思って。磁生ってさ、わたしのこと嫌いだったでしょ?で、今、自分の知ってるわたしとここにいるわたしの違いみて、わたしに対して悪かったなとか思ってるでしょ?」

 そうきくと、磁生がばつの悪そうな顔をして、沙依はまた笑った。それを見て、磁生が何かを諦めたように溜め息を吐く。

 「正解だよ。俺はあんたが嫌いだった。そんでもってあんたに対して随分酷い態度もとったし、暴言吐きまくったんだよ。ってか、未来視たなら知ってんだろ。悪かったな、あんたのこと勘違いしてたみたいで。でも、俺も余裕なかったし、仕方ねーだろ。ってか、あんた。そんなに笑う奴だったんだな。どうすればこんなあんたがあんな風になっちまうんだか。よっぽど地獄見て、それで。それでもあんたは多くを護る為に全てを背負って戦ってたって考えると、もうちょい優しくしてやりゃ良かったとか思っちまうんだよ。俺がもうちょいちゃんとあんたのことみてやってれば、あんたは死なずにすんだのかなって。俺が思い込みであんたのこと嫌って、それであんたを一人で行かせなけりゃってな。本当。ここが過去なら、あんな未来来なきゃ良い。やり直せるなら全部、本当全部、やり直して。俺にできる事があんならなんだってするから。あんたもあいつも、あんな風にならずにすむ未来になって欲しい。」

 そう言って頭を抱え、涙を堪えるように黙り込む磁生をみて、沙依はそんな未来はここでは来ないよと声を掛けた。

 「なんていうか、ごめんね。訂正しておくと、ここはあなたがいた時間の過去じゃない。ここはあなたがいた時間の流れとは違う時間軸にある。わたしが視た未来も、あなたがいた時と違うもの。そして、その未来さえももうこの時間軸で起きることはない。その未来を視たその時から、その未来に至らないように奮闘して、そして手に入れた。ここは大きな戦争が起きることのない世界。人間とターチェの全面戦争も、わたし達が出会ったあの大戦もここではもう起きることがない。だから、この時間ではこの国は滅びることなく、そしてターチェ同士の間に当たり前にあった戦争もなくなった、ここは平和な世界だよ。だから、ごめんね。わたしは確かにあなたという存在を知ってる。でも、わたしが知ってるあなたと、今ここにいるあなたは違う人で、わたしはあなたとわたしがどういう関わりを持っていたのか解らない。ここにいる、今目の前にいるあなたと過ごした思い出は、わたしの記憶の中には存在しない。わたしの記憶の中では、わたしはあの大戦の最中あなたに助けてもらって、あなたに命を繋げてもらった。わたしを生かすためにあなたは必死になってくれた。そして生き延びたわたしとあなたは良い友達だったと思う。少し何かが違っていれば、そういう未来もあったんだよ。だから気にしないで。わたしはあなたが優しい人だって知ってる。案外面倒見が良くて、人を見捨てられない人だって。だから、あなたがわたしを一人で行かせたなら、そのときのわたしに別に心配するような異常がなかったって事でしょ。それでも、その時まで手を貸してくれていたんでしょ。わたしのことが嫌いでも、わたしのことを助けてくれたんでしょ。そう確信できるから。あなたのいた時間のわたしの最後がどういうものだったとしても、絶対にあなたは悪くない。シュンちゃんのことも。あなたは悪くない。一緒にいたからって、どうしようもないことだってある。あなたがあの場に連れて行こうといかまいと、きっとシュンちゃんは殺されてた。あの人はシュンちゃんの魂が欲しかった。ターチェの始祖となった最初の兄弟。地上の神から地上を治めるための力を譲られた、その兄弟の魂の一つを。だから、自分を責めないで。わたしの知ってる方の磁生がね、言ってたよ。シュンちゃんが死んだとき、シュンちゃんは笑ったんだって。笑って、磁生の頬を撫でたって。大丈夫、泣かないでって言われたみたいだったって。だから、シュンちゃんはあなたといられて幸せだったと思うんだ。あなたといてシュンちゃんは救われたんだと思う。だからね、自分を責めないで。わたしは感謝してる。例えあなたがわたしの知っているあなたとは違う人だったとしても。わたしを助けてくれたこと。シュンちゃんの傍にいてくれたこと。わたしはあなたに感謝してる。わたしにとってあなたは、最も信頼の置ける友人の一人だよ。ここにいるあなたとははじめましてでも、この信頼は揺るがない。」

 そう語りかけると磁生が、本当、あんたは俺の知ってるあんたじゃねーなと震える声で呟いて、そのまま堰が切れたように泣き出して、沙依は、何も言わずそこで彼が落ち着くのを待っていた。

 暫くして、落ち着いた磁生が、見苦しいとこ見せたなと言って苦笑する。

 「ところであんた。俺に会いに来たって、俺になんか用だったのか?言っとくけど、知ってることは全部一通り話したし、隠してることなんて何もねーぞ。」

 そう切り替えた磁生に言われ、沙依はわかってるよそんなこととこたえた。

 「ただ、わたしじゃないと解らないこともあると思って。(こう)君から話しを聞いて気になってる事もあるし。だからちょっと確認したいことがあってさ。」

 「功もここに来てんのか。じゃあ、老師や(かく)もいんのか?」

 「解らない。でも、来てると思う。今のところ、ここに連行されてるのは功君と磁生だけだけど。磁生はシュンちゃんの所に現れて、功君もこの国、つまりわたしの居るところに現れたって事は、二人ともこの時間に飛ばされたとき、縁によってその場所に引き寄せられたんじゃないのかなって思うんだ。功君とわたしの縁より、磁生とシュンちゃんの縁の方が深かったのが、縁のある人との距離に差をつけたんじゃないかなって、わたしは考えてるんだけど。」

 「それなら、老師もあんたの近くに現れてんじゃねーのか?あんたと老師は、老師が人間だった頃からの仲だろ。功よりずっと、老師の方があんたと縁が深く思うんだけど。それに郭だって、ここじゃあんたとくらいしか縁がないんじゃねーのか?だからその理屈だと、老師と郭もあんたからそう離れてないとこに現れてないとおかしいだろ。」

 「縁とはなにも人との関わりだけじゃないよ。そもそもヤタは出身がこの国の近くだし。ヤタには思い入れのある場所がある。ヤタが人間の普通の子供だった頃、上手く周りに馴染めなくて逃げ場にしてた、ヤタがいつも一人で過ごしてた秘密の場所。ヤタとわたしが初めて会った場所。わたし達が交流を重ねていた場所。わたし自身より、ヤタはそっちに引かれたんだと思う。この国の中じゃ、確かに郭さんはわたしとくらいしか縁はないだろうけど、わたしと郭さんはそんなに関わりないし、もっと縁が深いところがこの世界の何処かにあるんじゃないかな。」

 「そんなこと言ったら、俺や功ももっと縁が深い場所があるんじゃねーのか?」

 「本当に?磁生にとって一番心を占めているのはシュンちゃんじゃないの?それ以上に磁生が執着してるものってあるの?功君にとって、窮地に立たされたとき手を差し伸べてくれた師匠(わたし)は特別な存在だった。ヤタの人生において、わたしとの友人関係は切っても切り離せない楔。多分、その人の中で一番執着している事象。一番手放せない思い出。それに繋がる場所に皆現れる。なら、郭さんが現れるのはわたしの所じゃない。郭さんとわたしにはそんな縁は何もない。」

 そんな沙依の言葉を受けて、磁生は考えるように難しい顔をして視線を落とした。

 「あいつが執着するもんなんて一つしかねーだろ。」

 そんな磁生の呟きに、沙依も同意する。

 「だからわたしは、郭さんはこの世界にいる天上の娘さんの所に行ってるんじゃないかなって思うんだ。ただ、わたしはこの世界で天上の娘さんに会ったことはないし、本当に存在してるのかも解らないんだけどね。だから、郭さんの居場所だけは想像すらできないんだ。」

 そんな沙依の言葉に磁生はなんとも言えない顔をした。

 「あんたの言うことが正しくて、郭が春麗(しゅんれい)のとこにいるとしても。俺があいつと会った時みたいに、春麗は郭のことがわかんねーんだろ?二度と会えないと思ってた奴に会えても、そこには共に育んできたはずの絆も、自分への想いも何もなくて、ただ一方的にこっちだけが覚えてて、一方的に・・・。そしてその想いは当然受け止めてもらえるわけがない。そりゃな、初対面の奴にいきなりくっそ重い愛を押しつけられても気持ち悪いだけだろうけど。でもな、全部覚えてるこっちはキツい。マジで。郭は大丈夫かね。まぁ、あいつらは元々互いに一目惚れみたいなもんだから、案外出会った瞬間両想いとかなってて、記憶があるとかないとか関係なく上手くいってんのかもしんねーけど。でも、それがそうじゃなくて春麗に拒否された郭とか、悲惨以外のなんでもねーよな。」

 そう心底心配そうな顔でぼやく磁生を見て、沙依は、やっぱりそっちの世界でも春麗さんはお父さんと心中する選択をしたんだねと呟いた。それに対して、磁生が選択の結果なのかねと呟き返す。

 「あんたの視た未来でもそうみたいだけど、俺は郭達についてってないからな。実際のとこ春麗の最後がどうだったのか知らねーんだ。確かに父親と無理心中したらしいが、話しを聞く限り、自分で選択したというより、そうするしかなかったって感じだったみたいだけどな。一緒に行った郭も堅仁(けんじん)も戦闘不能で、このままじゃ全滅って状態に陥って、唯一余力が残ってた春麗が父親を道連れにしたって話しだ。堅仁はその場面を見てねーらしいが、ちょっと早く意識が戻った郭は、その現場を見ちまったらしい。まったく、間が悪いというか、なんというか。大切な女が死ぬとこなんて、見ないですむなら見たくなかっただろうにな。いくら春麗の遺体が見つからなかったって言っても、そんな場面見ちまったら、実はどっかで生きてるかもしれないなんて希望も持てねーしな。本当、あいつもつくづく運がない。」

 そんな磁生の話しをきいて、沙依はなんとも言えない気持ちになった。そんな沙依の微妙な表情をどう受け取ったのか、磁生はごまかすように苦笑した。

 

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