第一章④
春李への聴取を終えた裕次郎は、視線を功に戻し、再び彼の聴取をはじめた。
「さて、君に話を戻すけど。君ともう一人の侵入者、磁生の関係について聞かせてもらおうか。」
「関係も何も、別に。磁生さんと僕は顔見知り程度の関係で、特に親しくもないです。僕がお世話になっていた老師と親交があるようで、時々彼を訪ねて来ていて。それで知り合って。顔を合せれば挨拶を交わす程度で、個人的に親交があるわけでは。師匠の最後を聞いたのも、僕に語ってくれたというより、老師に話していた時に僕も居合わせただけで。僕が師匠の弟子だと知って気に掛けてくれて。少し話しはしましたが、それだけです。」
「じゃあ、君たち二人がここに来た事に関して、何か心当たりは?明確な原因でなくても良いけど、何か共通点とか。君は、ここに来る直前は何をしていたの?」
そう問われて、功は一瞬ハッとした顔をして、でも違うかと呟いた。それを聞いた裕次郎が、何が?と突っ込む。
「いえ。なんというか。僕がここに来る直前、彼も一緒の所にいたなと。でも、一緒にいたのは彼だけではないし。彼と僕だけの共通点ではないかと思って。それに、あの時はただお茶をしながら四人で世間話をしていて。そんなきっかけになるようなことなんて・・・・。」
「四人?」
「はい。老師の所に、磁生さんともう一人、客人が来ていて。僕はお茶を出したり、おもてなしを。折角だから僕も座って一緒にお茶にしようと言われて、僕もその場にお邪魔することに。でも、本当に世間話をしてゆっくりしていた感じで。調子はどうとか、天気の話しとか、最近あったこととかそんな話ししかしていなかったですし。最後に一緒にいたというのは関係ないのかと。もしそれが原因なら、他の二人もここにいないとおかしいですもんね。」
そういう功の言葉を聞いて、裕次郎は、因みにもう一人の客人って誰?と問うた。
「郭さんという男の方です。あぁ、そういえば。あの時、郭さんが、ここのところ毎日同じ夢を見るって。いつも大きな扉の前に立っていて、その扉が開くと、そこに亡くなった恋人がいて、二人で再会を喜ぶ夢を見るって。それが妙に現実的で、頭から離れないって言っていました。でも、そこに立っていた女が本当に彼の恋人だったのか解らないって。確かにそうだと思うのに何か違う気がするって。でも、本当にそこに自分が求める女がいる気がして、夢の中と同じように彼女と再会することを渇望している自分がいるって。それで、眠りにつくのを心待ちにしている自分がいるって。戦争で恋人を亡くしたことからまだ立ち直れないようで、自分がそこまで病んでしまっているのかと思うとなんとも言えなくなると言っていました。それを聞いて、老師が、毎日同じ夢を見るというのは何かの暗示なのかもしれないって、郭さんを視ようとして。そこまでが来る直前のことで、そうしたら気が付くと僕はあそこにいたんです。もしかして、老師が郭さんを視ようとしたことが何か関係あるのでしょうか?でも、じゃあ、どうしてここに来ているのが僕と磁生さんだけなんでしょうか。」
「あるいは、他の二人もここに来ていて。まだ見つかっていないだけ、ということかもしれないね。一応、その二人もこちらに来ている想定で手配書を出しておこうか。余計ないざこざが起こる前に保護した方が賢明だ。」
そう言うと裕次郎は、何かを考えるように難しい顔をしている隆生に視線を向けた。
「今の話しを聞いて、君は何か引っ掛かることでもあるの?」
そう話しをふられて、隆生がいやと答える。
「引っ掛かるというか。そいつの知り合いがしてた夢の話しがちょっと、沙依が視た未来と似てる気がしてな。確か、大きな扉を挟んでお前の知り合いが二人向かい合ってる未来を視たんじゃなかったか?その二人って言うのが、この時間軸には存在しないはずの奴だとかなんとか・・・。」
そう隆生に視線を向けられて、沙依は難しい顔をして口を開いた。
「多分、郭さんが見た夢は、さっきわたしが視た未来と同じ物だと思う。わたしは確かに、大きな扉を挟んで郭さんが誰かと会う未来を視た。扉の向こうにいた人物をわたしはちゃんと確認できていないけど、言われてみればあれは春麗さんだったかもしれない。いや。でも・・・。」
そう口にして、ふと功が左手にしている腕輪が目に入って、沙依はそれと呟いた。
「功君、その腕輪。」
「あぁ、これですか?これは師匠から頂いたものです。宝具としての効果はありませんが、そのぶんどのように使うこともできる。いつか僕が必要だと思った時に、それに合せて調整し使うようにと。多分、宝具を作る際の練習用素材としてくれたんだと思います。」
それを聞いて沙依が戸惑うように、功君は戦中にそれを使っていないの?と呟いた。
「ここにいる功君はあの戦争を体験し、戦後ヤタのもとで暮らしてた。なのに、それを使っていない。その腕輪がそのまま功君の腕にある。つまり、功君は、天帝討伐戦に参戦していない?」
そんな沙依のぼやきを聞いて、功が天帝討伐戦とはなんですかと首を傾げる。
「大戦中天上界で起こっていたいざこざを功君は知らないんだね。話しを聞いて、わたしの知っている未来と違う未来から来たんだってことは解ってた。ここにいる功君の世界ではわたしは死んでいるし、功君自身、わたしが知ってる功君より未熟だ。でも、思っていたよりずっと違ってるのかも。」
そう言って沙依は立ち上がると、裕次郎に視線を向けた。
「ユウちゃん。ごめん。わたし、ちょっと確認したいことがある。磁生に会わせて欲しい。あと、多分、わたしならヤタの居場所がわかる。ヤタを迎えに行かせて。ヤタからも話しを聞いて。それで、確証が持てたらちゃんと報告する。」
それを聞いて、裕次郎が、そうだねと言って沙依に指令書を渡した。
「現在より、緊急時支援民間部隊統括、児島沙依には僕のもとで特殊作戦に就いてもらう。また、第一主要部隊隊長、山邉春李、及び、第一部特殊部隊隊長、田中隆生の両名には、軍内部においての調整役として後方支援に当たってもらう。あくまでも内密に。二人には、うるさいのに目をつけられないよう、彼女が何かをしていると表の連中に悟らせないように立ち回って欲しい。君たち二人なら、その辺どうにかできるでしょ?作戦に就く本人が隠密活動に向いていないっていうのが厄介だけど。その辺は自覚してちゃんと上手く立ち回ってよね。あくまで、君は僕の下で動くんだから。報告は小まめにすること。以上、何か質問は?」
そうしれっと言う裕次郎に春李が、あんたいったいいつからそのつもりだったの?と言って胡乱げな視線を向けた。そして、さぁ?と肩をすくめて見せ、別にそれは知る必要のないことでしょと裕次郎に返されて、春理は彼をを睨めつけた。
「君たちから聞くことはもうないし、二人は彼を連れてって必要な手続きを進めてくれる?君たちのすべきことは解っているでしょ?なら、あとは何も詮索せず、いつも通りの業務に戻りなよ。余計なことを知らなければ、余計なことを口走る心配もない。だから、君たちの任務にこれ以上の情報は必要ない。事の真相は全てが終わってから聞けば良いんだから。今はまだ知るときではない、そう思って今は目を瞑り口を噤むのが賢明だ。」
そう淡々と言う裕次郎に感情の読み取れない目でじっと見つめられ、春李は何も答えず嫌そうに視線を逸らし、隆生に業務に戻るわよと声を掛けて立ち上がった。
「あなたも、ついてきて。」
そう功に声を掛け立ち上がらせると、春李は沙依に、何が起きているか解らないけどくれぐれも無茶はしないでねと、心配そうな視線を向けた。そうすると隆生が少し苛立たしそうに、そんなに過保護に心配なんてすんなよと呟く。
「沙依は腐っても軍人だ。いくら表向き今は一般人でも、根っこは今でも軍人だ。この国を護る為に戦い、そして死ぬ。それが俺達の仕事で、そうなる覚悟が俺達にはある。それを見届ける覚悟もな。いくら今が平和でも、俺達が軍人で在り続ける以上、俺達の死に場所は戦場だ。平和ボケして、自分達が軍人であることを忘れるな。死はいつだって隣り合わせだ。どんなときだって。」
そう言って隆生が春李に厳しい目を向けた。
「春李。いつまでも覚悟ができないなら、軍人なんて辞めちまえ。元々お前は軍人なんてやりたくねーんだから。お前はただ、自分が殺しちまった奴等への罪悪感から、罪滅ぼしのために軍人としてこの国に尽くしてきただけだろ。お前には最初から本当の覚悟なんかない。ただ、そうすることでしか、自分が生きていて良い理由を見付けられなかっただけだろ。平和になった今、お前みたいなのが無理して軍人なんか続ける必要なんか無いんだよ。戦いたくもねーのに戦う必要なんか、送り出したくもねーのに送り出す必要なんか、どこにも無い。お前の代わりなんかいくらでもいる。背負いきれないなら立場も何も全部捨てて辞めちまえ。言っとくが、ガキだったお前を抑えきれずにうちの連中が死んだのは、あいつらが緩んでたせいだ。お前のせいじゃない。お前は悪くない。お前はただ、生きるのに必死で自分が今どこにいるのかさえ解らなかった。一緒にいたガキを護って、庇って、自分達が生き残るのに必死だっただけだ。追われてた。殺されそうになっていた。そんな状況で、武器持った大人に囲まれて、自分が逃げ切れたなんて思えないのは当然だ。あいつらが死んだのは、あいつらが悪い。お前のせいじゃない。いいかげんそれに縛られるのはやめろ。それ以外に軍人で在り続ける理由が思いつかないなら、本当にお前は一般人になっちまえ。そして、覚悟を持って従事してる奴のやることには一切口出しすんじゃねーよ。」
そう言われて春李は不服そうに顔を顰め、視線を逸らした。
「バカにしないで。わたしだって、いつまでも弱虫で泣き虫な子供じゃない。たしかに軍人になった理由はそうだったけど。でも、今は違う。わたしだって、そういう覚悟はとっくにできてる。でも、嫌なものは嫌だし、辛いものは辛いのは仕方がないでしょ。いつまでたっても慣れることができないものには慣れることはできない。それでも、それを受け止めたまま立ち続ける覚悟をわたしは遠い昔にしたの。どんなに泣いたって、苦しい思いをしたって、ここに在り続ける覚悟を、わたしだって持ってる。わたしだってここが大切で、この場所を護る為にここにいるんだから。」
「なら、作戦の前に相手の覚悟を揺らすような言葉は掛けるな。こいつが揺るがないからって、甘えてんじゃねーぞ。無茶するななんて、無茶をしてこいつがボロボロになるのを見たくねー、お前の押しつけだろ。時と場合によっては無茶しなきゃなんねーときもある。解ってんだろ、そんなこと。掛けられた言葉は心には積もる。そしてそれがいざという時に枷になり、決断を誤らせることもある。誤った判断をしてしまったとき、その後悔を背負うのはお前じゃない。今から作戦に移る奴にそんな顔で、無茶するななんて無茶を言うんじゃねーよ。何が起きているか解らないからこそ、何が起きてどんな判断をする覚悟を決めさせておくべきだろ。」
隆生にそう言われ言葉を詰まらす春李に代わって、沙依が、隆生はそう言うけどさと口にする。
「言われた言葉がが支えになることもあるよ。生きていて欲しい、無事に帰ってきて欲しい。そう願ってくれる人がいるから、生きる事を諦めず戻ってこれることもある。隆生はいつだって送り出す側で、前線にはいかないから解らないんだよ。そこら辺が。それに、隆生の部隊には護りきるか死ぬかの二択しかないから、撤退はありえないし。第一部特殊部隊が戦うことを放棄したら、それはもうここが落とされるってことだから、隆生には無茶をしないなんて選択肢は初めからないもんね。だから隆生の言ってることは解るよ。わたしの部隊だって最初から生きて戻る選択肢がないこともままあるようなとこだったし。わたしも部下に生きて戻ることを望むなって散々言ってきたから。でもさ、シュンちゃんのとこはわたし達の部隊とは違う。主要部隊には沢山の選択肢があるんだよ。覚悟を決めなきゃいけないときもある。でも、一旦引いて仕切り直す。その場で踏みとどまらずに、立て直すことを考えることが重要な場面もある。そもそも主要部隊は、余程のことがない限り無茶をするよりも、より多く兵を残す事を考える方が重要。だから、無茶をするなと釘を刺すことは悪いことじゃない。それに、贈られた言葉が呪いになるか祝福になるか、それは運次第。シュンちゃんは優しい。隆生が言うとおり、わたしもシュンちゃんは軍人には向いてないと思うくらい、優しすぎると思うよ。でも、シュンちゃんがそう在ることを選んでここにいるなら、そのままで良いと思う。隆生の言うことも正しいとは思うけど。正解なんて一つじゃないんだしさ。優しいから、弱いから軍人を辞めるべきだっていうのは横暴じゃないかな。自分の弱さに負けて、決断すべき事を決断できないような軟弱者は確かにいらない。でも、自分の弱さを受け止めた上でなお、ちゃんとやるべき事ができるなら、軍人でいる資格はあると思うよ。こうじゃきゃダメなんて、そんなものありはしない。わたしは、シュンちゃんには今のままでいて欲しい。軍人を続けるにしても、辞めるにしてもどっちにしてもね。シュンちゃんがどう在るか、それはシュンちゃんが自分で決めることで、隆生が強制することじゃない。でしょ?隆生が親切で言ってるのは解るけどさ。隆生の価値観押しつけてシュンちゃんのこと虐めないでよ。」
そう沙依に言葉を重ねられて、隆生は少しだけばつの悪そうな顔をして、悪い、少し言い過ぎたと春李に謝った。そしてまた沙依に視線を戻し口を開く。
「まぁ、なんだ。とりあえず、俺は無茶をするなとは言わない。お前がワガママで指令書かかせたんじゃなくて、最初から用意されてたって事は、本来動かしたくないはずのお前を動かさなきゃならない事情があるんだろうしな。俺は指示された通り、自分も何も知らないことにして、他の連中にも何も気付かないことにさせる。何も言われなけりゃこれに関して一切なにも手を出さない。だけどな。必要になったら、一人で突っ走らずにちゃんと頼れよ。」
そう言って立ち上がり隆生は沙依に、この件はお前に任せたぞ、しっかりなと言って笑う。
「じゃあ、俺達は行くか。春李、お前、沙依が心配だからってそれ表に出して周りになんか悟らせないようにちゃんとしろよ。」
そうからかうように言われて、春李が、解ってるわよそれくらいと隆生を睨み付ける。そしてやいのやいの言い合いながら功を連れて部屋を出て行く二人を見送って、沙依と裕次郎は視線を交わした。